第八十七話 暑熱低減対策という名のプール開き



 やった! やった! アレウスたんに歯が生えた!


 一歳過ぎも生えてこなかったから心配してたけど、鬼人族は角が生える関係上、人族より歯が生えるのが遅いらしい。


 あー、マジで心配してんでよかった。


 生後半年すぎたユーリたんは人族なんで、歯の先っぽが見え始めてる。


 これで離乳食もちょい固いのにランクアップさせられるはずだ。


 ライアさんからもらった、キラキラ光るラメ入りの涎掛けが威力を発揮するするな!


 二人とも、おっぱいもいっぱい飲んで、すくすくと成長中! 全部の神様のお守り買い漁った甲斐があった。


「はいはい、きれいきれいしようなー。」


 泣いてたアレウスのオムツを替えようとベッドに寝かして、オムツを外したら、盛大に噴水が噴き上がった。


「ハハハ! アレウスたんは豪快だなぁ!」


「アレウスにおしっこをひっかけられておるのじゃ。それにしてもアルベルトは息子に甘いのぅ」


「息子のおしっこくらいで動揺するほど、肝は小っちゃくないよ。匂いよし、アレウスたんの体調は万全だ」


 マリーダから受け取った布で顔を拭き終えると、おもむろにアレウスのオムツを替える。


 すっきりしたアレウスはキャッキャと笑っていた。


「おぉ、今度はユーリたんか。パパがすぐに替えてやるからな」


 ぐずり始めたユーリの気配を察し、すぐにオムツを替える準備に入る。


 大事な大事な息子たちだから、パパはなんでもしてやるぜ。


「それにしても暑いのぅ。今年は一段と暑くなりそうな気配がしておるが……」


 マリーダの視線を追うと、奥庭に作られている籠城時の貯水用に作られたプールがある。


 そして、プールには水がすでに張ってあった。


「ダメですよ。今日のノルマを達成しない限り、水浴びは禁止です。リシェールからもそう言われてるでしょう」


「じゃがのう、こう暑くては仕事が捗らんとは思わんか? 『金棒』アルベルトは効率の悪い環境で妾に仕事しろと申すのか?」


 むむ、脳筋が効率を俺に説くのか。


 たしかに暑い中でマリーダに仕事をさせても、なんだかんだ文句を言って、ノルマ未達が続いている。


 当主決済が滞ったシワ寄せが、俺の仕事にも影響が出てて、仕事をしても全然減っていかない気がしてならない。


 だが、プールを許したら遊んで、絶対に仕事をしないのは目に見えている。


 追い込まれたとしても、絶対に譲ってはならない最終防衛ラインだ。


「ダメですよ。山の民が持ってきてくれた氷を準備させますから、執務室で仕事してください」


「じゃがのう。帝都でこのような物を買い込んできたので、皆に着てもらいたいのじゃ。この季節しか着れないものなのじゃ」


 マリーダがベッドの上に放り投げたのは、水着だった。


 それも布面積が極端に少ないマイクロビキニ仕様!


 こんな危険なものをどこで手に入れてきたんだ!


「リゼたんとか、カルアたんとか、カランたんとか、フリンたんとか、クラリスたんとか、リュミナスたんとか、イレーナたんとか、リシェールに着せてやりたいのぅ」


 勝ち誇ったようにニヤつくをやめてくれ!


 絶対にこの最終防衛ラインは俺が守ってみせる!


 まだた! まだやらせん!


「あーそうじゃ。アレウスたちもそろそろ水に慣らせようと思うてな。これも買ってきたのじゃ」


 幼児用の浮袋……だと!? なぜこんなものが!


 大人がちゃんと見守ってれば、安全に水遊びさせられる伝説の用具が、目の前に!


 ぐぬぬっ! アレウスたんを出汁にしてまで水浴びがしたいのか……!


 汚い、汚いぞ、マリーダ!


「そして、妾の準備は万全なのじゃ!」


 痴女のごとく、着ていた衣服をはだけたマリーダはすでにマイクロビキニを装備済みだった。


 おっぱいが、バインバインしよる……。


 はっ! ダメだ! 引きずられるな! お仕事をさぼればそれだけ後がきつくなる! 負けるな俺!


「アルベルトぉ~、水浴びしながら政務をしようぞ。ほらほら」


 誘惑するようにおっぱいを押し当てるのは、いかかがな物かと思うよ!


