第五十九話 ヴァンドラ侵攻

 金塊が目の前に積まれていた。


 金塊だよ。金塊。マジモンの金塊。


 うちにも鋳つぶした金塊あるけど、混ざりもの多くて、綺麗な金色に輝く塊ではないのだ。


「怒りませんから、どこからガメてきたんですか?」


「うぬぅ! 何気に失礼なのじゃ! アルベルト、これは兄様から妾の嫡男の誕生祝いに下賜されたものじゃ。誰がガメてきたりするものか!」


「本当ですか? 皇城の倉庫から失敬してきたなら、自首してくださいよ。連座は御免被りたい」


「だ・か・ら! ガメておらぬと申しておるじゃ。なぁ、叔父上。これは下賜してもらったものだとアルベルトに教えてやってくれぬか? 妾の言葉は信用してもらえぬのじゃ」


「ああ、マリーダの言う通りであるぞ。いくら、マリーダが馬鹿でも、魔王陛下の物はガメたりせん。『嫡男誕生は誠にめでたい。今度アルベルトを伴い、顔を見せにくるがよい。その時はアレクサ王国のこと頼むぞ』と申してこの金塊を直接下されたのだ」


 ん? 『アレクサ王国のこと頼むぞ』だって?


 その言葉に、この大量の金塊。悪寒が走る。嫌すぎる予測が脳裏を駆け巡るのだ。


 いや、でもまさかね。ここのところ連戦してるし、ここは今年はお休みだよね。


 大規模遠征とか企画してないよね? ワリドからはそんな話は聞いてないし……。


「まさか、アレクサ王国への大規模侵攻作戦の支度金ですか? これ?」


「そうなのか? 妾はステファンが対アレクサ王国方面軍総司令官になって、寄騎として励むようにという意味じゃと思ったがのぅ」


「確かにそういう意味かもしれませんが……。アレクサ側の寝返り領主が、全員ステファン殿の寄騎となりましたからな。まともに使えるのはうちくらいになるってことですからね。それにしては金塊の量が多い気が……」


「そうじゃ! 兄様はアルカナ城の件も詫びておったぞ。『空証文だったが、大層な献上品までもらい、すまぬと思うておる』って言われたから、詫び代も加算されているんじゃないか?」


「あの陛下ですよ? 既にアルカナ城の件は攻略戦後に報奨金として報いてもらっているはず。あの陛下が、二度も褒賞をくだされるとは思えませんが……」


「アルベルトは疑りぶかいのぅ。くれるというなら、貰っておけばいいであろう」


「ワシもそう思うぞ」


 マリーダもブレストもすでにアルカナ城空証文事件のことを忘れている。


 これだから脳筋は戦をすると、脳みそがリセットされて困る。


 この国の魔王陛下はケチではないが、タダで物をくれるほど優しくないのだ。


 大金を貰ってきたら、警戒だけはしておかねばならないのである。


「おおぉ、そうじゃアルベルトから頼まれておったヴェーザー自由都市同盟のヴァンドラ侵攻の件は快く許可をもらってきたぞ」


「むむ! そちらも許可を頂けたのですか……。この大盤振る舞い感、なにやらきな臭いですが……」


「アルベルト、ワシが先陣で良いのだろうな! 最近、暴れ足りないのだ! ヴァンドラへは船に乗れば一日で着く! すぐに出陣の下知を!」


 戦の気配を敏感に嗅ぎ取ったブレストが鼻息荒く、俺に詰め寄ってくる。


 とりあえず、対アレクサ王国の方は動きはなさそうなので、今は魔王陛下から侵攻許可をもらったヴェーザー自由都市同盟のヴァンドラを乗っ取った傭兵団討伐に精を出すことにするか。


