第二十七話 兵糧徴収

 朝のコミュニケーションでやる気を補充したはずの俺は昼過ぎにはどんよりとした顔でグッタリとしていた。


 頑張って仕事しようとか、寝言をほざいていた朝の俺をドツキ回したい気分だ。


 アレクサ王国との戦争の後処理も終わって、畑に実った小麦の刈り取りが終わり、各農村からの納税の品である小麦や各種作物を積んだ荷車が倉庫に向かって列を為している。


 時は今、真夏の盛りをちょっと過ぎた帝国歴二五九年 青玉月(九月)。


 九月である。そう。領民から物納される徴収の季節である。歴史シミュレーションゲームでは、勝手に数字上の兵糧が増えて『やっと戦争ができるぜ。ヒャッハー』ってなる季節。


 地代と人頭税。この二つの租税は農村の場合のみ金納を認めず物納オンリーである。他の税金は発生都度徴収だったり、金納可だったりするのだが、物納にこだわるのは籠城や戦へ使用する食糧を補充するという理由もあるからだ。


 なので、基本内政担当者の俺とミレビスとイレーナが、一年で一番忙しい時期が到来していた。


 執務室に着いた途端、蒼白な顔色の文官たちが駆け寄ってきた。


「アルベルト殿! 大変です! 税を納めに来た村長たちから不満の声が上がってます。計量結果に納得いかないと申して、責任者を連れて来いと息まいております」


 おっと、そうだった。今年の徴収から俺が統一した分銅で納税分の小麦量をエルウィン家で計量することにしてたんだったな。


 租税の徴収方法の変更に対しては、周知徹底を図っていたけど、さすがにこの世界でもクレーマーは存在しているようだ。


「そうだろうな。こちらが用意した天秤の計量でしか認めないと言い切ってるからな。今までは自己申告で、なあなあにできたのが拒否されるんだから、怒り狂うだろうよ」


 マリーダの布告によって領内の分銅を統一したことで、今年の徴税では村長たちの誤魔化してちょろまかしていた量が暴露されることになる。


 まだ作付け台帳などの整備が進んでいないため、各農村の食料の取れ高は村長の自己申告に基づいた納税額を割り振っている。


 そのため、村長が村人から集めた量よりも、かなり中抜きされていそうであった。


 だが、徴収方法を変更したと強弁して、このまま鞭でシバキ続けると、農村の有力者である村長たちが離反して俺たちに襲い掛かってくる可能性も出るのは、領地運営の上では大問題だ。


 なので、徴収方法では村長たちに鞭でシバキつつ、彼らに飴も与えることを忘れずに行うことにした。


 中庭に集まっていた村長たちが、俺の姿を見ると駆け寄ってきた。


「アルベルト殿! こたびの徴収は納得がいかぬ! 我らはきちんと計量してきたものを納めに来ておるのだ。それをそちらが再計量したものしか受け取らないとはいったいどういうことですか!」


 年嵩の村長が俺に掴みかからん勢いで詰め寄ってきた。


「控えよ! アルベルト様よりお達しがある!」


 倉庫で計量監督官をしていたミレビスが詰め寄ろうとした村長を押し返していく。


「あーごめん、ごめん。君等のことを信用して無いわけじゃないんだ。ただね、当主のマリーダ殿がさ、『妾の布告した統一分銅で計量していないのは納税を認めぬ。むきぃい!』って、お達しを出してるわけよ。私もさ、散々村長たちの仕事を信用してくれって言ったんだけど。ほら、ご当主様はアレだろ。アレ」


 詰め寄っていた村長の顔が『ああ、そういえば脳筋だったな』って顔になり、顔色が蒼白になっていた。


 逆らえば、一族郎党皆殺しもされかねないと認知されているようだ。


 実際、そんなことはさせないけどね。


「だが、これでは我らが村長をする意味があるのか! エルウィン家が今まで散々徴税業務を放棄してきた上で出来上がった方法を当主様の気まぐれで捨てよと言われ、『はい、そうですか。承知した』ではやりきれませぬ!」


