第十一話 人材発掘
倉庫に到着すると、まずは食料備蓄管理台帳の存在が本当にないのか確認するため、倉庫番をしている人族の男を呼び出した。
倉庫番の男は四〇代の人当たりの良さそうな頭ツルテカのおじさんであった。例の腐敗しかけている在庫糧食の売却の陳情を行った人物でもある。
「貴方が倉庫の管理を任されている人です?」
「ええ、ご当主様始め、鬼人族の方は糧食の管理をされませんから、各農村の代表者に頼まれて私が管理しております。名はミレビスと申します」
ミレビスが丁寧な挨拶を行ってきていた。
「お初にお目にかかります。こたびマリーダ様より内政を任せられたアルベルトと申します。若輩者でありますが以後お見知りおきを」
「お噂はかねがね鬼人族の方より聞いております。あのご当主様の入り婿になられたそうですな。それとお若いのに聡明だとのお話もチラホラと聞き及んでおります」
倉庫番のミレビスは終始丁寧な言葉遣いや態度を示しているが、その目の奥はこちらを値踏みするような鋭い視線を向けているのが見て取とれる。
「噂とはお鰭が付いて流布するものです。それよりもミレビス殿が出されたマリーダ様への陳情書は拝見させてもらいました。文字も綺麗で文章も分かりやすく状況を伝えておられため、すぐにでも手を打たねばと思い訪ねて参りました」
「ほぅ、これはお若いのに……」
ミレビスの眼が更に鋭さを増していく。人当たりの良さとおおらかそうな外見とは裏腹に目は知性の光を鋭く放っている。
これは俺が値踏みされていると見た方がいいな。
一応、これでも俺の身分は当主直属の顧問官という立場とされ、血族主義を貫くエルウィン家で唯一の人族家臣という状態である。
武事一辺倒のエルウィン家の領民からしてみれば、ようやく内政の話を聞いてくれる人が現れたとの想いもあるのだろう。
話しは逸れるが血族主義のエルウィン家であるため、家臣なるには鬼人族か鬼人族の配偶者及び鬼人族との血縁がある者と規定されているらしい。
ただ、鬼人族は武を貴ぶ種族であるため、俺みたいに当主を寝技で仕留め血族入りした者は皆無であり、血族入りする者のほとんどが戦闘において抜群の武勇を示し、その強さを気に入った鬼人族の家長が娘を与え血族にするという慣習に則っているそうだ。
つまり、鬼人族と血縁を結ぶには武勇が必要であり、鬼人族の血縁のない人族は、武勇以外が有能であったとしても、そもそも家臣にすらなれない状態なのだ。
だから、きっとミレビスもそういった基準で血族入りをできないでいる者だと思われた。
「ミレビス殿は現状のエルウィン家についてどう思われます? ああ、別に他意はありませんので、思ったままに述べてもらって結構ですよ」
「これは直球な物言いですな。私ごとき在野の者がエルウィン家の統治に問題を呈せるとは思えません。アルベルト殿もお戯れはおやめください」
「では、設問を変えます。エルウィン家の更なる発展を目指す上で、現状で最優先の施策を述べよ」
俺はそれまでの態度を翻し、高圧的な声を出してミレビスに返答を求めた。すると、ミレビスも俺の本気を感じとったのか、それまでの人当たりの良さげな顔を引き締め、知性を宿した目の輝きを増していく。
「それは私の採用試験と見てよろしいでしょうか?」
将来的には鬼人族だけでは人材が不足すると思われ、人材拡充のため領民の多数を占める人族の家臣への登用手段も考えなければならなかった。
まずは個人的雇用契約での登用かな……。金はマリーダに出してもらうけどもさ。身分的にはマリーダの私的従者といったところか。
内政を務めさせる者たち身分に対しては難しい問題も絡んでくるので、当面はマリーダが私的に雇った従者という立場でお仕事をしてもらうことになるはずだ。
「ああ、そう思ってもらって構わない。私の手足として動く者が欲しいからね設問の答えを聞いて気に入れば、マリーダの私的従者として雇ってもらう。そして、成果を出せばゆくゆくは家臣として取り立てるつもりだ」
俺の出した答えにミレビスの顔に更なる真剣さが加味されていった。
しばらく待つとミレビスが答えを導き出したようだ。
「エルウィン家が最優先で取り組むべき課題は、各種台帳の整備と整理だと思われます。徴税に必要な租税基礎台帳、その大元となる各農村の農地取れ高を査定した土地台帳、人頭税の基礎となる農村の人口を調査した人口台帳、倉庫に物納された糧食管理台帳、城下の街の商家に課税するために提出させる売り上げ申請台帳など各種の台帳を整備し、領内の状況の把握を務めるのが先決かと思慮いたします」
ミレビスの出した答えはほぼ満点である。内政の基本はいくら入ってきて、いくら出ていくかをキチンと知ることが第一番目であるのだ。