「なっ! 妾が先陣なのじゃ! 叔父上はそろそろ引退の歳であろう! 後詰でゆるりと来るがよろしかろう」


「ちょ、ちょ待てよ! 俺が先陣だろ! マリーダ姉さんは先月出産したばかりだし、親父も歳だ。そうなればエルウィン軍の先陣は俺しかないだろ!」


 面倒なのがまた一人増えた。


 ラトールが戦に勘づき、大広間に乱入してきていたのである。


 まったく、うちの脳筋どもは戦いの匂いに敏感過ぎて困る。


 ああ、大事なアレウスたんが脳筋にならないようにしっかりと教育しないと……。


「騒いだ人は留守居役を申し付けます! 先陣はラトールと私が勤めます! ブレスト殿は中央、マリーダ様はリシェールと後詰です。きちんとリシェールの言うこと聞いていい子にしてないとお家に帰しますからね!」


「あぅ! なんで妾は後詰でリシェールまで付いてくるのじゃ! 差別反対! 妾も戦わせ―――」


「あら、マリーダ様。あたしと一緒は嫌ですか? 素敵な船旅をしたいなーって思うんですけども」


「ひゃぅうう。リシェール、耳はラメェエエっ! みんなが見てるのじゃぁ!」


 背後からリシェールに羽交い絞めされ、耳を責められたマリーダがガクガクしていた。


 リシェールさえマリーダに付けておけば、産後の身体で戦闘する馬鹿はしないだろう。


 どうせ、来るなと言っても聞かないので、戦場で後詰に置いて静養させるつもりである。


「ひゃっはー! 親父! 俺が先陣だからなっ! 後ろで大人しく待機しててくれよっ!」


「うぬぬっ! 青二才が粋がりおって! 下手な戦したらその首はワシが刎ねてやるからなっ!」


「そこ、親子喧嘩しない! ラトールの副官にはうちのミラー君付けるからね。彼とよくよく相談して先陣を務めてくれたまえ。ブレスト殿の言葉じゃないが、もし先陣にしくじったら……分かるよね?」


 『先陣でしくじったら、今後一切戦闘に出さない』というのは鬼人族の鉄の掟らしい。


 俺もラトールがしくじったら、その掟を適用するつもりだ。


 そうならないために、猪突猛進しかねないラトールには冷静で豪胆なミラー君を付けて手綱を取らせることにした。


 ラトールが脳筋過ぎなきゃ、ミラーと相談して臨機応変に対応してくれると期待はしている。


「ブレスト殿は私と共に中央の指揮を頼みます。息子がしくじった時の介錯はお任せしますよ」


「おぉ、任せておけ。先陣をしくじるような息子はワシが叩き切ってやるから安心せい」


「く、くそ。これはしくじれねぇ。すぐにミラー殿を掴まえて作戦を練らねえと」


 ラトールがそそくさと大広間を後にして走り去っていった。


「さて、では明日にはヴァンドラに向けて軍を出しましょう。今回は戦士以上のみを選抜した精鋭のみで攻めます。数は一五〇名、ヴァンドラを占拠している傭兵団五〇〇名ほどをの撃滅を目標としておきましょう。では、各自準備のほどを」


「おおぉ、すぐに支度を整えさせる! 野郎ども! 戦だ! 戦の準備をしろ!」


 ブレストが自分の家臣を引き連れ、アシュレイ城内に出陣の下知を伝えて回る。


 『戦』というワードが聞こえただけで、すぐに城内の気配が臨戦態勢に変わっていくのが感じ取れた。


 さすが戦馬鹿たちの城である。


「アルベルト、妾もちょっぴりでいいから戦わせて欲しいのじゃ。アレウスを腹に入れてて、だいぶ身体がなまっておるのを直したいのじゃ。後生だから――」


「ダ・メ・ですよ。マリーダ様、産後に激しい運動は身体を壊す元です。あたしがキチンとアフターケアをしますので、今回はゆっくりと戦の観戦をしておいてくださいね」


「お、おっぱいはらめなのじゃー。あひー」


 産後すぐのマリーダは、リシェールのアフターケアに専念させておく。


 その後、ワリドたちにヴァンドラへ先行してもらい、アレウスたんはフリンに預け、リゼとイレーナに留守居を任せ、リュミナスを伴った俺は翌日ヴァンドラへ向けて軍を進発させることにした。

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