第五十一話 いかさま戦争

 ううぅ、さぶ。やっぱこの季節に攻めるべきじゃなかったかな。


 農兵を動員し、作戦発動したのは帝国歴二六一年、紫水晶月(二月)だ。


 エランシア帝国領内はほとんどが温暖な地であるため、標高の高いこの地でも雪こそ積もっていない。


 だが、油断すれば雪になるくらいの寒さはあるのだ。


 この戦は、春までには決着を付けたいので、このクソ寒い時期に進軍することに決めていた。


「寒いなら、オレが温めようか?」


 今回のまやかし戦争の総大将を務めるリゼが、俺の隣で手を取っていた。


「すまんな。温めて欲しい。かじかんで筆が上手く持てん」


「分かった。あぅん。冷たいね」


「おおぉ、温い。温い」


「ちょ、ちょっと。揉むのはダメだって」


「ちょっとだけ、ちょっとだけだから。ね。ね。あと一揉み」


 ちょうど二人っきりになった天幕の中で、俺はリゼとイチャイチャしていた。


 今回主力として動員したのは、リゼが当主を務めるアルコー家の農兵たちで、俺の領地となった農村からミラーを連れてきている。


 リゼはスラト領主であるが、エルウィン家の保護下であり、実質臣下としてエルウィン家中に参加しているのだ。


 今回は侵攻する各村々の有力者とは、すでに話し合いがついており、見せかけの抵抗をして降伏をするとしてあった。


 そして、手勢を率いてアルカナ城に入ったアレクサ王国派の村々も接収し、包囲の輪を狭めるという筋書きだ。


 ことは順調に進んでいた。今も外では、戦争という名の模擬戦闘訓練が村の者たちと、うちの軍勢の間で行われている。


 鏃のない矢が飛んだり、穂先のない槍(ただの棒とも言う)で突き合ったり、刃を落とした訓練用の剣で打ち合ったりと二時間程度汗をかいて戦い、そろそろ降伏する時間が近づいていた。


 『うあわー、やられたー』とか、『ちょ、マジ。エルウィン家強くね』とか、『降伏するんで命ばかりはお助けを』って声が風に乗って聞こえてくる。


 だが、これは全て事前のシナリオに沿って、皆が動いている証左であった。


「はぁ、この分だと、今日は村で泊まれそうだね。暖炉のある家で寝泊まりできるとありがたい」


「そうだね。それにしてもオレも戦は二度目だけど、こんな簡単な戦ってあるのかしら。面白いように村が降伏していく」


「事前準備のおかげさ。兵のいる村は調略に応じた地元派だし、兵がいないところは俺たちの侵攻とステファン殿の圧力でアルカナ城に籠っている。すべて筋書き通りさ。ただ、寒いのは予想外だった。兵たちには凍傷にならぬよう。村で暖まらせてもらえ」


「分かった。ミラー君を通じて通達を出しておく。彼はできる子だね。オレの部下に欲しいくらいだ。戦の指揮も人あしらいも上手い」


「だろ? あいつは俺とリゼの子の守役として、アルコー家のお偉いさんにまで引き上げるつもりだ。そのためには戦功を挙げてもらわないとな」


「ミラー君が守役か。それはいいね。マリーダお姉様も懐妊したし、オレもアルベルトの子が早く欲しいな」


「仕方ない。相手が降伏するまであと少し時間あるから、休憩するか」


「ほんとに!? いやったぁ!」


 っとまぁ、こんな感じでイチャイチャしながらの進軍であるが、降伏した村には『農作業の方を優先して』と言い残し、調略対象者の一家以外は普段の生活に戻ってもらっている。


