第六十話 強襲とは

「アルベルト、後生だから―」


「ダメです。リシェールと一緒に戯れててください」


 このやりとりで五〇回目である。


 ヴァンドラへ行くためにヴェーザー河を下る帆船をチャーター(不法占拠)して、河下りの船旅を楽しんでいるのだが、マリーダがどうしても戦いたいと言って聞かないのであった。


「リシェールと戯れる方が身体に悪いのじゃ。妾は一月に一度血を浴びねば死んでしまう子なのじゃー」


「どこの吸血鬼ですか……。ダメと言ったら、ダメです。先陣、中央と崩れ、後詰に敵が来た時以外は戦闘許可を出しませんよ」


「先陣と中央が崩れたら、ほぼ負け確定ですね。いくらマリーダ様が強いとはいえ一人で五〇〇人斬りは無理でしょうし」


 リシェールが言った通り、ラトールの先陣とブレストの中央が崩れたらエルウィン軍は崩壊したも同然で、マリーダの率いる少数の後詰で戦局を逆転するのは不可能だろう。


「妾ならできる! じゃから戦わせてくれ!」


 根拠のない自信に満ち溢れた断言をマリーダがしているが、もしかしたらこの脳筋女将軍ならやらかしかねない気もする。


 だが、そんな事態にさせないために俺が軍師としているので、今回は諦めて観戦しておいて欲しい。


「アルベルト様、ヴァンドラの街が見えてきました!」


 マリーダと戯れていたら、伝令がヴァンドラ到着を伝えてきた。


 すでに先陣のラトールや中央のブレストたちへの下知は終わっており、油断している傭兵団への強襲作戦は練り上がっていた。


「船が桟橋についたら、港に近い場所にあるヴァンドラの大商人ジームスの屋敷を橋頭保として確保する。目印は鷲の紋章の旗だとラトールとミラーにもう一度伝えておいてくれ」


「ははっ! ではお伝えして参ります!」


 伝令は足早に船室を後にすると先陣を務めるラトールたちのいる船首へ走り去っていった。


「アルベルト! ほんのちょっと、さきっぽだけでいいから、敵と戦わせて欲しいのじゃ……」


「ダメです。アレウスを母無し子にするわけにもいきませんので! ここで大人しく待っててください! リュミナス行くぞ! リシェール、マリーダ様を頼む!」


「はい、すぐに準備いたします」


「マリーダ様はあたしにお任せください。アルベルト様、ご武運を」


 俺はリシェールにマリーダを任せると、真っ赤な甲冑と白い仮面を付け、ブレストの率いる中央の軍勢に合流した。



 強襲とは、自損害も顧みず猛烈な勢いで敵におそいかかること。


 とはいえ、自軍の兵が強すぎて損害が出ない場合はどう言ったらいいのだろうか……。


 桟橋に到着すると、先陣のラトールとミラーが兵を率いて油断していた傭兵団の兵士を撫で斬りにしていた。


 今回は戦士以上の選抜軍であるため、エルウィン家のイメージカラーとなった真紅の鎧を皆が着用している。


 そのため、『鬼のエルウィン』が攻め寄せたと相手方も一瞬で悟ったようだ。


「ひゃあぁあああっ!! ふ、船から『鬼のエルウィン』が来たぞ!! こ、殺されるぅ!!! 殺されちまうぅ!!!」


 真紅の甲冑を着た集団を見ただけで、傭兵団の兵士たちは逃げ腰になり、街の中央へと逃げていった。


「一般市民には手を出すなよっ!! 向かってくる奴だけ討ち取れ!!」


「こちらはエランシア帝国のエルウィン家の先陣ラトール様である! 義によってこのヴァンドラを不法に占拠した傭兵団を討伐してくれる! 住民たちは手向かい致すな! 傭兵団の者で武器を捨てる者は斬らぬ!」


 先陣の兵を率いたラトールとミラーが橋頭堡に指定したジームスの屋敷を目指し、混乱する街を赤い一団が突っ切っていた。


 敵の傭兵団は防戦態勢もとれず、追い立てられるように街の中央へと蹴散らされていき、ついに先陣は橋頭堡となるジームスの屋敷へ到達していた。


「アルベルト、そろそろワシらも動くとしよう。ラトールのやつに獲物を独り占めされてしまうからな」


「承知しました。ブレスト殿は桟橋からジームスの屋敷までの敵の掃除をお願いします。言っておきますが武器を捨て無抵抗になった人は斬って捨ててはいけませんよ。彼らには鉱山と堤防作りに精を出してもらうつもりですからね」


「分かっておる。相手を挑発して斬りかからせれば文句はないのだろう」


 そういう意味じゃありませんけど……まぁ、脳筋に何を言っても話は通じないか……。


「あんまり敵兵を殺したら、給金から差っ引きますのでくれぐれも自重してくださいね」


「むぅ、それでは戦が楽しめぬではないか。仕方ない、給金減らされると家臣も食わせられぬし、ライアに叱られてしまうしな。半殺しにしておくか」


 理解してねぇ。


 これだから脳筋は……。アレウスたん、こんな大叔父に似たらダメだぞ!


