第一〇五話 石砲傭兵団が地味に使える


 帝国歴二六四年 翠玉月(五月)


「久しぶりのいくさ。腕が鳴るな。アルベルト殿、全力でやっていいんだな?」


「ああ、先方にはそう伝えてある。こちらは先方の投射物に塗ってある塗料が身体に付けば戦死判定だ。戦死した者は速やかに行動を中止することを徹底するように!」


「承知してる。部下たちには徹底してある」


 石砲傭兵団には事前にメトロワ市に入ってもらい、模擬戦の準備を進めてもらっていた。


 自前の防衛装備を設置して、メトロワ市の正面城壁を防衛をしてもらうことになっている。


「さて、彼らの準備できたようだ」


「じゃあ、行ってきますぜ! 野郎ども、メトロワを落とすぞ!」


「「「おうぅ!!」」」


 バルトラードが部下を率いて、石砲傭兵団の守る城壁に向けて駆け出した。


 戦闘が開始されため、俺はよく攻城戦が見える場所に作られた椅子に腰を掛ける。


 彼らの持ち込んだ組み立て式の投石機から、火の玉が撃ち出されていく。


 地面に落ちた火の玉は、周囲に炎をまき散らし火災を生じさせていた。


 火災で進軍路を塞いだか。


 城壁までの到達距離が増したな。


 火災を避け、城壁に駆けよる鬼人族たちに向け、総勢三〇〇名の傭兵たちから矢の雨が降り注ぐ。


 ほぅ、設置式の連弩まで持ってるのか。尋常じゃない数の矢が飛んでるな。


 こりゃあ、いくら鬼人族が俊敏だといえ、避け切るのは厳しそうだ。


 降り注ぐ矢を回避して鬼人族が城壁に近づく。


 城壁の上から大量の鉄びしが降り注いだ。


 いや、あれはマジでいてーわ。


 足元を気を付けてたら――。


 煮え油代わりの塗料が鬼人族の身体に降り注いでいく。


 って、なるよね。


 中々城壁に取りつけないのに苛立ったバルトラードが、直したばかりの城門を自慢の大槌で叩き始める。


 バルトラートの大槌は破城槌並みのパワーがあるが――。


「ふんぬぅうう! 壊れぬ! 壊れんぞ! どうなっている」


 門の裏を鉄板で補強してるな。


 自分たちは出撃する気がないと割り切って、出入口である城門を鉄や土嚢で塞いでやがる。


 バルトラートが城門をぶち壊しても門が倒れずに健在なら、侵入口にはならんな。


 攻め口を見出せない鬼人族たちを弩弓で狙い撃ちか。


 これは、思った以上に手慣れた防衛戦する。


 脳筋戦士である鬼人族も攻め口がなければ、無為に討たれるだけであるか。


「これまでだな。模擬戦は石砲傭兵団の勝利とする。伝令を頼む」


 近くに控えていた兵を伝令に走らせると、しばらくして戦闘が止んだ。


 バルトラート率いる鬼人族の兵を防ぎ切った石砲傭兵団の実力は十分に見せてもらった。 



模擬戦を終えて、メトロワ市の市議会議場の一室で、都市防衛専属の傭兵団である石砲傭兵団の団長ヨゼフと面談中。


 団長のヨゼフは、年齢は四五歳、中肉中背の体型をしたアッシュグレイ髪をした気のいいオジサンだ。


 一六歳から傭兵稼業に身を投じて、二五歳から大規模傭兵団で部隊長を経験し、三五歳で独立。


 部下二〇人とで始めた石砲傭兵団は、一〇年で三〇〇人規模拡大。


 戦歴が都市防衛に偏ってなかったら、実力からして帝国金貨二万枚以上出しても雇えないかもしれない傭兵団だと思われる。


「模擬戦を見せてもらったが、実に見事な防衛戦の指揮をしておられた」


「巷で話題騒然の金棒アルベルト殿が、我が傭兵団を褒めてくれるとは、光栄ですな」


「ヨゼフ殿の戦歴が興味を引きましてね。なぜ、都市防衛ばかり依頼を受けるのですか?」


「都市防衛は野戦と違って生き残れる可能性が高いからです。怪我しても、救護所がすぐ近くにありますし、水も食糧も確保されて、夜は屋根のある場所で寝られるし、夏は暑い日を遮る場所もあり、冬は寒さを凌ぐ場所がある」