けれど、エルウィン家は入ってくる額も不明、出ていく額も不明。そもそも、金が足りているのか、足りていないかすらも把握できない状況である。
この状態でよく帝国からの監察官に怒られないなと思ったが、監察官も人の子。狂犬に噛みついて喰い殺されるよりは見なかったことにして長年お茶を濁してきた気もしないでもない。案外『エルウィン家の帳簿は中身を精査するな』とのお達しも監察官内でささやかれているのかもしれない。
それほどまでに致命的な無管理状態が横行しているのだ。領民から見れば、エルウィン家と鬼人族は『君臨すれども統治せず』みたいなものなのだろう。
一応、形式上陳情書を出すが、一定期間返答がなければ陳情者が勝手に実施してきたというのが、この領地の歴史らしい。
「採用。ミレビス殿はこれよりマリーダ様の私的従者として、私の部下となってもらう。これよりエルウィン家の各種資料を作成する手伝いをせよ」
採用を告げるとミレビスの顔が驚きに彩られていた。即決されるとは思っていなかったのだろう。
けれど、有能な文官候補は見つけたら即決採用していくことに俺は決めていた。年齢、性別の差別もなく、人格破綻者でなければどしどし採用する予定だ。
裏を返せば、それほどまでにエルウィン家にはそういった業務に長けた者がいないのである。
「はっ! はぁ!? 即決ですか?」
「ああ、今後は私が上司だからミレビスと呼ばせてもらう。よろしく頼むぞ」
「え! ええ。まぁ、それは構いませんが……ご当主様の許可は……」
「内政に関しては私に全権委任をされている。任命書を書いて明日には正式な書類を渡せるはずだ。だが、業務は今日から手伝ってもらう。それと、今まで通りに農村代表者からもらっていた俸給は引き続きもらっていい。そこにエルウィン家の従者としての俸給が加算されると思ってくれ」
「えっ! 別枠で俸給をもらえるのですか!」
「だが、その分仕事が激増すると思ってくれ。エルウィン家の現状を知っているミレビスならこの各種資料作りが
俸給を二カ所からもらっても良いと言われたミレビスの顔色が即座に変化した。
自分たちが行うべき作業量を脳内で把握したのだろう。
考えられる作業量に対しての俸給は二重取りしてもスズメの涙だというしかない。もちろん、各種資料が完成したあかつきにはマリーダによってミレビスを正式な家臣の一人として採用してもらうつもりでもいる。
万が一文句が出るようであれば、ミレビスが歩むであろう同じ
鬼人族は武勇を貴ぶ。彼らは武芸の凄さや力の強さを貴ぶのではなく、困難に挑戦する心と何物にも怯えない勇気を貴ぶのである。
だが、そういったことは平時の城でも起きていると、彼ら鬼人族に理解させてやればいい。
平時の文官は筆をもって困難な仕事に立ち向かっていると理解すれば、ミレビスを始め、今後文官として採用される者たちを見くびる者は出なくなるはずだ。
「承知いたしました。これより、アルベルト殿の部下として職務に精励することを誓います」
ミレビスは俺の前に跪くと胸の前で手を拱手し部下になることを誓っていた。
「よろしく頼む。早速だが、まずは腐りかかった倉庫内の糧食を何とかしようと思う。売却先に心当たりはあるか?」
「ははっ! 陳情書でも申し上げた通り、期限の近い物は酒保商人に値を付けさせて引き取ってもらうのがよろしいかと。城下にいる酒保商人に声を掛けます。値付けはいつ頃させましょうか」
ミレビスは売却先となる酒保商人たちとも伝手があるようで、彼らを呼んで倉庫内の売却商品に値を付けさせるつもりらしい。
どうせなら、この際に倉庫の整理もしておきたいな。余っている筋肉を動員してやるとするか……。
俺はこの機会を使って、長年の放置のツケが溜まってブラックボックス化している倉庫を徹底的に改めることにした。
「よし、明日から鬼人族に鍛錬と称し、倉庫内の物を広場に全部搬出させよう。何一つ例外なく全てだ。三日で空にさせるから、その間並行して残す物と売却する物、廃棄する物に分ける。酒保商人にはその間に値付けをしてもらうことにする」
「明日から三日ですか! 鬼人族の方々が倉出しのお手伝いするとは……」
「大丈夫だ。『鍛錬』と頭に付ければ彼らは喜んで倉出しを行ってくれるからな。そちらは私に任せてくれ。ミレビスは早急に酒保商人に連絡を頼む」
「は、はい。承知しました」
こうして、俺は魔窟と化したアシュレイ城の倉庫を徹底的に整理整頓することに決め動き出すことにした。
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