第五十三話 空城の計
アルカナ城、陥落。その報に接したアレクサ王国は大軍を動員して北上してきた。
時は帝国歴二六一年 翠玉月(五月)だった。
油断していたわけではないが、麦刈りを直前に控えたこの時期、アレクサ王国が大軍を動員するとは思わなかった。
その数五〇〇〇。
『やっべ、リヒト見殺しにしたら、周囲の領主がうちのことボロカスにいってるやん! ここは、いっちょあの狂犬どもシメたるか』ってことで出撃してきたらしい。
めっちゃ、迷惑。しかも、これから統治を始めようと思っていたアルカナ領への侵攻である。
動員されたアレクサ王国の領主たちも、農事前の動員に大ブーイングだ。
が、しかし、動員令に逆らうわけにはいかず、兵を率いて参戦してきていた。
しかも、二手に分かれての進軍である。アルカナ方面二〇〇〇、アルコー家の領地スラト城方面三〇〇〇という大軍だ。
エルウィン家の動員限界は、アルカナ領の農兵までかき集めても三〇〇〇を少し超える程度。
ちょ、ムリゲ―きたかもって、一瞬焦ったが、エルウィン家が魔王陛下に送った献上品が絶大な威力を発揮していた。
その献上品は何かって? アレだよ。アレ。例のリヒト君ですよ。
あれを受け取った魔王陛下の機嫌は急上昇、今回のアレクサ王国侵攻に際しても、『アレクサの馬鹿タレたちは俺が追っ払ったるから、ちーと待てや。すぐに駆け付けたるでな!』って親書が、援軍依頼の前に飛んできた。
しかも、親書の到着から二日後には、先陣の部隊がアシュレイ城を通過しているのである。
エランシア帝国軍が動員兵は三〇〇〇であるが、周辺領主の援軍も続々と駆け付けてきている。
電光石火とはまさにこのこと、ちょっと乳兄妹に甘いイッチャッテル人かと思ってけど、エランシア帝国軍の最高司令官たる、皇帝の座に座るだけの実力は持っていたようだ。
アルコー家のスラト城方面には、アレクサ王国主力が侵攻しているとの情報をキャッチし、先導役としてうちのミラーを貸し出し、魔王陛下率いるエランシア帝国主力軍にお任せすることにした。
そして、俺たちは兵一〇〇〇を率い、アルカナ方面に攻め寄せていた領主連合軍を迎え撃つ準備中だ。
山岳地帯の街道をひた走る領主連合軍は、アルカナ城の降兵たちが詰める隘路に設置した関所に殺到していた。
『おんどりゃあ! 今頃になってノコノコくんじゃねー』、『うっせーよ。バーカ! お前らが負けっからこっちが動員されただろが! この根性なしがっ!』とかいう罵声が飛び交う修羅場が発生している。
だが、隘路に陣取ったものの、敵の攻勢は強く、アルカナ降兵たちは粉砕され、壊滅。
関所を抜いた領主連合軍は勢いに乗ってアルカナ領内に侵攻してきていた。
その報を受け、俺はワリドたちを使い、アルカナ領内の村々には無抵抗を指示していた。
下手に抵抗して村を荒らされるより、すんなりと通してやればいい。
それに、まやかし戦争のおかげで戦い破れ、エランシア帝国に降ったと言い訳ができるからだ。
敵も狙いはアルカナ領ではなく、アルカナ城の奪還であり、麦の刈り入れが近づいているため、このいくさを速戦で片を付け、とっとと領内に引き上げたいのである。
で、あればそれに協力してあげるべきだろう。
俺の指令はマリーダの承認を得て実行された。
指示通り無抵抗を貫いた村を予想通り放置して、領主連合軍はノンストップでアルカナ城まで攻め寄せていた。
そして、守備兵すら入れることも叶わずアルカナ城は陥落した。
と、まぁここまでが現在の状況だ。
「むぅ、城が落とされたぞ。アルベルト。これではマリーダ姉さんに顔向けできねぇ」
「そうじゃ、ワシらエルウィン家の城が落ちたぞ」
脳筋二人が、自らの得物を手に苦虫を噛み潰したような顔をしている。
アルカナ城が落ちたのが悔しいようだ。
俺もちょー悔しい。いやぁ、悔しい。悔しいなぁ。せっかく頑張って落としたのに、悔しい。
