第九十二話 背中に迫るナイフは叩き折るべきか



「エルウィン軍、ロブー、ザクシニア、ゼセー、ベイルリア軍、ゾティネ、カツー、ランドノックを攻略完了。これまでの侵攻で与えた敵軍損害、首級一五〇、討ち取り二〇〇〇、武装解除四〇〇〇。敵避難民推定数三万がグカラ、ツンザ方面に逃げ込んだ模様。続いてエルウィン家の損害、死者五〇、重傷者一五〇、軽傷三〇〇。軽傷者は戦闘可能として戦闘可能兵数三一〇〇。ベイルリア家は四〇〇〇ほどまで減らしております」


 わりと大きな都市であるゼセー攻略を終え、燃え上がる街の外に作った野営陣地の天幕で、ミラー君からの報告を聞いていた。


 ゼセーはわりと頑張ったから、農兵たちに損害が出たな。


 フランが補給に来てくれたら、帰りの荷馬車に要後送者を乗せてってもらおう。


 ステファンの方も順調に城を落としてくれてるようだし、指揮官クラスの首もかなり取れた。


 グカラ、ツンザ方面と境を接するゴンドトルーネ連合機構国の理事殿は、現場指揮官不足による混乱と、敗残兵の再編成だけでも手一杯だろうけど、逃げ込んだ避難民への手当までやらされてブチキレ寸前だろう。


 とはいえ、侵攻開始して一週間。


 敵も奇襲のショックから立ち直る時期か。


「避難民から募った協力者からの情報と、うちの連中が集めてきた情報がきたよ」


 ミラー君から報告を受けていたら、クラリスが天幕の中に入ってきた。


「報告してくれ」


「はいはい。まず、うちの連中が集めた情報によると、敵軍一万が首都から出立したって。今の位置だと数日後には接敵するかも」


 おおぅ、早い。


 農協さんだと思って舐めてたら、迅速な対応してきたよ。


 やっぱアレか、来る途中で農村の畑も焼き払いまくったから、怒りを買いまくったかな。


 それとも、収穫して城の倉に積み上げてあった食糧も、持ちきれないからって焼いたのに激怒したのかもしれん。


もしかしたら、井戸や水源に毒をばら撒いたのとかもマズかったかな。


 まぁ、でも主力はエランシア東部領域に侵攻中だし、必死でかき集めた一万の兵は練度はそう高くないと思う。


 脳筋たちの血抜きためのいい餌でしかないな。


「そうか……では、ベイルリア家に野戦の戦場として選んでいた場所への進軍をするように連絡を頼む」


「もう動いてるって連絡来てるよ」


「そうか。さすがステファン殿だな。仕事が早い」


 侵攻後に手に入れたゴンドトルーネ連合機構国内の詳細な地図から、会戦に適した場所のピックアップを済ませてある。


 畑だらけで視界の開けた平野の多い土地柄なので、兵数の劣るこちらには不利な地形が多いが、ピックアップしたところは味方を隠せる森が点在している場所だ。


 うちには小部隊の奇襲で戦局をひっくり返すSSSランク級の脳筋たちがいるんで、後衛奇襲で敵中枢を機能不全にすれば、兵数差は関係なくなる。


 そうすれば、あとは脳筋たちの衝動を解放するだけの場所になるはずだ。


「うちは明日、フランからの補給を受けたら会戦場に向け出立する。ミラー君、各隊の大将に伝えといて」


「はっ! すぐに伝えてまいります」


 ミラー君が、天幕から出ていったところで、クラリスに次の報告を促す視線を送る。


「はいはい。グカラ、ツンザに逃げ込んだ避難民から募った協力者から、夜陰に乗じて例の新兵器が貯蔵されてそうな隔離された建物に火矢を放ち、大爆発させるのに成功したって」


