第七話 鬼人族操縦法

「うみゅうう。アルベルト、妾はもう無理なのじゃ。リ、リシェールを……うみゅう」


 マリーダのおっぱいの圧力が俺の顔を圧迫している。彼女が当主に返り咲いたため、ブレストたち一家は城内に作られた別の居室に移っており、大広間の奥のプライベートスペースには俺たちが入ることとなった。


 おかげでふかふかのベッドとマリーダのおっぱい、そしてリシェールの柔肌に囲まれて至極の朝を迎えていた。


 ふむ、これが天国という場所だろうか。匂いよし、感触よし、気分よしの三拍子揃った目覚めに感謝だな。


 昨日もマリーダたち相手に夜のお仕事に励んだが、数日お預けしたマリーダが野獣のように襲い掛かってきたので、リシェールとともに躾をしてあげていた。


 俺が不在の間はリシェールがマリーダの調教をしてくれていたが、意外と才能があったようで、以前とは夜の主従が逆転していたのには驚いたが、マリーダも満更ではなさそうだったのでそのまま楽しませてもらっていた。


「アルベルト様、マリーダ様、そろそろご起床のお時間かと」


「マリーダ様、起きる時間だそうだ」


「うみゅうう。妾は眠いのじゃ。政務はアルベルトに任せると言うとるであろう。いくさがない時は寝溜めするのが、いくさ人の決まりぞ」


 マリーダの張りのあるおっぱいを押しのけて、俺は起き上がると、シーツを剥いでマリーダとリシェールの全裸を目に納める。


 朝の光に照らされた、マリーダの赤銅色の肌の魅力的な裸体は妖しいテカリを見せ、色白なリシェールの肌はさらに白さを際立たせ軟らかさを誇示するように揺れている。


「アルベルトはえっちいのう。すぐに妾とリシェールの裸を見たがるのじゃ。昨日の夜も散々みたであろう」


「そうですね。あたしの裸も散々に見られています」


「二人の裸体は朝には朝の良さがあるのを確認しているのさ。さぁ、二人とも起きて身支度するよ。今日から色々と忙しいからね」


「むぅう。面倒なのじゃ。ベッドで自堕落に寝てたいのぅ」


「ダメです。当主となった以上、最低限のお仕事はしてもらいますよ。それ以外は私がやりますけどね」


 ぶつぶつと文句を言いながら起き上がったマリーダがリシェールから受け取った衣服を俺に着せ始めてくれた。なんだかんだ文句いいながらも身支度はしてくれるので、ブレストの言う通り気立てはとても良い子である。


 マリーダとリシェールが俺の身支度をし始めると、居城の中庭の方から怒鳴り合う声が風に乗って聞こえてきていた。


 家臣同士の喧嘩かと思ったが、聞こえてくる声に聞き覚えがある。


 ええっと、これは父親と息子の対立だな。


 昔からこの手の話はよくあることで、我が新居となったアシュレイ城でも繰り広げられているらしい。


 日に一度は親子での取っ組み合いが発生する。


 親子でだ。


「親父! なんでオレがいくさに出たらダメだなんだ!! ゴラァああああ!! オレはもう成人してるつってんだろうがっ!」


「ああんっ! 粋がるなよ! お前みたいな青二才が我がエルウィン家の大事な兵の指揮が取れるかっ! もっと兵学の勉強をしろやボケぇええっ!!」


 身支度を終え、マリーダとリシェールを伴い声のする方に出向くと、ワイルドな凶暴おっさんと、脳筋戦士が中庭で取っ組み合いの喧嘩をしていた。


 この城に来て、はや二週間。至福の朝を迎えたかと思い、気力を充実させ政務に取りかかろうと大広間に向かおうとしたらコレである。


「あら、アルベルトおはよう。昨日もマリーダとリシェールを随分と可愛がったようね。二人の色艶を見ていると、味見してみたくもあるわね。どう、今夜あたり寝てみない? 年上のテクニックもわりといいものよ」


 大広間に続く廊下で、ブレストの嫁であるフレイと出会った。

 

 すでに一五歳になるラトールがいて四〇に近いが、肌の肌理は細かくマリーダに勝るとも劣らない魅惑的な身体付きをした美女で、その美しさに衰えはなかった。


 しなを作っているフレイに見惚れているとお尻に激痛が走る。


「アルベルト様? あたしの奉仕が足りませんでしたか?」


「妾もまだまだイケるのじゃぞ。もう一度ベッドに行くか?」


「そんなことはないよ。マリーダ様もリシェールも最高さ」


 やきもち妬いてくれたマリーダとリシェールが可愛すぎて、腰に手を回して抱き寄せる。


「まぁ、二人は朝からお熱いことね。これじゃあ、夜のお誘いはまた今度ね。残念だけどアルベルトにはあちらのお熱い二人も止めて頂けるかしら」


「また揉めておるのか。叔父上とラトールが」

 