って顔を作りながら、心の中はほくそ笑んでいた。
俺は性格が悪いのだ。最近、自覚した。
なんで、城が落ちたのに喜んでるかって? そらぁ、あの城が戦略的価値がないからさ。いや、領主連合軍が奪取してくれたことで戦略的価値が発生したと言っていい。
言ってることが分からない? よし、じゃあ、ご説明しよう。実はあの城、敵の侵攻が早すぎて、物資の補充が間に合わなかったのさ。
そう、つまり前回リヒトが籠って降伏した後、しばらく空城にしてて、残ってた物資を洗いざらい全部アシュレイ城に持ち込んでいたところだった。
しかも、持ち帰った物資をニコラスたちに褒賞として分配してて、彼らの帰還が遅れていたことにも助けられていた。
戻っていれば戦犯として処刑される可能性もあったので、保護しておいてよかったのだ。
なので、今アルカナ城には領主連合軍が持ち込んだ僅かな食糧しか残っていない。
これが、ほくそ笑む理由だ。
今頃、城の倉を見て領主連合軍の首脳たちは顔を蒼くしているだろう。食糧を始め、矢玉、燃料、武具に至るまですべての物資が空であるのが露見した頃合いだ。
『食糧が足りません』、『バカな。アルカナ城の倉にある食糧どうした?』、『倉の中には炭や武具、矢弾などもまるでありません。もぬけの殻です! 我らは『金棒』アルベルトにハメられたかもしれませぬ』といった愉快な会話が繰り広げられている最中だろう。
戦の決着を急ぐ領主連合軍は糧秣の携行量を減らし、スピード進撃優先で、アルカナ城を目指し、駆けに駆けてようやくたどり着いた城に食糧がないと知ると愕然としているはずだ。
浮足立った敵に追い打ちをかける時間の開始だ。ここからは俺たちエルウィン家のターン。
「さて、では領主連合軍の逆包囲を始めましょう。此度もステファン殿が、後詰めの軍勢を差し向けてくれております。後顧の憂いは絶たれました。全力で包囲を維持しますよ。敵も必死に撃って出るでしょうからな」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! さすがルアルベルトだ!! 城を丸ごと使った大物釣りとはな! これは腕が鳴るぜ! 全力でやっていいんだよな?」
「ええ、全力で城から打って出てくる敵を滅ぼして下さい。ブレスト殿も頼むぞ」
「任せておけぇえええいい!! 野郎ども槍だ、槍を持て! 出てくるやつらを突き殺すぞ!」
「あ! 親父! きたねえぞ! うちも槍だ! 槍! 二~三人一緒にブッ刺してやれ!」
「よーし、俺の指揮下の農兵隊は弓を構えよ。近接戦闘には巻き込まれるなよ。前衛はエルウィン家に任せておけ! 俺たちの仕事は、城壁の弓手の処理と、城門付近に矢の雨を降らせることだ。間違って味方の位置に降らすなよ」
俺も農兵を指揮して参戦している。
まともに兵を指揮するのは、今回が初めてだったりするんで、ちょっとだけ緊張するわ。
早く戦を終わらせたり領主連合軍は主力であるアレクサ王国軍が撤退すれば、降伏勧告に応じるであろう。
スラト方面も魔王陛下の元に続々と援軍が集結しており、主力同士の激突が起これば、地の利と山の民の援護を受けたエランシア帝国有利に戦況が推移すると思われる。
それまでに敵の戦意を低下させ、降伏する土台を作っておきたい。
「敵軍、アルカナ城より出撃! その数五〇〇ほど」
「迎撃だ!! いくぞ野郎ども!! 敵のへなちょこ矢や刀で死ぬなよ。鬼のエルウィン一族の物笑いなるからなっ!」
「「「おおぅ!!」」」
打って出てきた領主連合軍の兵五〇〇は農兵の放った弓矢に射竦められ、怯んだところを槍を装備したエルウィンの鬼たちに攻め立てられ、次々に討ち取られていく。
それこそ、三人刺しとか達成していたラトールとかブレストは怪物と言って過言ではない。
鎧袖一触とは、正にこの状況のことを言っているのだなと感心してしまう。