 ああ、分かるよ。めんどくさい村人からの徴税業務を率先して引き受けている上、戦時は農兵たちの指揮官になる大事な人材である。


 不満を持たせたままでいれば、他国に通じてエルウィン家に刃を向け反抗するかもしれん。


 なので、ここで飴の投入を決めた。


「分かる。そうだよな。役得があるからこそ、あの面倒な仕事をしてたんだもんな。私は分かるよ。だからさ、村長には特権をって話を通しておいた。相続税の免除をしてくれってな。代々、みんなが頑張って貯めた金を子供にも受け継がせたいというのは、親として当然の気持ちだ。徴税業務を代行してくれる君らには子への財産相続は課税しないことを勝ち取った。これで何とか納得してくれんかね」


「相続税の免除……」


 このエルウィン家の税制では、子が親の財産を継ぐ際、相続する資産のうち何割かの貨幣を提出しなければ、土地や資産の世襲を認めていなかったのだ。


 まともな台帳を作ってないエルウィン家では、代替わりした村長の家に家臣を派遣して適当な額をカツアゲして相続税としている。コツコツと貯めたお金を子に残そうとすると、死んだ時に自動的にエルウィン家にカツアゲされて持っていかれるのだ。


 なので頭のいい金に余裕のある村長は、死ぬまでに息子たちに新しい村を開拓させて村長に据えることで自分の遺産を先に受け継がせておく。もちろん、新しい村の開拓費用は親の持ち出しだ。


 そうやって家の力の伸長を計りつつ、エルウィン家の相続税対策をするやつもいた。


 だが、新規の村の開発はよほど裕福でない限り、厳しいのが現実で多くの村長は相続税を払って代替わりをしているのだ。


 そのカツアゲ行為とも言える相続税を免除してくれるって話だ。


 村長たちが租税をちょろまかして財を蓄えるのは、息子に財を残したい気持ちが大半であるため、相続税の免除は大いに彼らの気持ちをグラつかせた。


「アルベルト殿……それは本当か?」


「ああ、ここにマリーダ殿、直筆の許可状もある。統一分銅での計量に応じた『村長』のみ特権を与えるとね」


 相続税免除の話は村長たちに衝撃をもって受け入れられたようだ。


 村長たちが着服している租税額と、相続税でエルウィン家に入ってくる額を差し引きすると、圧倒的にちょろまかした租税の方が多いと思われるので、この飴で納得してくれるとありがたい。


 中庭で集まっていた村長たちが頭を寄せ合って、受け入れるかどうか相談し合っている。


 やがて、決まったようで代表者が俺の前に来た。


「分かりました。これより統一分銅での計量を受け入れまする。なので、なにとぞ相続税免除の件。よしなに頼みまする」


「いやあ、ありがとうね。助かるよ。あ、そうだ。なんか困ったことがあったら、私に相談してよ。力になるからさ。こっちも色々とお願いもしたいし、君たちにももっとエルウィン家の領地運営に参加できるように働きかけていくからさ。期待してるよ」


 代表の村長の肩をポンポンと叩く。


 土着の有力者たちを手懐けておけば、色々とやりやすくなるので、恩を売るスタイルで行く。


 こうして、村長たちは統一分銅での計量を受け入れることになった。

 

 けどさ、俺たちの手間が増えたって思うだろ。


 それが案外そうでもない。こっちの文官君たちは優秀だし、無駄に転がっている筋肉もあるからね。


 いくさがなく暇を持て余している脳筋たちには、俺の口車で倉庫に貢納品をしまう力仕事を肉体鍛錬のための訓練として彼らに任せ、文官君たちに計量と帳簿付けを任せておいたからだ。


