第十二話 酒保商人
翌日、倉庫に戻した在庫品と食べられないと判断された廃棄品を片付けた広場に調理担当官が期限の近いと判断した放出品を並べている。
放出品が見本市のように広げられた広場に足を踏み入れると、買い付けに来ていた酒保商人たちが見えた。
彼らは安い食糧を手に入れて、戦をしている軍隊にくっついて移動し、食料を高く売りつけて利益を出して儲けている者たちだ。
真剣な眼差しで放出品である食料を見つめ、入札するための値段を決めている。
「ああ、これはアルベルト殿、それにミレビス殿も」
ミレビスが懇意にしている酒保商人の一人が揉み手をして近寄ってきた。
今回、ミレビスが放出品を出すと聞いてすぐに駆け付けてきた男だ。彼以外にも近隣で商売をしている酒保商人が四~五人買い付けに来ていた。
ちょっと傷み始めている食べ物であるが、市価の半分程度の値付けからスタートするため、需要はまぁまぁありそうだ。いくさで食うものがない地方はいくらでもこの大陸にはあるからな。
この地では二束三文のクズ食料が戦地に行けば金と同等の価値を発生させるのである。
「フラン殿、こたびはアルベルト殿がご当主様を説得し、放出品を出すこととなりました。いつもみたく、無許可ではないので良い値付けを期待しておりますぞ」
事前にミレビスからこれまで何度も陳情書を出しては、決裁されず放置されたため、独自決裁で放出品をフランたち酒保商人に放出していたと聞いている。
放置した方が悪いので、売上金の使途についてはミレビスを責めずにいた。
ただ、今後は俺の決裁なしに放出品を出せば免職するとだけは伝えてあるのだ。ミレビスも頭は切れる男なので、俺が内政のトップに座ったことで今まで通りの仕事は通じないと理解しているようだ。
「これは、これは驚いた。アルベルト殿は優秀な入り婿殿だとお聞きしておりましたが、エルウィン家がキチンとした内政官を据えたということですかな」
「そうです。今後はアルベルト殿がエルウィン家の内政を司るトップですので、粗相のないようにお願いします」
ミレビスがフランに対して、俺への態度に気を付けるようにと苦言を呈していた。
酒保商人フランは、荒事と隣り合わせの戦場を渡り歩く酒保商人であるため、市井の商人とは一味も二味も違う図太さを感じさせる男であった。
「これは失礼をした。アルベルト殿の年齢が若いのでね。ミレビス殿のお飾りかと思ったが、今回の放出品で鬼人族たちを見事に操ったとの噂も聞きましたからな。今後とも良いお付き合いをしていきたいと思っておりますぞ」
フランは内心を見透かせない男である。心の中で何を考えているかを掴みがたい男だという印象が強い。
「お気になさらず。フラン殿が言われる通り、実績のない若輩の身でありますからな。今後はフラン殿に教えを乞わねばなりません。今後ともエルウィン家とのお付き合いを頼みますぞ」
戦場において金さえ払えば何でも揃えるという酒保商人の存在はいくさに欠かせず、有能な酒保商人は平時から付き合いをもっておいた方が良いと言われているのだ。
「うちの調理担当の折り紙付き(多分、腐っていないレベル)の一級品ばかりだからね。いい値を付けてくれると助かる」
「お値段次第ですなぁ。放出品は足の速い物も混じってますからね。それにしてもエルウィン家は、今まで放出品を出すことに当主の許可は、ほとんどなかったのに今回アルベルト殿は何と言ってマリーダ様をたぶらかしたのですか?」
隠すつもりはないが、ぶっちゃけ内政と財務に関しては、ほぼお任せ状態だ。
俺が『こーしたいんだけど。どう?』って聞けば、『おお、よきにはからえ』が当主の返事である。
ツーカーの仲といえば、かっこいいが、単に肉食系野生児ご令嬢が、戦闘と夜のお仕事以外に考えるのを放棄しているというのが正しい実情だ。
「まぁ、お家の秘密ということです。ただ一つ言えるのは、それだけ私の信任が篤いということですね」
自信をみなぎらせた俺の返答を聞いたフランの顔付きが変わる。エルウィン家において俺の地位と権限がかなり高いと言葉から察したようだ。
