第二十八話 租税基礎台帳作成への道

 村長たちの納税が終わったら、大きな仕事を終えた解放感から嫁のマリーダと愛人たちと頑張っちゃった。


 俺頑張ったよ。主に俺の腰が。おかげで三日くらい杖を突く生活だったけどさ。


 そんな夫婦の話はどうでもよくって、村長たちのやる気が漲った結果、一カ月程度で租税の納入が終わった。


 倉庫への搬入は血の気が余っている脳筋たちを動員して行ったため、色々とスムーズに事が進んでくれたので、予定よりも早めに納入は終わったのである。


 そして、今は帝国歴二五九年 黄玉月(十一月)。


 近隣の農村では、転生前から導入されていた三圃式農業により、秋蒔き用の農地に小麦、ライ麦などの種もみを蒔いていた。


 俗にいう三圃制だ。


 耕地を三分し、第一の耕地は秋耕地。初冬ごろ小麦・ライ麦を巻いて翌年初夏過ぎから収穫。第二の耕地は春耕地。春に大麦、燕麦、豆などが種まきされ晩秋に収穫。第三の耕地は休耕地として家畜を放牧し排泄物で土地の養分を回復させ、三年で一巡する農法である。


 しかも、鉄製農具も農民たちに行き渡り、アシュレイ周辺は土地の滋味が多く、穀物の生産性はかなりの物になっている。


 だからこその『租税基礎台帳』の作成! これが早急に完了させるべき案件として急浮上しているのだ。


 どの村にどれだけの農地があって、そこから上がる農作物の収穫量を確定させた台帳。


 これがあれば、鬼に金棒? いや、脳筋にプロテインっていうくらいの徴税無双ができる。


 これができれば、統一分銅によって村長ちょろまかしを一掃させた以上の税収が上積みされるはずだ。


 なんで、もちろん村長たちの抵抗はもの凄いだろうと予想されている。


 なぁなぁで誤魔化していた自己申告の租税額と、各種調査を正確に行って確定させた租税額に差が出ると額によっては、『てめえら、徴税任せていたら誤魔化してやがったのか!』って怒り狂った脳筋たちの刃が村長に振るわれる可能性もある。


 だが、俺は今回も村長側に立つ。


 村長たちは、大事な徴税の現場指揮官だからな。ぶった斬ると息巻いた奴は来年徴税業務担当官に指名すると宣言したら、そそくさと意見を引っ込めていた。


 ただ、村長たちも甘やかすのは付け上がる原因になる。だから、基本方針は鞭でシバキ倒しつつ、最後に飴を提示するのが理想だ。


 というわけで前任当主だったブレスト辺りに悪者役やってもらい、俺が宥め役に回って、うまく農村の村長たちが持つ、自分の村に関しての各種資料を快く提出してもらい、『租税基礎台帳』を完成させることにした。



 って、わけで。暇を持て余しているブレストと鬼人族の家臣を引き連れ、近くの農村から資料提出作業を始めることにした。


「アルベルト。ワシは忙しいんじゃ。これから調練が入っておってな」


「ほぅ、家老のブレスト殿はエルウィン家の将来はどうでもいいとおっしゃれるのですか?」


「うぬぅ! そのようなことは申しておらぬが。たかが、農村の視察にワシが同行する必要もあるまいと思うが……」


「ほほぅ。徴税の前任者で、帳簿もつけず、租税額を自己申告させた上、村長たちに計量を任せ、倉庫に勝手に入れさせて、めでたし、めでたしとした張本人がそのようなことを」


「だが、あれは先祖代々、あの方法で……。マリーダが当主の時も……」


「だまらっしゃいっ! このアルベルトが担当となったからには、きっちりと管理させてもらいますよっ! そのための第一歩を大したことではないと申されるか?」


「ぐぬぅう。そうは言っておらぬ」


 苦虫を噛み潰したような顔になったブレストが、しおしおと肩を落とし、各種資料の提出を行う交渉のため、家臣を率いて農村に入っていった。


 すまん。甘かった。俺は脳筋たちの粗暴さを測り間違えたようだ。


「ゴラァああああ!! この村の代表者出て来いやぁあっ!! ちと、尋ねることがある。早く、出てこぬか!!」


 この脳筋家老を先陣で突っ込ませたことを後悔した。


 完全に〇クザが上納金を支払わなかった飲食店に怒鳴り込んで、居座るアレだ。アレ。


 見たことある。あっと、村人さんたちが怖がって家の中に逃げ込んでいった。


 何事が起きたかと、おっとり刀で村長が駆けつけてきた。


「ブ、ブレスト様! これは何事ですか? 我が村に何の用事が? 今年の租税はすでに納めましたぞ」


 野生児である当主のマリーダとためを張る武力を持つ、ブレストの突撃アポなし訪問に、村長は蒼い顔をしていた。


「ああぁん? ワシが村を巡視してはマズいのか? そうじゃ、もう一つの用事を思い出した。聞いた話では、この村は農作物がたんまりと取れるとのこと。これより、この村で臨時の徴収を行うことにした。よもや抵抗などせぬよな? いや、してもいいぞ。おらぁあああ! かかってこんかいっ!!」