見惚れているわけにいかないので、農兵から弓に優れた者を集めた狙撃手たちに城の弓手を狙い撃たせていく。
「ラトール殿とブレスト殿を狙う弓手を射殺せ。手すきの者はエルウィン家の前衛を抜け出した奴を狙え」
弓の技量差で狙う敵を細かく指示する。
誤射だけは絶対に避けなければならない。
だが、抜け出てくると思われた敵兵は、脳筋一族の槍衾の前に攻勢を頓挫させられていた。
「おおいぃ!! 歯ごたえが無さ過ぎるぞ!! 俺は紅槍鬼が一子ラトール・フォン・エルウィンだ!! 腕に覚えのある奴! 出てきやがれ!! こんちくしょーーー! 戦わせろ!!」
「ぐぬぅう! 先に名乗りをあげるとは、ワシはエルウィン家家老、紅槍鬼ことブレスト・フォン・エルウィンだ!! 俺こそ最強だと思う者はいざ尋常に勝負せよ!!」
すごすごと城内に引き上げていった敵兵や、城内に聞こえるように二人が敵を挑発する。
というか、二人とも戦い足りないだけだろう。
脳筋は、定期的に戦闘でアドレナリンを補給しないと死んでしまう生物かもしれない。
俺とマリーダの子が脳筋にならないよう、しっかりと育て上げなければと考えてしまう。
この日は日没まで敵が打って出ることはなかった。
「さて、嫌がらせ第二弾を開始するか。ワリド、いるか?」
天幕に戻ったところでワリドを呼ぶ、山の民の筆頭族長だが、最近では俺の個人的な部下として働いている時間の方が長い。
そんなワリドがスッと現れた。
「お呼びで?」
「ああ、夜に仕事をさせるのは忍びないが、アルカナ城のやつらに安眠を与えるわけにはいかん。夜も大音量で攻め立ててやれ」
「承知」
スッとワリドが消えると、数十分後にはアルカナ城の方から銅鑼や鐘の音がけたたましく鳴り響き始める。
強行軍と睡眠不足、そして食糧の欠乏。
包囲三日目には、敵の戦意が急減して打って出てくることがなくなり、包囲五日目には待望の勝報が舞い込んだ。
スラト方面、エランシア帝国軍完勝。アレクサ王国軍、総崩れ。
この勝報は包囲された敵をグラつかせ、降伏勧告を受諾。
降伏の条件は、武装放棄及び身代金要求にしておいた。ここで、更に追い込んだら籠城で粘られるし、恨みも買う。
恨みはうちじゃなく、アレクサ王国に向けて欲しいので、かなり寛大な処置と緩めの身代金設定をして、お家にカムバックしてもらい、農事に励んでもらうことにした。
麦刈りをしないと、農民たちは喰っていけないからね。
魔王陛下からも、こっちはエルウィン家が自由に処置をしていいと、お墨付きもらってるから、とっとと交渉成立させてお引き取りを願う。
交渉は数日間かかったが、相手も早く帰りたいので、無駄に交渉を引き延ばす者はいなかった。
無事にアルカナ城も奪還を果たし、高貴な客人以外、武装解除した農兵たちを先に帰し、アレクサ王国の侵攻戦は大した成果もなく、頓挫することになった。
「これでアレクサ王国の威信は地に墜ちますな。しばらくは大きな軍勢を起こすことは出来ないでしょうね」
「なぬぅ! 戦が無いだと! それは困るぞ! ワシが戦をしない年があってたまるか!」
「まぁ、魔王陛下がアレクサ王国の影響力の落ちた地に侵攻をする際はうちが先鋒を任せられることでしょう」
「そうか。しばらく調練に汗を流すしかないか」
今回の侵攻戦でアレクサ王国は多くの恨みを買っており、国境周辺の領主たちへの影響力は、かなり低下している。
先の戦役から続く敗退にアレクサ王国への忠誠が揺らいでいそうだ。
それはそうと、麦刈り前に攻め込んできた、お礼参りも考えておかないとな。
失意の領主連合軍を見送りつつ、確固たる支配を固めたアルカナ領の今後のことや、対アレクサ王国への布石を考えていた。
うむ、そろそろマリーダのお腹に耳を当てて子供とお話ししたり、みんなとイチャイチャしたい。
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