 逃げる避難民の中にクラリスの手の者を紛れ込ませて、金で協力者を募っていたが、見事に成功したな。


 連中も黒色火薬の手榴弾が危険物だと認識してるだろうし、前線に送るためとはいえ貯蔵場所には気を使ってるはずだと思っていたが。


 爆発があったのは、火薬に引火した証拠だろう。


「引き続き、協力者たちには前線に送られる食糧、消耗品の焼き討ちをするように指示を出しておいてくれ。金は惜しまず使え」


「了解。あと、ヴァンドラのジームスからリゼ様を介して連絡が来てる」


「リゼから? ヴァンドラで何かあったか?」


「ヴァンドラのジームスからのタレコミで、ヴェーザー自由都市同盟が親征軍でからっぽになった南部を火事場泥棒しようかなって狙ってるらしいよ」


「は!? ヴェーザー自由都市同盟は、うちに喧嘩売るつもりなの?」


「どうも、西国のどこかに唆されてるらしいよ。ヴァンドラのジームスが侵攻慎重論を展開してるけど、早めに決着つけないと動き出しかねないってリゼ様からの連絡」


 もともと大軍を動員してるんで、俺も魔王陛下も長期戦をやる気はないが、長引くと背中を刺されかねないって感じか。


 会戦に勝利してゴンドトルーネ連合機構国に動揺を与え、補給を絞らせて前線防衛拠点から早めに引きはがさないと。


 それと、年一にしとこうと思ったけど、ゴンドトルーネ連合機構国とのいくさの大勢が決したら、ヴェーザー自由都市同盟への第二回戦費調達カツアゲ侵攻決定。


 ナイフをこちらに向けようと思う気持ちを徹底的に折っておかないと。 


 脳筋たちは、連戦に狂喜乱舞するだろうな。


 唆してる西国の連中も気になるところだが。


「承知した。リゼにはジームスとの連絡を密にして、川沿いの警戒を厳重して、敵が侵攻してきたら農村の住民も避難させてアシュレイ城に籠るように伝えてくれ。あと、魔王陛下の耳にもこの情報は入れといて」


「はいはい、やっときます。リュミナスはこんなにこき使われてたとは。はぁ~、早く産休から帰ってきてくれないかな」


 むむ、こき使うとは失敬な! 株式会社エルウィンは超ホワイト企業を自認しているのだ。


 平時は定時勤務、週休二日、長期休暇あり、お給金も高水準、福利厚生、戦地特別手当も各種充実してる。


 脳筋たちはいくさができて狂喜乱舞してるし、領民たちも生活が向上して喜んでる超優良ホワイト企業なのだ!


 ただ、部署によって業務量がブラック化してるだけなんだよっ! 主に俺関係の部署!


 内政部門はイレーナとかミレビス君とかラインベールとかレイモアが面倒見てくれるようになって、大いに改善したけど!


 謀略諜報部門はまだ全然人手不足だからっ!


「そんなに忙しいなら、クラリスのライバル組織を金で買収してもいいぞ! 諜報組織はのどから手が出るほど欲しいからな」


「それはダメ! ライバル組織買収したら、あたしを捨てるつもりだろ。マリーダ姉さんのところから離れる気はないからねっ!」


 なんだ、かまってちゃんなツンデレ属性か。


 そんなレア属性見せると、またマリーダの餌食にされちゃうぜ。


 今回の遠征には天敵リシェールが同行してないから、やりたい放題してるしね。


「ク~ラ~リ~スっ! 妾のことをそんなに愛しておるのか! 今日は寝かさぬぞー。カルアたん、寝所にまいるのじゃ」


「マリーダ姉さん!? ちょっと、まだ仕事中!」


「よいのじゃ、よいのじゃぞ。そう照れるな。カルアたん、今宵の寝所はどこじゃ」


「はっ! こちらです!」


「マリーダ様、戦陣ゆえほどほどにされますように。ほどほどにね。クラリス、ワリドには私から連絡しとくから安心したまえ」


 クラリスの背後に現れたマリーダが、彼女を小脇に抱えて自分の寝所にカルアとともに駆け込んでいった。


 その夜、マリーダの寝所からクラリスとカルアのくぐもった声が絶えず漏れ、俺もご相伴に預かることにになったとさ。


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