第十話 諸問題

 続いてのお便りは――。じゃなかった。陳情書だな。うん、一人ぼっちでのお仕事は寂しいな。


 マリーダの事務能力は幼児並みだし、リシェールも文字こそ読めるが、字が書けない。二人とも夜のお仕事ではとても頼りになるのだが、この難題が積み重なるお昼間のお仕事を補佐してくれる人物ではなかった。


 ふぅ、文字が読めて、字が書けて、綺麗で、おっぱいの大きな独身の若い子いねぇかな……。そういった子がいれば個人秘書としてマリーダに雇ってもらって……。


 美人秘書の要求熱が高まりそうであったが、居ない者を探しても虚しいので、新たな陳情書を手に取ることにした。


 中身は居城内の倉庫に溢れる備蓄食料の余剰物資に関する陳情で、腐りかけている食料を酒保商人に売却して良いかを確認するものであった。


 備蓄食料が腐るほど積み上がっているとはねぇ。エルウィン家って結構いくさに出ているイメージだが、それでもなお食料が有り余るとは他の領主が聞いたらうらやましがるかもしれないな。


 それと、この陳情書を書いた人物は在庫の管理の重要性を理解しているようで、先入れ先出しを徹底したいと申し入れてきている。


 そのために一旦、在庫の余剰品を売り捌き倉庫整理を行いたいと陳情しているのだ。


 思わず陳情者の名前をメモに控えておいた。これは早急に対策を施した方が良い問題でもあろう。籠った際に飯が腐っていたでは笑えない話になる。


 是非とも筋肉一族に鍛錬と称して倉庫整理をやらせ、期限切れ間近の食い物を売り飛ばして金に変えなければならん。


 鬼人族は鍛錬とお題目が付けば、基本力仕事を嫌がる種族ではない。


 何とかと何とかは使いようと言うが、鬼人族のための言葉かも知れなかった。


 とりあえず、倉庫の中身も整理整頓もセットで早急に実施するべきだな。緊急案件として受理しとこう。


 次は城下街の商人たちからの嘆願書か。何々、領内における取引物の計量上のトラブルが多発しており、なんとかして欲しいだと。


 交易の拠点として城下の街は色々な国から訪れる。色々な国から訪れるとなると重りや長さは荷を積んだ国の物で計量され、それが統一されていないために街で計量の際に量や長さが違うと揉め事になるようだ。


 これは、他国との兼ね合いもあるが、まずは領内の度量衡は統一した方がいいな。


 俺が基準として決めた長さ・重さ・体積でのみ領内での計量販売を認めるという強権を発動させてもらおう。どうせ、納税においても物品納入では統一した物を作らねばならないので、市場の方もまとめて統一した方が初期コストも抑えられるだろうし。


 領地が増えれば、増えた領地にも適用し、利便性を高めれば、周囲の領地にも波紋のように広がっていくだろうと思う。


 度量衡を制する者、経済を制する。ってな感じで商圏の拡大には、こっちが設定し有利な度量衡を相手側にも使わせることで利を増やすという側面もあるのだ。もちろん、相手も商売相手が増えるというメリットを提示してやらねば、使用してくれないだろうけどね。


 そういった点で言えば、アシュレイ城下は東西南北の交易街道の交差する巨大な市場である。


 そのため交易商人たちもこの地での商売に旨味を感じているだろうから、領内に新たな度量衡を制定し、その計量機器でしか領内の商売を認めないとすれば、爆発的に普及すると思われる。


 嘆願者の氏名をメモに控えると、決裁待ちの方へ嘆願書を入れおいた。


 マリーダが受け継いだエルウィン家の領地は、内政家にとり垂涎とも言える好条件を兼ね備えたハイスペックな領地であり、しっかりと内政に手を入れ、領内を発展させられれば、あの脳筋戦士集団はエランシア帝国一、いや大陸一の武装集団になれる実力を持っているのだ。


 だが、現状は歴代当主の放置主義により、領内の自治能力が異様に高い状態にまで発展してしまっていた。


 これをこれ以上放置すれば、鬼人族のお飾り化がさらに進み、武力で抑えられない状態にまで自治能力が高まってしまえば、最悪領内で、血で血を洗う内戦が発生する可能性も捨て切れない。


 一騎当千の鬼人族とはいえ少数民族に過ぎない。領内の多数を占める人族が支配者一族に対し決起すれば、問題はややこしい方向へ動き出してしまうのだ。

 

 どういうことかって? なに簡単なことさ。


 当主や支配者一族の鬼人族むかつく、あいつらが困ることしたい、だがバレると軍隊が飛んでくる。そうだ、お近くの人族国家に助けを借りよう。アレクサ王国の支援を受けてレジスタンス活動だ。ヒャッハー!


 というわけで、アレクサ王国を巻き込んだ泥沼の内戦という最悪のパターンに入ることも考えられるのだ。


 なので、高まった領内の自治能力を組織化させず、エルウィン家の家臣団として取り込むのが必須事項となっている。


 主に取り込んだ者たちは、内政団として俺の手足として扱き使う予定。お外の戦闘はマリーダとブレスト率いる鬼人族に任せる予定なので、領内巡視、徴税業務、事務作業、台帳管理、トラブル処理などを俺の内政団が請け負う形になるだろう。


 人材が欲しい……。まともに内政やれる人が家臣団に一人もいないのはな……。


 執務室で、エルウィン家の家臣団の惨状を確認した俺は乾いた笑いしかなかった。


 エルウィン家が俸給を払っている家臣は二〇〇名ほどいる。だが、その全てが戦闘を生業とする戦闘職人とも言える鬼人族の戦士なのだ。


 確かに一騎当千の戦士たちは強い。それは認める。だが、内政を扱う者を一人も雇わないとはどういうことだと声を大にしてエルウィン家の歴代当主たちに言いたかった。 


 領内の取れ高の確認や城の備蓄食料の数、領内の困りごとの状況等々、アシュレイ城の内情を正確に知る者が皆無の状況。


 エルウィン家の歴代当主たちが先送りし続けた遺産に血涙を流しつつ、山積みの陳情書に目を通していく。


 こ、これくらい。どうってことないんだからねっ!


 俺一人しかいない執務室で、頬をしょっぱい水が頬を伝う。この辛さはマリーダとリシェールの身体に吐き出させてもらうことにしよう。


 この後、執務室で山積みの陳情書や関連書類と日暮れまで格闘することとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る