 ただ、調略リストに載った者たちは身の安全を図るため、一度アシュレイ城へ向かってもらっていた。


 村に残していると暗殺の危険性がないとは言い切れないからだ。物事は慎重に推し進めなければならない。


 安全に保護した調略対象者の一家には、アルカナ落城後に各村に戻ってもらうつもりなので、一時避難と伝えてある。


 そして、情報通りアレクサ王国はリヒトを切ったようだ。


 ラトール、ブレストが街道を封鎖すると、物資の提供すら止め静観の姿勢を見せている。


 焦ったリヒトからは、矢のような援軍打診の使者が行きかっている。


 その使者は自由に通してやった。


 なぜかって? そりゃあ、国境周辺の領主たちにアレクサ王国がリヒトを見捨てたことを知らしめるためさ。


 『エランシア帝国の侵攻を受けても、アレクサ王国守ってくれねぇじゃん』ってことを宣伝するため。


 『建前として領地守ったるで、兵と金出せ』って言ってるアレクサ王国のトップが、突出部の孤立した味方を見捨てるのはよろしくないよね。


 対アレクサ王国の最前線である、うちのエルウィン家としては、敵国の評判を落とすためにも、リヒトには精々、声高に援軍要請をしてもらう方が良いのだ。



 リゼとちょっとご休憩をさしてもらい、心も体も温まったところで、ニコラスが降伏してきた。


 奮戦虚しく住民の命を守るため、仕方なく降伏したという筋書きである。


「ようこそ、我が家へ。酒まで提供して頂き感謝する」


 って、言っているのは降伏したはずのニコラスだ。


 寒いので、うちの軍勢に村の家屋を提供して欲しいと頼み、認めてもらっていた。


 先のいかさま戦争(いや、合戦ごっこ)で村人と、うちの農兵たちは意気投合し、俺たちが持ち込んだ物資から酒を提供して、村々の各家庭で酒宴が始まっている。


 これが俺の描いたいかさま戦争だ。


「これで、ニコラス殿の面目は立ったということですな。しばらくはアシュレイ城でごゆるりと生活し、アルカナ城が落ちるのをお待ちください」


「冬季にこれほどまでに迅速な進軍をされてくるとは思いもしませんでしたな。ワリド殿から日時を教えてもらった時は、一ヶ月違うのではないかと思いました」


「お天気にも助けられたからね。雪が降ったらこうはいかなかった」


「すでにアルカナ領はアルカナ城周辺を残すのみ。籠った兵もさほど多くない。しかも、アルベルト殿のことだから、城内に籠った者にも手を伸ばしておるのだろう?」


「それは秘密。でも、落城は時間の問題なんで、しばらくの休暇を楽しんでください」


「アルカナ城を落としたら、どう治められるつもりだ? この地は集落ごとに独立性が高い地域だぞ? 少しでも不満があれば叛乱が起きる」


 ニコラスはこの地の統治の難しさを懸念しているようだ。


 山地の小さな平野に村を作っているので、各村間の交流もさほど活発じゃない。


 そのためのニコラスだ。各村に顔が売れていて、話が通る人格者である彼をアルカナ領のまとめ役に担ぎ上げるつもりだ。


「ニコラス殿には、アルカナで骨折りしてもらいますよ。ちなみに今年は租税免除の許可をうちの当主からもらってるんで、各村にはしっかりと農事に励むように伝えてあります」


「租税免除!? エルウィン家はそのように内証が豊かなのか?」


「ええ、まぁ、近隣ではかなりの裕福な家だと思いますよ。それと、この周辺に銀鉱脈があるって話も聞いてますんで、上手くすれば租税は銀の上納になるかもしれませんな。掘ってみないとわかりませんが」


「銀鉱脈まで知っておられたか……。リヒト殿にも伝えたが、資金がないと一蹴されました。エルウィン家ならば、銀山開発もできると?」


「ニコラス殿が場所を知っておられるのか?」


「ああ、村人が銀鉱脈の露出している場所を見つけたのだ。その話がわしの所まで上がってきて、リヒト殿に伝えたのだがな。開発費用を賄えぬと一蹴されたのだ。資金さえ出してくれるなら、すぐにでも取り掛かりたいほどだ。銀山はこのアルカナに富をもたらしてくれる」


 ニコラスが銀山の位置を知っていたのは、僥倖だった。


 ワリドから聞いた報告で情報こそ持っていたが、なかなか、銀山の詳しい位置まで知らなかったのだ。


 探さないといけないと思っていたが、知ってる人がいた。


 銀はエランシア帝国内で通貨として多数使用されるため、貴金属としての価値もさることながら、貨幣需要が高いので、他の国より高価な取引がされる。


 銀山開発はアルカナ領に大いなる富をもたらしてくれるだろう。


 だが、すべてはリヒトを追い出した後の話である。


「その話。心得た。アルカナ領がエルウィン家の手に落ちれば、すぐにでも銀山開発を始めましょう。これは良い話を聞いた」


「単独で銀山開発を行えるとは……」


 農地の少ない山岳地帯のアルカナ領。農作物での租税の納入よりも銀山からあがる銀を何割か納めてもらい。農作物は自家用にしてもらえばよいかなと考えていた。


 銀鉱脈がどれくらいの物かは掘ってみないと分からないため、最悪、小規模だった時はアシュレイ城周辺に開拓村を開き、そちらで集落を再建してもらう策も用意している。


 アシュレイ周辺には耕すべき土地はいくらでも残っている。その場合、アルカナ領は防衛拠点として使用するだけに限るつもりだ。


 銀山が大規模であるといいな。


 土地から地元の人を引き剥がすのは、こちらとしても辛い。


 この後、ニコラスとともに酒を酌み交わしながら、アルカナ領の今後を語り合って、美味い酒を楽しんだ。

 

 あれ? これって戦争だったよね? まぁ、いいか。

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