「さぁって!! エルウィン家家老ブレスト・フォン・エルウィンが推して参る!!! 腕に覚えのあるやつはわしの前に出て来い!!」


 腹に響き渡るブレストの大声が街中に響き渡ると、強襲に茫然としてた街の人たちが一斉に建物に避難していった。


「おっしっ! 野郎ども! 一件、一件虱潰しに当たるぞ! 出発!!」


「「「おおぉ!!」」」


 中央軍を率いたブレストが桟橋に降りると、付近の建物のクリアリングをし始めた。


「おらぁあっ! 扉開けんかいっ!! 傭兵団のやつら匿ってたらどうなるか分かってるだろうなっ!!」


 完全に脅迫行為ですけど……。


 扉の向こうにいる人がめっちゃビビってる気配がここからでも分かるぞ。


「ひぃいいいっ! いません! ここにはいませんからぁ!」


「おらぁ、だったら扉あけんかいっ!! 開けないと匿っているか確認できんやろがっ!!」


「ひいいぃいい! 開けます! 開けますから殺さないで下さい!」


 完全にあかんやつだ。


 まぁ、このヴァンドラは融資(恐喝)さえもらえば、領有する気もないし、『鬼のエルウィン』の威名を広めるためには多少強硬策も必要か……。


 扉が開くと中では商人風の男が漏らして腰を抜かしていた。


 確かに戦闘状態のブレストに家庭訪問されたら、誰だって漏らすだろう。


「すみませんね。ご迷惑をおかけします。我らエルウィン家はこの地を不当に占拠する傭兵団を討伐して目的を達したらすぐに引き上げますんで、それまでは大人しくしておいてくださいね。ああ、ちなみに傭兵団の兵士を匿った家は『鬼のエルウィン』が全力で叩き潰す予定ですのであしからずご了承ください」


「ひいいぃいっ! お願いします! なんでもしますから殺さないで!」


 俺の脅しに商人風の男の水たまりが増えていた。


「なら、我が軍の『家庭訪問』のお手伝いをお願いします。ああ、大丈夫ですよ。危険が無いよううちの『精鋭』がボディーガードしますからね。どうも、うちの兵たちは強面が多すぎて、『家庭訪問』が遅々として進まないようですし、お手伝い願えます?」


 俺がニンマリと怪しい笑いを商人風の男に投げかけると、男は飛び上がってすぐに頭を下げ、協力を申し出てくれた。


「さて、では協力者を使って傭兵団の兵士を炙り出していきますか」


「むぅ、さすがアルベルト。悪辣な仕事は手が早い」


「褒めてもらい光栄至極。ささっと、ジームスの屋敷までの建物から敵を追い出しますよ」


 俺たちは『家庭訪問』の協力者を増やし、建物に立て籠もった傭兵団の兵士を次々に炙り出し、抵抗する者を切り捨て、抵抗を諦めた者は捕縛してマリーダが後詰をする船に送りこんでいた。


 その間にも先陣たちは橋頭堡にしたジームスの屋敷で、態勢を立て直した傭兵団の攻撃を迎撃しているのが見えた。


「おっしゃーーっ!! かかってこんかいっ!! 俺はブレスト・フォン・エルウィンが一子。ラトール・フォン・エルウィンだぁ!! 腕に覚えがあるやつは俺の前に来いっ!! 戦斧の錆にしてくれるわっ!」


 予想通り、ラトールが敵集団に猪突猛進して無双していた。


 まぁ、でもその間は副官のミラーに指揮権を完全に譲っているようなので、指揮官としては及第点と……できねぇって!!


 先陣の主将が最前線で斬り結ぶ鬼人族なんなのっ!


 馬鹿なの! 脳味噌筋肉でもなく、溶けてなくなっちゃってるの!


 ラトール君が討ち取られたら、先陣は崩れんだよっ!


 いい加減、守る姿勢を覚えて欲しい!


「ブレスト殿、ラートルに橋頭堡に引いて守れと伝えてくれませぬか。私の声量ではこの戦場では届きませんので……」


「心配無用、あの程度の雑魚に討ち取られるほどやわな鍛え方はワシはしておらぬわ」


 この父親にしてあの子ありか……。


 誰か脳筋に付ける薬知りませんか……。


 首狩りの狂戦士のように戦斧を振り回したラトールの周囲で敵兵の首が飛んでいく。


「だ、ダメだぁああ! 副首領が討ち取られた! も、もうダメだぁああああ!!!」


 ラトールを襲っていた集団の中に傭兵団の副首領が混じっていたようだ。


 敵の指揮官が討ち取られると、攻勢は弱り、敵兵は散り散りになってきた道を戻っていった。


「おらぁああああああああっ!! にげんじゃねぇっ!! まだだっ! まだ、全然暴れ足りねぇっ!!」


「ちっ、やはりあの程度の兵ではラトールを止めらぬか……。アルベルト、もはやこの辺りに敵兵はおらぬ、ワシらも兵を進めるぞ」


「は、はい。ふぅ、せっかく立てた私の策が無駄になりそうな戦ですなぁ」


 脳筋が力技で予想以上の戦果をあげていた。


 俺たちも予定より随分と早く、橋頭堡としたジームスの屋敷に歩を進めることになっていた。

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