第五十二話 アルカナ城攻防戦

 帝国歴二六一年 藍玉月(三月)


 リストに載っていた者を全員回収(降伏)させ、一家の者たちごとアシュレイ城に向かわせると、軍勢をアルカナ城へ進めていた。


 すでにアレクサ王国からの援軍はないと判断し、ラトール、ブレストを呼び寄せ、ステファンの派遣した軍勢も包囲に参加している。


 ガチいくさと聞いたマリーダが参陣したがったが、身重の身体となったので、ブレストの妻フレイに頼んで『女のいくさ』の重要性を滾々とマリーダに説いてもらった。


 子を産むこともまた大いくさなのである。


 そんなこともありつついかさま戦争の方はほぼ終了したので、リゼとミラーの率いてきた農兵は春まきの時期に間に合うように帰還させていた。


 ここからはガチの戦が始まる。


 特にアレクサ王国から援軍が来なかったため、うちの狂犬たちが怒り狂っている。


「アルベルト!! 今回こそは俺らの出番だよな! あの城、ぶっ壊していいんだよな? はぁはぁ」


「アルベルト!! ワシも力を持て余しておるのだ!! 破城槌でもなんでも担ぐぞ!! そうだ! 大弓を持て! 城兵ごと射抜いてやる! はぁはぁ」


 息が荒い。っていうか目が血走って怖い。


 『全軍、突撃!』って言い出して、城門に肉弾攻撃を与えかねない。


 戦闘種族鬼人族なら肉弾で城壁破壊とかやりかねないが、損害ももの凄そうなので、今しばらくだけお待ちしてもらうことにした。


「今より、内応者への最終通告の火矢を打ち上げます。これで、城門が開かねば、攻城戦の開始とさせてもらいます。その際はお二人に先鋒をお任せします」


 崖の上に築かれたアルカナ城は籠っている兵こそ五〇〇名程度だが、すでに二ヶ月の籠城で城内の食料や燃料は尽き始め、戦意はかなり衰えている。


 俺たちはそんな城兵たちの目の前で酒盛りしていた。


 そんな酒盛りをして楽しんでいる俺たちに対し、リヒトが狂ったように吠え立てていたが、最近では顔も見せなくなっている。


 頼みの綱のアレクサ王国からの援軍が来ないことが絶望的になったからだろう。


 内通者からの話では、病気で倒れたと言われているが、確証は得られていない。


 それもこれも、最終通告の火矢を打ち上げたら分かることであった。


 傍に控える者に合図を送るように目配せする。


 大きな音を伴った火矢が青空に向かって数十本打ち上がり、轟音が周囲を覆っていく。


「いやあ、うるさいね。これだけ、大音響で撃ち上げたら『聞こえなかった』とか言い訳できないよね」


「城内より、合図の光あり!!」


 城の様子を見ていた部下から報告が上がる。


 城門付近の兵が喊声上げて味方と切り結び始めた。どうやら、裏切りを決めたようだ。


「今です! 全軍、進撃! 城門を抑えませ!」


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!! 一番のりぃいいいいいい!!」


「待てぇええ! ワシが一番乗りじゃぁああああああああ!!」


 脳筋どもが地鳴りのような喊声を上げ、城門に殺到した。


 はい。ここからはアルカナ城攻城戦のハイライトを解説、実況アルベルト・フォン・エルウィンが担当いたします。


 おおっと、開始まだ五分ですが、内応者がすでに城門を開いたぁあぁあ!


 裏切りの者の数が多すぎるぅうう!!

 

 我先にと城門を開ける手伝いに加わっていく。これは、調略の効果ですかねー?


 そうですねー。もはや、敗勢必至のエラクシュ家が倒産する前に、優良企業のエルウィン家に転職しようと必死ですねー。


 おわぁあああ! 突入したラトール選手、裏切った者ごと斬り伏せたぁあああああ!! これは、ヒドイ。


 遅れること半歩、ブレスト選手も裏切り者を次々に斬り伏せ、城門の前を綺麗にしていくぅうううう!!


