第六話 いくさ人一族

 エランシア帝国の帝都から『馬車の大道』を下ること二日、目的地である『アシュレイ城』が見えてきた。


 街道脇のなだらかな丘の上にこぢんまりとした城がある。『アシュレイ城』は平野に建つ平城で、領主や兵が住む居館は一辺五〇〇メートルほど長さがあり、高さ三メートルほどの高さの石の防壁で囲まれ、山地から流れ出てヴェーザー河へ合流する川から引いた水堀によって周囲から進入を阻むように作られていた。


 地形を見るに、街道の宿場町として発展した町に隣接する形で領主の居城が建設されたようだ。城下の宿場町は東西南北に行き交う商人たちに溢れ人通りも多く、また居城周辺の平野に多く畑や農村が作られているのも見受けられ土地も肥沃な場所だと察せられた。


 これだけの好条件が揃った領地を、たかが男爵位のエルウィン家が領有していることに不思議さを覚えた。


 もしかしたら、脳筋一族である鬼人族にこの領地を与えられたのは、彼らの統治能力を危惧した当時の魔王陛下の温情であったのかもしれないと勘ぐっている。


 これだけ豊かな土地であれば、放っておいても税収は上がり、内政に気を取られることなくいくさに励むことに専念できると思われるからだ。


 そんなふうに馬車に揺られながらアシュレイ城の城下町を観察していると、馬車はやがて城の跳ね橋の前に到着した。すでに先発の使者を出して面会を申し込んであり、誰何されることなく城門の中へと馬車が先導されていく。


 水濠を渡るために作られた鉄で補強された跳ね橋を備え、堅牢そうに作られた城門櫓にはめ込まれた金属製の大きな城門扉。石造りの防壁は三メートルほどの厚みを持ち、四方には円筒形の石造りの櫓が配され、内部の居住スペースは多くの深い井戸が掘られ、防壁の高さを超える位置に設置されている関係上、城門が破れられた後も内側の居住スペースに籠って戦える配置となっていた。


 平野の平城とはいえ、徹底的に最後まで戦うために考えられた城だな。


 俺は通された『アシュレイ城』の内部構造を見て感心していた。この城に戦闘職人である鬼人族が籠れば数万の軍勢に囲まれても数か月は踏ん張れるかもしれない。


 そう思えば、この地を鬼人族に与えた当時の魔王陛下の慧眼に驚く。


 マリーダの居城となるべき『アシュレイ城』を観察しながら、先導をするブレストの家臣の後に付き従い大広間に向かう。大広間は領主としての公務を行う場で、これより奥が領主のプライベートスペースとなっているのだ。


 そして、居城の大広間に通されると階段状になった少し高い場所に据えられた肘掛け付きの大椅子に大柄な体躯をした鬼人族の男が座っていた。


「そちが、あの馬鹿姪の婿と称す阿呆者か」


 ヒリヒリするほどの殺気を孕んだ視線が俺を貫いていく。まるで山中で熊に出会った気分がしてならない。目を逸らしたらその瞬間に飛びかかられて首筋を食い破られ息の根を止められていそうだ。


「は、はい。先発の使者に持たせたマリーダ様の書状に書かれた通りにこざいます」


「当家から放逐した我が姪を篭絡して、こすっからい策をもって、エランシア帝国に復帰させ、ワシから領主の地位を奪いにきたというに、小憎らしいほどの冷静さだのぅ。そちは自らの首が飛ばぬと思っておるのか?」


 ブレストが脇に控えていた家臣から愛用と思われる大槍を手にしたと思うと、俺の目の前にいた。


 見えねぇ……。やっぱり、バケモンだった。


 首筋に突き付けられた槍の先が冷たい感触を俺に伝えてきていた。


「いえ、違います。私はエルウィン家を更に発展させるためにやって参りました。ブレスト殿が危惧するマリーダ様の奔放さを私が御してみせ、このエルウィン家をエランシア帝国の大貴族にまで押し上げるため身命を賭けて働く所存でございます」


「ぬかせ! 小僧! おぬし程度のこざかしい知恵で、この乱世を生き抜けると思うのかっ! この痴れ者めっ!」


 ブレストが俺の首筋に突き付けた槍先にわずかに力を込める。


 槍先の触れた首の皮が軽く裂け、裂けた場所からわずかに血が滴り落ちていく。


 死の恐怖を感じているが、ここで恐れを見せて引けば、俺のセカンドライフは即終了を告げるだろう。今が踏ん張り時である。


「私にエルウィン家の舵取りをお任せ願えば、マリーダ様、ブレスト様をエランシア帝国一、二の将軍にして差し上げます。面倒な領地経営における内政、外交、諜報等は私がすべて請け負い、お二人には存分に戦える場を与えましょうぞ」


 俺は戦闘種族である鬼人族であるブレストと細かい交渉などする気はなく、彼がもっとも欲するであろう物を提示する。


 野生動物に駆け引きは無用だ。与えるものは好物であるだけでいい。


 しばらく無言の時間が続いたが、やがてブレストは手にしていた槍の力を抜き、家臣の方へ投げ渡すと大笑していた。


「だぁははははっ!! さすがあのじゃじゃ馬を飼い慣らした男。面白いことをいう男だっ! どうだ、あの馬鹿姪は女としては絶品であろう。すこしばかり色欲が強いがな。気立てはいい女だ。お主がきちんとあやつの手綱を掴むのであれば、ワシは当主の座を譲っても良い。正直なところ領主など柄じゃないからなぁ。マリーダが継ぐまでは兄者に任せておったしのぅ。めんどうな内政などに煩わされずにいくさに集中させて欲しいのがワシの本音じゃ。お主がキチンと舵取りとマリーダを調教してくれるのだろう?」