 でもポヨン、ポヨンしよる。


 アレウスたん、ユーリたん、すまねぇ、パパは最終防衛ラインを守れなさそうだ。


 不甲斐ないパパを水遊びするから許してくれ。


「しょ、承知した。これより、暑熱軽減のため、総員所定の衣装を装備のうえ、執務の場所を奥庭に移すことを承認いたします!」


「やったのじゃ! カラン! フリン! アルベルトの許可がでたのじゃ! リシェール、これで文句なかろう!」


 奥の部屋に控えていたカランとフリンは、いそいそと準備を始める。


「仕方ありませんね。ですが、アルベルト様はお仕事の場所が移るのを承認したまでなので、お仕事はしてもらいますよ!」


「ひゃっほーい! リゼたん! カルアたん! リュミナスたん! クラリスたん! 早くくるのじゃー!」


 リシェールの言葉を無視して、マリーダが一人先に奥庭のプールに駆け出していた。


 水着と幼児用浮き輪に惑わされ、俺はとんでもない選択をしてしまったのではないだろうか……。



「いやー、天国、天国。極楽なのじゃ。クラリスたんも、リゼたんも、カランたんももそっと寄れ」


「マリーダ姉、オレ恥ずかしいよ。この格好」


「肌の露出は多いですが、これもマリーダ様のためなら、わたくしは耐えられます」


「いあぁ、こんな格好をあたいは部下に見せられないって!」


 マリーダさん、ビーチパラソルっぽい何かを立てた木製のデッキチェアで女の子三人侍らせてるのって……。


 明らかにやってることがエロゲ主人公なんですけど!


「マリーダ様、飲み物をお持ちしました」


「うむ、フリンのおっぱいでもいいのじゃぞ。ほれ、ほれ」


「ダメです。アレウス様とユーリ様の分がなくなってしまいますから」


 飲み物を持ってきた、フリンのおっぱい揉むのもセクハラですから!


「しょうがない、カルアたんのおっぱいで我慢しとくのじゃ」


「はぅ! マリーダ様、急にはおやめくださいと申し上げたはず!」


「よいではないか、よいでは」


 もう完全にエロオヤジだよ。


 アレウスたん、絶対にママみたいにはなっちゃダメだからな。


 ユーリたんもアレをジッと見ない。


 こっちでプカプカ浮いてなさい。


「イレーナ、ユーリの方見ててくれると助かる」


「はい、承知しました。ユーリ様はお水を怖がりませんね」


「アレウスたんも、水に対して微動だにしないぞ。さすが、将来鬼人族を束ねる男だ」


「アルベルト様、非常に言い難いんですが……」


 プールの外で息子たちが溺れないか、見守ってくれている妊婦のリュミナスが困った顔をしていた。


「ん? なんだ? リュミナス。言っていいぞ」


「アレウス様は、怖くて固まってるのかと思いまして……ほら、眼も開きっぱなしですし」


 怖くて固まってる? アレウスが? そんな馬鹿な!?


 目の前で浮き輪を装備して浮かぶ息子の様子を詳しく観察する。


 細かく震えてるだと!? やはり、リュミナスの言ったとおり、恐怖で固まってるのか!?


 すぐにアレウスを抱きあげ、水から引き上げると、火が付いたように大きな声で泣いた。


「おおぅ! すまねぇ! アレウスたん! 水が怖かったのか! いきなり高難度なことをしてパパが悪かった! 許してくれ! まずは足からだったな!」


 やっちまった! こんな初歩的なミスを犯すとは!


 疲労で脳みそが動いてなかったのかもしれん。


 火が付いたように泣くアレウスにつられるように、ユーリのご機嫌も悪くなった。


 す、すまねぇ! パパの一世一代の大ポカだ!


 その後、泣き止んだアレウスとユーリは、足だけ水につけて慣らしたことで、機嫌が急回復してくれた。


 いやマジでやらかし案件だったわ。


 政務も予想通りマリーダは愛人たちと遊び倒して、いっさい進まず、俺もアレウスたんとユーリたんの対応のため大幅に滞った。


 マジでヤバいレベルまで溜まり始めてるので、マリーダが泣き叫んだが、明日からは内政・外交強化週間とすることを決定した。

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