 酷い、これは酷い。エルウィン家に鞍替えしようとしていた者ごとだぁあああ!!


 あーこれは、城門さえ開けば用無しといったことでしょうかねー。転職活動が遅かったですからねー。この対応は致し方ない。


 城門付近では『城門開けたのになぜぇ!』、『エルウィン家の卑怯者め』、『たばかられた』といった悲鳴が上がっているぅうう!!


 先鋒二人が開いた突破口を、脳筋一族の屈強な戦士たちが押し広げていくぅううう!! 止まらない! 止まりません! アルカナ城兵たちに混乱が広がっていますぅう!!


 アルカナ城は外城と内城の構造ですからねー。ここからは、内城に侵入するための跳ね橋を制圧しないといけませんねー。


 おおっと! 外城をほぼ制圧したエルウィン軍、内城へ向かうための跳ね橋へ敵を追い込んでいくぅうう。この動きは猟犬のようだぁああ!! これは敵軍たまらない。逃げ惑いながら追い込まれていくぅうう!! 


 いやぁ、上手いですねー。ここまで、全く戦をさせてもらってませんからねー。早々に降伏されては叶わないとばかりに執拗に敵を攻め立てていますねー。これは、敵軍可哀想です。はい。


 ですが、エルウィン軍の猛攻も内城に入るための跳ね橋は上がったままだぁああ! 内城に籠る兵に助けを求める外城の城兵は見捨てられたようだぁあ! 可哀想、可哀想すぎるぅう! だが、これも世の習いと思えば、致し方なしかぁああ!


 寝返りの決断が遅かったのが致命的ですねー。今の世は決断できない人に優しくない仕様ですから、彼らには可哀想ですが狂犬の餌ですねー。


 おや、ここでブレスト選手、身の丈以上ある大きな弓を部下から受け取ったようだ。いったい何をするのでありましょうか? え? あ? え? なんですかあのぶっとい矢は?


 おー。馬鹿ですねー。据え置き大弩用のぶっとい矢を番えてますよー。いやーありえないですねー。どんだけ脳筋ですか。脳筋が何するか興味深々ですよ。


 おおっと、ブレスト選手引き絞った弓を放つ! 風切り音を発して飛んでいった先は……。な、なんと! 跳ね橋の巻き上げ用の鎖を撃ち抜いていたぁああ! あり得ない! あり得ないことが起きます! 未だかつてこんな方法で跳ね橋を下ろした者がいたんでしょうかぁあああ!!


 いやー、清々しいほどの脳筋的解決法ですなー。これは、素晴らしい。脱帽です。


 二発目も鎖にヒットしたぁああ! 落ちる! 落ちる! 跳ね橋が下りたぞ!!! 下りた!! 城兵たちが驚いているぅうう!!


 私も何度か脳筋たちの戦を見て来ましたが、今日ほど脳筋が凄いと思ったことはありませんねー。いやー、素晴らしい。ナイスプレイでした。


 攻城戦も大詰めに入って参りました。すでに内城まで攻め込まれ、アルカナ城兵たちの戦意は急減しております。次々に武器を捨て降伏しております。おや、ここで城内から白旗が上がりました。白旗です。ホワイトフラッグ。ついに相手は戦意喪失でタオル投入だぁあぁあ!!


 援軍もなし、味方もなし、城も破られ、もはやこれまでとリヒトも悟ったのでしょう。タオル投入の判断はしかたないですねー。


 おおっと、縄で縛られたリヒトが出てきました。降伏です。降伏。アルカナ城降伏しました。


 だが、ラトール選手、ブレスト選手ともに戦い足りないようで、降伏したリヒトの縄を解き、挑発をしているぅうう!