「なるほど、野戦だとそういった陣地が整えられることも少ないですしな。体調を維持するという意味では都市防衛ほどいい場所はないと」


「ええ、重い荷物を背負って長い距離を行軍したあとで戦闘せずともいいですしね」


 気のいいオジサンっぽいヨゼフだが、意外と戦闘に関してはシビアな考えの持ち主な感じがする。


 傭兵の性分である、常に自分たちが生き残ることを考えつつ、勝ちを拾うため頭を使ってると思われる。


「ですが、都市防衛だと敵に包囲される場合もあります。その場合、水や食料、下手すれば敵に攻撃で都市自体が壊されることもあったでしょう。そういった場合は傭兵団もただではすまないと思いますが?」


「それは契約以前に情報集めして、防衛を担う都市が周囲から孤立してないことを確認するし、依頼主の考え方と仮想敵国のやる気も測ってますよ。死守しろって言われるのが一番嫌ですし」


「死守はしないと?」


「ええ、援軍ありで期間限定の防衛なら、うちは一〇倍規模の兵まで防衛できると自負がありますし。負けたいくさも無傷の退去を攻めた側に認めさせてますしね」


 ヨゼフが言ったとおり、リュミナスに調べてもらった報告書には石砲傭兵団が都市防衛戦で負けた時、攻め側が講和条件に傭兵団の無傷の退去を認めていると書かれていた。


 防衛戦にて攻め側に甚大な被害を与えており、ヨゼフの頭越しに講和が成立して負けたことになっている。


 つまり、防衛戦において石砲傭兵団はほぼ無敗を続けているのだ。


「仮の話をしますが、うちがメトロワ市の防衛を依頼して契約してもらった際、私か当主マリーダ様が出す死守命令は無視されますか?」


「状況次第ですな」


「どういった状況だと無視します?」


「敵戦力が当方の一五倍以上、援軍到着が三〇日を超える場合の死守命令は受けず、メトロワ市を放棄してアシュレイ城にまで退きます」


「なぜ、アシュレイ城へ?」


「集めた情報では、アシュレイ城の方がより多くの敵に囲まれても、長く粘れると思われるからです。アシュレイ城で耐えきれば、最強の戦闘集団が帰還してくる。そうなれば、放棄したメトロワ市は奪還することも可能だと判断しますので」


 なるほど、侵攻勢力の戦力が対象都市が防衛できる数を超えたら、もっと粘れる都市に移動して援軍を待つか。


 えらく柔軟な発想を持ってるな。


 傭兵団の団長にしとくのは惜しい人材だ。


 実戦での実力も申し分ないし、大金を払って獲得しても問題ないだろう。


「ヨゼフ殿の考えは私に近いことを確認した。実力は見せてもらったし、メトロワ市の防衛委託の依頼をさせてもらおう」


「承知した。これより一年間、メトロワ市の防衛はお任せしてもらおう」


 ヨゼフと握手を交わすと、彼に防衛を委託し、アシュレイから統治行う代官を派遣することにして、バルトラートたちの兵を戻すことにした。


 領内に大軍が攻め込んできたら、メトロワ市を放棄させ、堅城たるアシュレイ城に兵を集め、リゼを総司令官にして、ヨゼフが防衛指揮官になれば、万余の兵でも押し返せそうな気はする。


 今のところ雇用契約してるだけの傭兵だけど、なんとかうちの家臣に引き込む算段しとかないとな。

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