 大笑しているブレストは、マリーダから譲り受けた当主の座が嫌だったらしく、彼女の当主復帰及び、俺がエルウィン家の内政を預かることになり喜んでいるようであった。


 あれ、反マリーダの急先鋒でしたのよね? 貴方は。


「ブレスト様はマリーダ様を嫌っておられるのではなかったのですか?」


「エルウィン家の家臣であのじゃじゃ馬を嫌っておる奴はおらぬわ。あやつはいくさ場の申し子であり、いくさ女神みたいな存在だしな。ただ、皆が甘やかし過ぎるのでワシは少し厳しめにしておっただけだ。それも、これで終わりだな。じゃじゃ馬の調教はお主に任せる。マリーダが寄越した書状には、あの野生児がお主の言うことだけはキチンと守ると書いておるし、ステファンからもおぬしの話は聞いておる。もちろん、魔王陛下からもな。わがままな姪だがキチンと調教して一門の武将にしてやってくれ。もちろん、ワシも手助けはするつもりだ。さて、マリーダには早馬を飛ばしてあるから、今からは奥で飲むぞ」


 ブレストは俺の肩に手を回すと、大広間の奥にある領主のプライベートスペースへいざなっていった。


 あまりの急展開に目が点となるが、えーっと、つまりこれはブレストはマリーダの当主復帰を認めるということなんだよな。


 プライベートスペースに入ると、俺と同じくらいの年恰好をした鬼人族の男とその母親と思われる豊満な身体付きをした女性が出迎えてくれていた。


「この方がマリーダの婿様になる子なのね。ちょっと線は細いけど。あの色欲魔人のマリーダをコマしたとは……。人は見かけに寄らないのね」


「だはははっ。フレイ、味見しようとか思うなよ。あのマリーダが怒り狂うらしいからな」


「あら怖い。マリーダが男一人に執着するなんてね」


 ブレストがフレイと呼んだ美人顔の熟女鬼人族がチラリと俺を見ていた。基本的に鬼人族の女性は女性らしいラインに豊満な身体付きをした者が多く肉感的な魅力溢れているのだ。


「マリーダ姉さんがねぇ。こんな痩せっぽちで満足するとは。世の中は不思議に満ちてるな」


 若い鬼人族の男が感心したような顔でこちらを見ている。その目はまるで珍獣を見るような奇異な視線を帯びていた。


「えーっと、こちらのお二方は?」


 ブレストに不躾な視線を送る二人の紹介を求める。


「すまん。すまん。ワシの嫁のフレイと息子のラトールだ。マリーダから見れば叔母と従弟に当たるな。これからは親戚筋になるんでよろしく頼むぞ。なにせ、エルウィン家直系では三代ぶりの異種族だからな。しっかりと子作りも励めよ。マリーダは身体も丈夫だから一〇人くらい仕込んでいいぞ」


「あら、羨ましいわね。うちももう三人くらい仕込んでよ」


 ブレストの妻であるフレイが、旦那の腕をつかんでしなを作っていた。息子もわりと大きいのに夫婦仲はなかなかにお熱い限りであった。


「子供はぼちぼち頑張って仕込ませてもらいますよ。ご挨拶が遅れました。マリーダ様の婿として今後お世話になるアルベルトと申します。フレイ様、ラトール殿も以後お見知りおきを」


 一応、貴族の間で一般的な儀礼挨拶を送った。


「うちは貴族とはいえ、末席だからね。それに鬼人族は粗雑だからと他の貴族からも嫌われてるし、貴族付き合いはマリーダの姉が嫁いだステファンのところだけだから、気楽にしてもらっていいわよ」


「母さんの言う通りだぜ。うちは礼儀を重視しない家なんでな。オレのこともラトールと呼び捨てでいいぜ。どうせ、同じくらいの年だろ。そうだ、母さん。酒を出さないと。親父、今日は飲むんだろ」


 鬼人族の祝いに酒は欠かせないようだ。マリーダも強いし、傭兵団の連中も酒を好む連中ばかりであった。


 どうも鬼人族は飲みニケーションを重要視する種族らしい。


「ちょ、ちょっと。俺はそこまで強くないですからね。強いのは駄目ですよ」


「ワハハっ! 大丈夫。緩めの酒も準備をしておる。酒でアルベルトを使い物にならなくしたら、マリーダに半殺しにされるからな。安心しろ。あと、ワシの嫁の料理は美味いぞ」


「あらー。旦那に料理を褒めてもらっちゃった。今日は夜のサービスをしないとね。ウフフ」


 息子と客の前でお熱いことで……。


 イチャつく両親を見たラトールがあきれ顔をしているが、いつものことなのだろうと思われた。


 こうして、俺はマリーダの叔父であるブレストに当主交代の約束を取り付けることに成功し、二日後に到着したマリーダがエルウィン家当主の座に帰り咲き、当主だったブレストには筆頭騎士として家臣団を取りまとめる重鎮に就任してもらうことで新体制を発足させることに成功した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る