 戦馬鹿の面目躍如のお馬鹿行動ですねー。勝負は決しました。戦はこれで終了です。お疲れ様でしたー。


 って、わけで。リヒトは生きたまま捕虜となった。


 エラクシュ家側の損害は降兵二〇〇名、戦死一二五名、重軽症一七五名。


 エルウィン家側の損害は戦死五名(借り受けたステファン領兵)、重症四五名(うちステファン領兵三〇名)、軽傷一三〇名(うちステファン領兵九〇名)という数字だった。


 いつも思うが、戦闘職人どもの技量レベルがヤバすぎる気がする。


 そんなことを思いながら、捕らえられたリヒトのもとに足を向けた。


「鬼のエルウィンめ!! これで勝ったと思うなよ。この狂犬がっ!」


 対面したリヒトは酷くやつれ、眼の下には大きなクマができており、籠城戦の苦労が忍ばれた。 


「ああんっ! じゃあ、今ここでやってやんよっ! おら、剣を取れ!」


「ラトール! 抜け駆けは許さんぞ! ワシが先だ!」


「ストーップ! ハイ、そこまで! それ以上やったら、いくさに出さないよ。君たち」


 脳筋たちを牽制し、捕虜となったリヒトに面会する。


「貴様が『金棒』アルベルト・フォン・エルウィンか。ひょろくさいガキだ。お前みたいなのにたぶらかされた奴らは阿呆よ」


「肉体労働は私の担当じゃないですからね。頭脳労働が担当。リヒト殿は捕虜ですが、魔王陛下が客人として扱うようにとのご伝言を預かっております」


 魔王から客人待遇をせよとの伝言を受けたと聞いたリヒトの顔が更に蒼く染まる。


 要は『生け捕りしたら、俺のところに寄越せ、いびりころしてやっから、お前らは手出しすんな』的な意味である。


 自業自得。口は災いの元である。


 リヒトはその口の悪さで、自らの命を失う危機に陥っている。


 頑張って魔王陛下の魔手から、口八丁で生き残って欲しいものだ。


 え? 助けないのかって? なんで? 上司の指示に反抗してまで助けるメリットないでしょ?


 俺は損得かエロでしか動かない男。

 

 非情だって? 仕方ない。生きていくためさ。


「やめろ! 俺は行かんぞ! あのクソ魔王になど、むぐぅううう!」


 暴れるので、再度猿轡と拘束をして馬車に押し込んでもらった。


 アディオス! せいぜい、魔王に可愛がってもらってくれたまえ。


 護送馬車が去った後、ブレストたちをなだめるのに苦労したが、ここでぶち殺すより、魔王陛下に献上した方が我が家のポイントが高いと説明しておいた。


 降兵たちの内、動員されただけの農兵たちは各村に帰し、家臣として仕えていた者たちは、対アレクサ王国の最前線に変わった、街道の隘路に新設予定の関所勤務に飛ばすことが決定した。


 最前線勤務を数年真面目にこなせば、再雇用される可能性は残しておく。ただし、俸給は出ない。食い物と住む場所だけは出す。


 以前よりも厳しい環境に置かれることになるだろう。


 え? アレクサ派をアレクサ王国の最前線に配置して裏切らないかって? だって、この人たちアレクサの援軍を期待して裏切られた人だよ。


 敵だったうちへの反抗心よりも、味方だったアレクサ王国への怒りの方が高いってわけさ。


 『おんどりゃ! 舐め腐りやがって! お前らが援軍に来なかったらから、俺たちがこんな苦労しとんじゃ! ボケ!』って話になる。


 裏切る可能性よりも、喜んで戦う可能性の方が高いでしょ。


 もちろん、裏切りは警戒して、ニコラスたちには、関所をよく監視しておくようにと申し伝えておく。


 万が一、裏切りで関所をアレクサ王国軍が抜けても、ニコラスたちには地の利があり、エルウィン家やステファンの援軍が駆け付けるまで持ちこたえてもらうつもりだ。


 アルカナ城、陥落。この報はエランシア帝国には喜びをもって迎えられ、アレクサ王国には憤慨を持って迎えられていった。


 だが、この結果が更なる戦を我が家に呼び込むことになった。

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