 まるで野盗の親玉みたいな言葉で、略奪でも始めかねない勢いのブレストに、村長が腰を抜かして地面に倒れ込んでいた。


「ひ、ひいぃ。そのようなことは思っておりませぬ。すぐに貢納品ご用意しますので、何卒命ばかりはお助けを……。ひぃいいい」


 荒い。荒すぎる。手口が荒っぽすぎるよ。ブレスト。


 おかげで村長ちびっているから。


 脳筋を甘く見過ぎた。カツアゲ程度で済むかと思ったら、略奪レベルに達していた。


 もう、これだから脳筋たちは……。


「よしよし、いい心がけだ。ワシは素直なやつは好きだぞ。だがな、誤魔化されるのは首をへし折りたくなるのだ。分かるよな。この気持ち?」


 分かりたくねぇ。っていうか、村長の首にブレストの太い腕を掛けるのはマズいっしょ。

 

 キュって逝っちゃうよ。キュって。


「ブレスト様をご、誤魔化そうなどと……そそそ、そのように大それたことを」


 村長、めっちゃ足がブルってる。あーこれは、だいぶ隠し事が多そうだね。


「そうか! そうか! お前はいいやつだな。このブレスト、しかと顔を覚えたぞ」


「ひぃいいいっ!」


 あっ、足元に水たまりできた。失禁したね。


 これは後ろ暗いことありまくりかな。


 そろそろ、助け舟を出してあげないと、村長がショック死しちゃいそうだから、出ますか。


「ブレスト殿。村長殿を苛めるのは、そのくらいにしておいてくだされ」


「ア、アルベルト殿!! これは一体どういうことですかな!? 臨時徴収が行われるとは聞いておりませぬが!?」


 脳筋ではなく、話し合いが通じる人物が来たと知った村長が俺に助けを求める視線を送ってくる。


「いやぁ、実はですなぁ。前当主であられたブレスト殿が、私どもが今全力で制作している『租税基礎台帳』にいたく興味を持たれましてな。そのために必要な物は何だと騒がれまして……。私としては村長たちが嫌がるからやめましょうと、お引止めさせてもらったのですよ。ですが、ほら、その。ねー。ブレスト殿はこういった方ですし……」


 村長がちらりとブレストを見る。


「なんじゃい? ワシの顔になんかついとるのか?」


 ニタリと笑ったブレストの顔はまさに鬼と言っても過言ではなかった。


 マジ、ぱねぇっす。夜中にあの顔が闇の中から出てきたら、絶対に俺でもちびる。


「ひぃいいい! 何でもないです。えぐ、えぐぅ! アルベルト殿……お助けくだされ、後生ですから、お願いします。死にたくないぃいい!」


 大の大人が大号泣だよ。いや、まぁ、掛かっているのが自分の命だから、その気持ちよく分かる。


 俺も今の村長の立場だったら、ちびった上で号泣することは必定だからな。鬼人族に自らの命を握られていると思うと生きた心地しないのはよく分かる。


「まぁまぁ、そう怯えられることもありますまい。村長殿には臨時徴収のお手伝いをして頂いて、後で別室にてご相談という流れでお願いしたいと」


「そ、それでいいでず! それでいいぜずがらぁああ!!」


「では、取り急ぎ臨時徴収を始めさせてもらいます」


 とりあえず命を繋いだ村長がへたり込むのを見届けると、臨時徴収という名目の農村の査定を開始することにした。


 大概、村長は自前の村に関する戸籍、耕作地、作付け評価などを纏めた目録を作成し所持しているため、ブレストによってカツアゲさせ、それを元に農村の査定を行っていく。


 村長からせしめた目録には、村の人口総数、耕作地畝数、作付け状況、家畜の数、耕作地の収量のランク分け、予想収穫量まで記入されていた。


 多くの村で次代の村長になる子息に引き継がせるための目録が作成されているとは知っていたが、ここまで正確な資料だとは思っておらず、これだけの情報があればミレビスの進める租税基礎台帳の進捗が大いに進展する。


 簡単に言うと、自分たちで租税基礎台帳の制作をしてくれている訳だ。


 村長たちはこれを元に租税の自己申告をしている。ただ、かなり目減りさせた量であるが。


 そのカンニングペーパーを見ながら、村の畑や人口を確認していき、目録内容に不備がないかをチェックしていく。


 いやぁ、実に楽な作業だ。うん、これは楽だ。村長有能だな。マジで。


 村内の査定が進み、次々と自己申告とは違う結果が報告されるたび、ブレストの額に青筋がビキビキと走る。


 隣に立つ村長は終始、蒼い顔で気を失いかけていた。

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