「これはアルベルト殿とは、仲良くさせてもらわねばなりませんな」
「まぁ、色々とよろしく頼むよ」
酒保商人を抱き込んでおくと、色々と戦場で融通が利くので、この辺りで手広くやってるフランとのつながりは大事にしておくつもりだ。
戦場のコンビニって言われる酒保商人の歓心を買っておいて損はないのだ。
そのため、今回の放出品の落札者はミレビス推薦のフランがほとんどを落札することが事前に取り決められている。
その後、広場では積み上げられた放出品に、それぞれの酒保商人たちの名の入った入札札が差し込まれていく。
この中で一番の高値を付けた物がその商品を落札できるシステムだ。
この時期はどこの領主も自家の備蓄を放出するので、値付きは悪いが、腐らせて棄てるよりはマシなので、捨て値でも売り捌く。
今回完成した在庫管理の帳簿さえしっかりと把握しておけば、在庫量を見つつ、高い時期に放出品を出せるようになるため、今回限りの出血大サービスをしている。
「ありがとうございました。この恩は戦場でお返ししますよ」
入札を終えホクホク顔のフランが、自分のところの人足に荷物を荷馬車積み込ませる。
今回の放出品で一番多くお買い上げをしてもらった上得意様だ。
っと、言っても大概他の酒保商人より安い値しか付けてなかった。
落札は高い値の順番だと言ったが、あれは嘘だ。
入札札は金額が見えないようになっているし、入札額の発表もない。
ただ、こちらが『入札最高額は○○さん』って言うだけで、金額は言わない。
ここまで言えば分かってもらえたかな?
そう、まぁ入札っていう名の八百長ですよ。最初から売主は決めていたって話。
今回はフランに恩を売るため、他の商人より低くても落札させてやった。
もちろん、他の酒保商人にも多少なりとも花を持たせている。
持ちつ、持たれつの関係なんで、色々と気配りが大事なのさ。
「ああ、いいってことさ。また、困ったらお願いする時もあるだろうしね。その時は頼むよ」
「ははっ! アルベルト殿とのお取引であれば、このフランどこでも駆け付けますぞ」
「ありがたいね。頼りにしている」
ハハハと笑いながら、大量の荷物を積んだ荷車とともにフランたちが去っていく。
彼らはここで手に入れた物資を、どこかで戦争している軍隊に売り付けにいくのだ。
「放出品は見事に売れたね。私はもっと残るかと思ったけど」
「最近、この辺りも物騒ですしな。アレクサ王国との小競り合いはどこかでいつも発生してるしていますし。エルウィン家には余っていますけど食料の需要は高いんですよ」
義兄ステファンが方面司令官を務めるこの地域は、アレクサ王国側の小領主とエランシア帝国側の小領主との小競り合いが頻発しており、不穏地帯であるのだと改めてミレビスの言葉で認識し直していた。
おかげで酒保商人たちの懐も潤う地域となっているということだ。
「戦があれば、何でも屋の酒保商人が儲かるということだね。フランとは良い友好関係を築いていこうと思う。ミレビスからもよろしく言っておいてくれ」
「ははっ、あのフランという酒保商人はきっとアルベルト殿のお役に立ちます。利で説きいずれ家臣として取り立てた方がよろしいかと」
「そうだね。金を稼ぐ才能は私よりありそうだ。内政が落ち着いて資金に余裕が出るなら彼を家臣として取り立てて金を稼いでもらおうかな」
「それがよろしいかと思います」
「さて、これで魔窟だった倉庫もスッキリしたし、今年の租税からはしっかりと在庫管理をミレビスがしてくれるだろうから、次のお仕事にとりかかるとするか」
俺は隣に立つミレビスに肩をパンパンと叩く。これより彼には
俺がやると考えるとゾッとする量だが、ミレビスならばきっとやり遂げてくれると俺は信じている。
そう思うと、もう一度だけミレビスの肩をパンと軽く叩いていた。死ぬなよ。ミレビス。
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