 何とかと筋肉は使いようである。


 暇そうに突っ立てたエルウィン家の家臣の鬼人族に、『肉体鍛錬になるよ』って吹き込んだら自主的にお手伝いしてくれた。自主的だよ。自主的。


 誰? サービス残業だっていった人。違うからね。業務時間内に遊んでる筋肉を効率的に利用しただけだからさ。


 そこは間違ってはいけない。


 株式会社エルウィンはホワイト企業を目指しているんだ。


 効率的業務による労働時間の縮減を社是に、社員には『思慮深く、物事を考えて行動します』を徹底していく。


 うちはけして暴力的な〇クザのフロント企業ではない。れっきとしたエランシア帝国の由緒正しい女男爵という爵位を持つ貴族家なのだ。


 エランシア帝国内では戦闘無双内政無能と他の貴族家に言われている現状を打破するには、領内を色々と改造して家の力を更に高める必要があると思っている。


 そんなことを思いながら、ミレビスと倉庫に行くと、イレーナも張り切って計量を手伝ってくれていた。


「イレーナ。計量の方はどうだ?」


「はい。いくつか計量に関して混乱も見られますが、倉庫に入れる際は鬼人族の方が張り切ってやられますし、納税の最終チェックと帳面記入は私たちが行っておりますので、ご安心を」


 初めての領主計量納税制度が上手く進んでいるのは、今年採用した文官君たちに事前に帳面の付け方や兵糧の管理をレクチャーしておいたことが功を奏した。


 その中でもイレーナは理解力が高く、商家の娘であるため、人あしらいもうまいのだ。

 

 しかも俺の秘書までこなすスーパーウーマンだ。


 夜の方もテクニシャンとして急成長している。頭の良い子は研究熱心で、的確に俺の弱いところを攻めてくる。


 え? どこだって? それは教えられないな。ここから先は秘密だからね。

 

 あー、そうそう。俺もやられぱなしは嫌いなんで、イレーナの弱点を何個か見つけてあるから。


 そこを責めると……。ゲフン、ゲフン。そんな話はどうでもよくって、イレーナは今度の査定で、従者から俺とミレビスと同じ従者頭に出世させるつもりだった。


 文官君たちの出世査定は俺に一任されている。


 文官は現状では従者頭までしか上がれないが、そっちも役職制度を改変するつもりではいるので、エルウィン家の家臣として文官が出世するコースもそのうちできるはずだ。


「在庫管理の方は、すでに古いものはアルベルト様とミレビス殿が整理しておいてくれたおかげで、スムーズに格納できていますからね」


「倉庫の在庫管理帳簿への記帳が終わった帳面は執務室に届けておいてくれ。あとで私が確認させてもらう」


「はい、あとでお届けします」


 脳筋たちが今年も帳簿をつけずに徴収していたら、また略奪の日々だったかも知れない。


「それにしても、去年の魔窟とは一線を画す、整理された倉庫には感激ですなぁ。これで、今制作中の各種台帳が揃えばまともな徴税を行える準備が整うはずです」


 租税基礎台帳の基礎となる資料台帳を制作中のミレビスがかなり疲れた顔をして倉庫の奥を見て感激していた。


「一個ずつ解決していけば、きっとエルウィン家の税収入はもっと潤うはずだ。そのためにはミレビスもイレーナにもまた無理を言うかもしれないが頼むな。それにまた文官は補充するつもりだから、その新人君たちの教育も頼む」


「はい。アルベルト殿が上役であれば、頑張らさせてもらいます」


「私もアルベルト様のため、マリーダ様のため、自分の力を最大限に使わせてもらうつもりです」


 徐々にではあるが、脳筋が力を持っていたエルウィン家にも新たな層の家臣団が形成されている。


 これはエルウィン家がより高い爵位を目指す上では幅広い人材を獲得するためには必要な措置であると思っていた。


 鬼人族だけでなく、エランシア帝国に住む様々な人種、また領内に領外に住む人材をも取り込んで家を大きくするつもりだ。

 

 誰? 色んな人種の女の子をマリーダの嫁にしようと画策しているだけとかって言った人。正解。そのおこぼれに俺もご相伴するつもりだ。


 とはいえ、人材は人財って話もあるし、多種多様な能力を持つ者を取り揃えておけば、何かしらの役には立つってことですよ。


 こうして、村長たちによる納税も月末までかかったが滞ることなく完了することになった。

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