第一〇四話 周辺各国が騒がしい


 帝国歴二六四年 金剛石月(四月)。


 いやー、平和だ。平和。


 ぽかぽか陽気の中、すでにお仕事も片付いて、中庭でアレスティナたんのお守りをしながら日向ぼっこしている。

 次男ユーリはリゼと一緒にスラトの城に里帰り中だ。


 延び延びになっていたアルコー家の縁者へのお披露目会を開催しているらしい。


 日向ぼっこをしている先では、アレウスたんが最近始めた剣の素振りをする鍛錬を行っている。


 鬼人族の伝統では、男子は三歳になると愛用の鉄剣を与えられるらしい。


 重さ一キロ、幼児には重すぎる剣だが、剣を与えられたその日から、日々の素振りの鍛錬が始められるそうだ。


 重い剣の素振りは、鬼人族の身体に基礎体力の向上と身体の成長を促すらしく、どの家の子も三歳から始めると教えられた。


 うちのアレウスたんも、その伝統に従って近習として選ばれた鬼人族の幼児たちと一緒に剣を振っている。


「アーたん、さいきょー!」


 どこで言葉を覚えてくるのか分からないが、最近のアレウスたんの口癖は『さいきょー』なのだ。


 たしかに剣を振る姿は最強クラスのカッコよさで、パパはいつ抱かれてもいいのだが――。


 ほのかに脳筋の匂いが漂い始めて、不安な面も感じている。


 でも、アレウスたんは読み書きの練習も嫌がらずに取り組んでくれているため、文武を兼ね備えたイケメンな麒麟児の可能性が高い。


 というか、そうであって欲しい。


 少なくともマリーダみたいには、俺が絶対にさせない。


「アレウス、最強は妾なのじゃ! まだ、さいきょーとは言わせぬぞ!」


 政務を終えて、リシェールから解放されたマリーダが、隙を突いてアレウスたんの剣を取り上げていた。


 まことに大人げない所業である。


「マッマが、アーたんの剣とったー! 返してー!」


「ほれほれ、アレウス。欲しかったら取り返してみよ。ほれほれ」


「うー! マッマ! 返してー!」


 アレウスたんの目に涙が! これマズい! 即、行動開始せねば!