 呆れ気味に二人を見ていたマリーダが大きなため息を吐く。


「すまんのぅ。アルベルト、二人を止めてやってくれぬか。このままだと血の雨が降るのじゃ」


 放っておくと血で血を洗う抗争事件になる可能性もあるので、俺投入決定。


 俺はバケツを手にすると、中庭の噴水の水を汲み、取っ組み合いの喧嘩をしている二人に向かって水を撒いた。


「ぶあっしゃあっ!! 誰だ! オレに水をぶっかけたのは」


「ワシにもぶっかけおって!! 誰だ!! 名乗り出よ!」


「私ですが? 何か?」


 朝から喧嘩の仲裁に駆り出された俺は、背後に怒りのオーラを纏い、にこやかな笑顔を貼り付けて二人に挨拶をする。


「お二人とも朝から元気が有り余っておられるようですね。城壁の石積みと農地開墾のどちらがお好みですか? さぁ、遠慮なく選んで下され。遠慮は無用ですぞ」


 ずいっと一歩前に出る。


 当主に就任したマリーダにより政務担当官として、内政・外交・謀略におけるほぼすべての権限を付与された俺はエルウィン家の重鎮として筆頭家老となったブレストにもラトールにも指揮監督権を持つ軍師の地位に就任している。


 ただ、この軍師という地位はマリーダが個人的に俺に与えた地位で、公的な身分ではない。


 しかし、当主就任当初からマリーダが俺の指示に従うと明言しているため、家臣であるブレストもラトールも指示に逆らうことはできないことになっている。


 虎の威を借るなんとやらだが、戦闘職人である鬼人族を平時に自由にさせてしまえば、色々と問題ばかり発生するため、いくさ場以外では俺が仕切らせてもらうことにした。


 いくさに関しても大戦略、戦略は俺が筋道を定めるが、戦術指揮に関しては熟練職人集団である当主であるマリーダ及び筆頭家老ブレストに一任するとの取り決めをしてあるのだ。


 だが、今は平時。なので、喧嘩はご法度と定めてある。破った者は誰であれ罰を与えられなければならない。


「オレのせいじゃないぞ。親父がっ!」


「な、なんじゃっ! ラトール! 貴様、ワシのせいにするのか! 裏切り者め! アルベルト、話せば分かる! この阿呆が悪いのだ」 


 ブレストも脳筋一族ではマシな方だが、だがやはり理性よりも脊髄反射で生きている男であった。


「就任当初に申し上げたはず。城内での喧嘩はご法度。破った者は罰が下ると定めております。城壁積み上げ、開墾作業がお嫌であれば特別室で数日お過ごしになりますか?」


 『特別室』という単語を聞いたブレストとラトールが動きを止めた。


 俺がこの城に来て作った『特別室』は鬼人族には、恐怖の代名詞となっているらしく、いくさでは死を恐れぬ勇者が泣いて許しを請うとまで囁かれ始めていた。


 そんな酷いことはしてないのだがな。ただ、白い壁の小部屋に正座して『思慮深く、物事を考えて行動します』と書きとらせるだけの簡単な作業に従事させるだけの軽い罰なのだが。


 彼らにはそれが大層苦痛であるらしい。


 ブレスト、ラトールという猛獣二人を抑えられる猛獣遣いというのが、今の俺のお仕事内容だった。


 いや、正式にはエルウィン家の軍師だが。


「ま、待て! アルベルト。ワシは『特別室』は嫌だ! 後生だ! 頼むからあそこだけは」


「お、オレも嫌だ。頼む。もう親父と喧嘩はしない。本当だ」


 カクカクと足を震わせたり、地面にへたり込んで這いずって逃げようとする二人に宣告する。


「ならば、罰としてブレスト殿は石壁の修繕、ラトールは郊外の農地を耕してくるように。よろしいか?」


 キッと二人を見据える。こう毎日、二人して暴れられたら、こちらの気が休まらない。


 有り余る血の気はエルウィン家のために、強いては俺とマリーダの子のために流してもらうことにした。


「返事はどうされた?」


「「はっ、はいっ!!」」


 二人は背筋を伸ばすと、罰として与えられた持ち場に去っていく。


 その様子を見送ったライアが半笑いしながら話かけてきた。


「アルベルトは猛獣使いの才能があるのかもね。マリーダといい、うちの人とバカ息子も上手く使ってるし」


「フレイ、妾はアルベルトには従順ぞ」


 確かに夜も昼も俺には従順で調教されつつあるマリーダであった。


 うむ。こちらは将来有望だ。マリーダには当主としての自覚も持って欲しいからな。


 俺はそんなことを思いながら、政務が山積みになっている大広間に向かった。

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