第九十三話 第一次ゴンドトルーネ会戦
侵攻一二日。
侵攻したエルウィン・ベイルリア連合軍の乱暴狼藉、食糧焼き討ち、田畑蹂躙に激怒したゴンドトルーネ連合機構国こと農協さん。
国内に残ってた兵一万をかき集めて、『畑を荒らす害虫、絶対許さん』マンとなって俺たちの前に現れた。
怒り狂ってる敵陣からは、殺気がビンビンに放たれてる。
「ベイルリア軍四〇〇〇が敵正面戦力からの被害担当を買って出てくれています。マリーダ様、ブレスト様、所定位置の森にて潜伏完了。バルトラード様、農兵隊も準備完了」
「ステファン殿の好意には甘えるとしようか」
ステファンは俺が農兵の損害を気にしてるのを察して、自分の軍で負担の大きい最前線を支えてくれるつもりだ。
奇襲で混乱させるとはいえ、最前線は意気軒昂な敵の先兵とガチでやり合うため、どうしても被害が大きくなる場所。
損がデカい場所なんで、俺はやりたくない。
では、なんでステファンが買って出てくれたかというと、うちのためとか、俺のためってわけではない。
ステファン流の魔王陛下へのアピールのため。
激戦が予想される場所に進んで布陣し、力戦すれば、魔王陛下の信頼もさらにアップという算段があればこその被害担当。
だから、ありがたく甘えさせてもらう。
うちは『脳筋どもはガンガン行こうぜ!』、『農兵は命大事に』で、今回の作戦に参加してるんで。
魔王陛下も、子爵家にすぎないうちに激戦区での力戦なんて求めてないだろうしね。
「よし、進軍の合図! 敵を目標地点まで誘引する!」
太鼓の音が響き渡り、岩のように丸まったベイルリア軍のあとをうちの軍勢が背後を守る形で付いて進軍していく。
「敵軍、こちらに向かい進軍開始。左右に広がりながら包囲しようとしております」
ヨアヒムのところで雇い入れた鳥人族の物見から、報告が送られてくる。
やっぱ、高い位置からの俯瞰視点を得られるのは助かるな。
夜は鳥目だから見えないってのが欠点だが、それを加味してもメリットが大きい。
敵は兵力差を有効に活用しようと、こちらが望んだ通り、包囲陣形で進んできてくれてる。
左右に大きく広がる形の包囲陣形のため、兵の厚さはそれほどまでにない。
絶好の奇襲成功チャンス到来まであと少しだ。
「ベイルリア軍、敵正面兵力と会敵! 敵の左右の兵は未だ包囲展開中」
よしっ! 正面が先に食いついた!
おっけ、おっけ。
敵は容易に包囲できると思って、前面の兵が逸っているらしい。
残念だが、うちらはそんな甘い軍隊じゃない。
「これより目標地点まで後退する。引き太鼓鳴らせ! 農兵たちはゆっくりと後退しながら援護の矢をばら撒け、ベイルリア軍に当てるなよ」
再び太鼓が鳴り始めると、うちとベイルリア軍が連動して後退していく。
普通なら怪しむべき行動だろうけど、農協さんは畑と食糧と水をやられて血が昇って、害虫絶対殺すマンになってる。
前面の兵たちは、後退するベイルリア軍に向かって猛然と襲いかかってきていた。
こちらの矢を浴びても怯む様子を見せないゴンドトルーネ連合機構国の兵たちによって、整然と後退するベイルリア軍の農兵も傷を負い倒れる者が増えていく。
「左右の敵兵、ベイルリア軍を襲っている前面の兵の進撃速度に付いていけてない模様! こちらの後退目標地点まであと五〇歩」
そろそろ広げようとしてた敵の翼の付け根が軋み始める頃合いか。
目標地点まであと少し。
ステファンには悪いが、もう少しだけ我慢してもらう。
「ミラー君、アレックス君、そろそろ武器を持ち換えさせてくれ。マリーダ様とブレスト様の奇襲成功後は、うちはバルトラードを前面に出して左回りに敵を殲滅する」
「承知」
「合点でさぁ」
うちの農兵たちが弓から近接武器に持ち替え始めると、矢の勢いが衰えたことで敵兵がさらに勢いづく。
長い時間が過ぎたようにも感じたが、ベイルリア軍の奮闘もあり、ようやく目標地点を通過した。
「よし、ド派手な火矢を! マリーダ様とブレスト様を解き放つ合図を上げてくれ」
敵城からくすねた黒色火薬の手榴弾を、矢に縛り付けた特製の火矢を射手が打ち上げると、周囲に響き渡る爆発音と白煙が青い空に広がった。
その合図で、森に潜んで息を殺していた殺戮集団たちが解き放たれる。
「マリーダ様、敵右翼突破! ブレスト様も敵左翼突破! ものすごい勢いで敵後衛を引き裂いて本陣に向かっています!」
薄くなった翼の付け根を叩き折り、速攻で敵の本陣まで駆け抜けてるのは、さすが戦闘力と機動力MAXの脳筋騎馬部隊なだけのことはある。