 俺は隣にいたフリンにアレスティナを手渡すと、マリーダの背後に回り敏感な耳裏に息を吹きかける。


「ひゃあぅんっ! アルベルト! 耳は弱いと申したはずじゃ!」


「パッパ! アーたん、とったー!」


「えらいぞ、アレウス! エランシア帝国最強のママから剣を取り戻すなんてすごいぞ!」


 俺に気を取られ油断したマリーダの手から、アレウスたんが隙を突いて剣を取り返していた。


 さすが俺の息子だけあって、油断した敵を見逃さずにチャンスを物にする。


「ア、アレウス! それは卑怯なのじゃ! アルベルトを使うとは! 待てー」


「アーたんは逃げるぅ!」


 剣を取り返したアレウスたんは、一目散に逃げだしていった。


 意外に逃げ足も早い。


 戦況を判断し、不利と悟れば構わず逃げるのは、俺譲りだな。


 将来が楽しみだ。


 アレウスたんを追いかけるマリーダを見ていたら、背後にクラリスとリュミナスがやってきた。


「アルベルト様、ワリド様から至急の連絡が来ております」


「読んでくれ」


「じゃあ、あたしが。ヴェーザー自由都市同盟を唆していた国が判明したみたい。ロアレス帝国の連中らしいよ」


 ロアレス帝国って、ヴェーザー河の河口が繋がる紺碧海に浮かぶ島国国家だったはず。


 元は海賊たちの拠点の島から始まって今では周辺の島々を制圧し、海軍力を生かして領土拡大を続けている国家だと聞いたことがあった。


「ロアレスの連中が、ヴェーザー自由都市同盟を唆して、陸に領土を求めてきてるってわけか。また島国国家とは厄介な相手だな」


 周囲の島を制圧したことで、最近では艦隊を率いて沿岸部を襲っているとの噂もある。


 陸戦主体のエランシア帝国には、海軍戦力は皆無なのでできれば相手をしたくないし、襲ってきて欲しくもない相手だ。


 まだ、内陸部までは襲ってくることはないだろうが、動向は注視しておいた方がいいかもしれないな。


「ロアレス帝国の動向は、逐一報告を入れてくれ」


「承知しました。それと、もう一つ先頃講和したゴンドトルーネ連合機構国ですが、軍備の弱体化に付け込まれ、さらに東にあるマヨ自治連合国からの侵攻を受けているそうです。戦況は人口差のおかげもあって何とか膠着までこぎつけているとのこと」


「ほぅ、うちにかまけてたら後ろからぶっ刺された形か。自業自得なので高みの見物でいいと思う」


「あと気になる報告が一件。ワレスバーン家の当主ドーレスが、北部守護者のヒックス家当主ローソンと密談してるみたい。まぁ、シュゲモリー家の権力増大を嫌がって何かやってるのかもね」


 ヒックス家かー。


 皇帝選挙でもそれ以外でも常に中立的立場をとって、風見鶏と言われる現当主ローソンだけど、さすがに魔王陛下の権力基盤が強化されすぎたって感じてるかもなー。


 赤熊髭殿と組んで魔王陛下の権力拡大を阻止しに来てるかもしれんな。


 こっちもちゃんと聞き耳立てておかないと、バッサリ後ろからやられかねん。


「その二人も引き続き、情報収集を頼む」


「了解、追加人員送っておくね」


 情報収集を欠かさずにやっとかないと、いつ何が起きるか分からないご時世。


 人員の補充もまたしないとな。


「報告としてはあと一つ。メトロワ市の防衛を請け負う傭兵団のスカウトですが、面白そうな傭兵団が一つ見つかりました。人数と戦歴はこちらです。最後の一枚に向こう側が提示した雇用契約金が書かれております」


 リュミナスが差し出した紙の束を受け取ると中身を確認していく。


 石砲傭兵団 人数三〇〇人、結成一〇年、戦歴は大規模会戦一回、中規模会戦二回、小規模会戦五回、都市防衛二五回、都市攻略一回。


 へぇ、投石機や大型弩弓の扱いに習熟してる都市防衛専門みたいな傭兵団とか、変わってるちゃあ変わってるな。


 勝率七割、負けいくさもいいところで講和に持ち込ませて損害は抑えてるか。


 年間契約金がー、どれどれ。


 一、十、百、千、万、帝国金貨一万枚。


 普通の傭兵相場より安いな。


 三〇〇人規模の大規模な傭兵団になると、帝国金貨二万枚以上のところが大半だが。


 やっぱ、戦歴が防衛専門って感じで、安く買い叩かれてることが多いのかもしれん


 バルトラートの兵をメトロワ市に張り付けるのももったいないし。


 採用試験として、バルトラードの兵の攻めを耐えきったら採用とかでもいいかな。


 ダメだったら交通費として帝国金貨千枚くらいは支給してあげよう。


 今のところ外注になるけど、防衛専属部隊とかも欲しいところだし、石砲傭兵団がよさげなら常備兵入りへの予算も確保しないと。


「石砲傭兵団に連絡を。こちらの採用試験を合格したら年間契約を結ぶし、その後の結果次第では常備兵採用もあると伝えてくれ」


「承知しました。連絡を入れておきます。採用試験の場所はどこにしておきますか?」


「メトロワ市で、私自らが視察させてもらう」


「では、そのように先方にお伝えしておきます。報告は以上です」


 クラリスとリュミナスの二人は、頭を下げるとそれぞれ連絡をするために部屋の奥に消えていった。


 傭兵団を新しく雇うとか言うと、またミレビス君の胃痛が酷くなるかもしれんな。


 少しでもミレビス君の胃痛を和らげるため稼がないと。

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