それにしても、うちの脳筋たちは獰猛すぎだろ。
本陣にいる敵司令官は今頃、赤い鎧を着た鬼たちの恐怖で股を濡らして腰を抜かしてるだろうな。
指揮系統のかく乱は、マリーダとブレストに一任しておけばいいから、こっちのお仕事を始めないと。
「引き太鼓やめ! これより、我がエルウィン軍は左回りで敵を殲滅する。バルトラード隊前へ!」
太鼓のリズムが早いものに変わると、バルトラードの兵たちとともにミラー君とアレックス君の指揮する農兵たちが、細く伸びて孤立した敵兵を襲い始めていく。
本陣との連絡が途絶え、細く伸びたおおよそ三〇〇〇ほどの敵右翼の兵は、うちの兵に三方から攻め立てられて浮足立ち始めた。
「マリーダ様、ブレスト様、敵司令官を討ち取った模様! 敵軍中央はマリーダ様、ブレスト様によって混乱拡大し壊走中! ベイルリア軍は敵左翼へ向け転進中!」
物見の鳥人族から、戦況報告が続々と入ってくる。
脳筋たちはその凶暴性をいかんなく発揮し、敵司令官戦死のどさくさに紛れて、敵軍中央四〇〇〇を壊走させたか。
わずか二〇〇の小勢だが、あれはどんな生物にも死をもたらす死神部隊だしな。
敵兵が命を刈り取られずに逃げ出せることを祈ろう。
そして、ステファンも戦意を失った中央よりも、戦意を残している敵左翼の兵を刈りに行ってくれているのは助かる。
全軍壊走に持っていければ、戦果拡大は容易になるからな。
「太鼓を打つ速度を上げろ! 敵兵を一気に搾り上げて戦意を失くせ。このままだとマリーダ様とブレスト様に後れを取るぞ!」
敵右翼の兵と戦っている味方に激を飛ばす。
味方の戦意があがるごとに、敵兵が武器を捨て降伏していく速度が上がっていった。
ふぅ、会戦は大勝利か。
数時間後、戦場となった場所には遺棄された敵兵の死体がいたるところに折り重なっている。
エルウィン・ベイルリア連合軍は、ゴンドトルーネ連合機構国一万の兵を壊滅させていた。
首級二〇〇、戦死三〇〇〇、捕虜四〇〇〇。
対するうちとステファンは、戦闘可能兵数を会戦前の七一〇〇から五九〇〇ほどまで減らしていた。
うちは農兵に多少の損害が出た程度だが、前面で敵の攻勢を受け止めたステファン軍の損害が大きく、追加の兵が到着するまでは大きな会戦は厳しそうだ。
ただ、敵軍は戦力の七割喪失という大敗北を喫し、首都防衛に危機を感じていると思われる。
なので、大規模な会戦はないはずだ。
あるとすれば、侵攻させてべネワ山地の防衛基地に貼り付かせている軍が引き返してきた時くらい。
それくらい、ゴンドトルーネ連合機構国の国内戦力は枯渇している。
「アルベルト、これでこっちはほぼ片付いたな。あとは敵首都を襲う姿勢を見せ続けるくらいでよかろう?」
隣で一緒に戦場処理を見ていたステファンからの問いかけに頷きを返す。
「ですね。敵は首都防衛のための兵力もおぼつかないでしょうし。それに、今回掴まえた捕虜もグカラ、ツンザ方面に追い立てますんで、敵侵攻軍の補給はさらにやせ細るでしょうしね」
「相変わらず悪辣な手を取る」
「うちは楽して勝ちたいので。マリーダ様には不満かもしれませんがね」
「いやいや、マリーダは大満足だろ。父親のもとでいくさに参加しておった時は、武勇こそ示したが、もっと縮こまっていた。だが、今はアルベルトによって制限を解かれたことで、いくさ場を縦横無尽に切り裂く本物の鮮血鬼になったわ」
野生動物並みの知能しかないマリーダが縮こまっていた?
さすがのマリーダも、親父には逆らえなかったのかもな。
ブレストも苦手にしてたことだし。
ただ、俺としては彼女を適材適所に据えてるだけなんだがな。
どう見てもいくさの司令官には向かないマリーダだけど、最前線の戦闘指揮官として最強レベル。
それを生かして戦略を練ってるだけなんで。
今回の会戦も、マリーダとブレストの武勇と戦闘指揮官としての能力をもとに組み立てたしね。
「マリーダ様の価値は混沌とした戦場の中でこそ、一番輝きますので。私はそのお膳立てをする係を頑張るだけですよ」
「そうか。では、これからもマリーダを頼むぞ」
「承知しております」
それから、戦場処理を終えた俺たちは、フランからの補充と傷病兵の後送手続きを終え、敵の首都であるサイタルゾンに向け軍を進めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます