第五話 叔父と姪

 そして、三城が陥落して三日後、待ちに待ったエランシア帝国軍の国境警備隊が進駐してきた。


 進駐軍を率いるのは、マリーダの義兄であるステファン・フォン・ベイルリアであった。


 ステファンは髪色と同じ狐色の耳と九つの尻尾を持つ九尾族で、糸目と広い額が特徴的でマリーダとは違い、頭が良さそうで社交的な顔立ちをしていた。

 

 神殿にあった書物で人相学も少しかじっているから、あながち大外れはないと思う。


「マリーダ、相変わらず可愛い顔をしているが、それにしても脳筋なお前の仕業ではないだろう。書状の字もやたらと綺麗だったしな。どこぞで知恵者でも拾ったか?」


 兵達に付き従われてやってきたステファンの視線が俺に降り注ぐ。


「義兄殿、こやつが妾の婿じゃ。アルベルトという。いい男であろう?」


「婿? まさかこやつがか? あれだけ結婚などせぬと言って、魔王陛下からの婚約者を半殺しにしたマリーダの婿だと。この若造が?」


「妾の婿で軍師だ。義兄殿にはやらんぞ」


「このひょろ臭い若い男が軍師だと? マリーダ、気は確かか?」


 ひょろくさいとは失敬な。まぁ、確かにマリーダよりも身体を鍛えてなくて、夜も楽させてもらってるけど。


 って、そんなことは関係ない。


 俺は義兄となる親戚筋のステファンの視線に晒された。彼は細い糸目であるが、底知れぬ怖さを感じさせる視線をさせていた。


「確かに義兄殿が言うように少しだけひょろ臭いが、夜は凄いのじゃぞ。それにこたびの帰参の手土産を用意したのは、このアルベルトだ。解放した三城は魔王陛下の直轄領になることを大いに賛成しておるし、治安も安定しておる。義兄殿の進駐軍が悪させねば、直ぐにでも落ち着く地になるであろうぞ」


 マリーダが俺の働きを激賞する。


 その話を信じられない物を見たとでも言いたそうな顔でステファンが聞いていた。


「マリーダの婿殿は知恵者ようだ。作戦内容の概略を書いた書状を読んではいたが……。わしもそこまでは思い至らなかった。なるほど、それならばここまでの道中の領民たちの視線が納得いく。これは素晴らしき策だ。魔王陛下にはよく伝えておく。お主らは沙汰があるまでこの街で休まれよ」


 ステファンは街道の民衆の様子を見ただけで、俺の策の素晴らしさを見抜いたようだ。


 脳筋肉食系なマリーダとは違い、ステファンは機知に飛び常識に囚われない発想を受け入れる度量もありそうだった。


 だが、仕えるとなると脳筋肉食系女子であるマリーダよりめんどくさそうだ。


 頭の良い奴は、使える奴を限界までこき使い、自分が楽しようとするのが常であるからだ。この世界に飛ぶ前には、散々そういった奴等にこき使われた記憶があるので、絶対にこの世界ではそいつらの下では働かないことに決めているのだ。


 その後、俺たちはステファンから接収した貴族の屋敷を与えられ、一部取り分けていた資産はそのまま褒賞として授けられ、数日後には国境三城の進呈を手土産にエランシア帝国への帰参の願いと、元の女男爵の爵位復帰及び領地の相続が認められた。


 これで、めでたし、めでたしで済めば、俺はこのままマリーダの婿として子作りしながら、幸せに生活することができたはず。セカンドライフは綺麗な嫁と子に囲まれて余生を過ごしたチャンチャンで終る予定だった。


 だが、人生は俺にそんな夢も見させてくれなかった。


 現在、エルウィン家はマリーダの叔父であるブレスト・フォン・エルウィンが代理で家督を継いでいるのだ。


 マリーダが魔王陛下から仲介された婚約者を半殺しにしたことで、相手の貴族家に詫びを入れる形で当主であったマリーダを放逐して、叔父であるブレストが領地を引き継いでいた。


 問題は今回マリーダが手柄を立てて帰参を許されたことで、このブレストの地位が宙に浮くことになったのだ。


 しかも、このブレスト。怖いものなしのマリーダが一族で唯一頭が上がらない人物。


 更にはマリーダと同じ超絶脳筋戦士であり、領地経営? そんなことよりいくさ場へ行くぞ! って思考の持ち主。


 そりゃそうだ。鬼人族はエルウィン傭兵団を見ていれば分かるが戦うことを至上した体育会系オンリーな一族。そんな彼らに書類仕事のある領地運営能力を求める事がおかしいのだ。この肉食系ご令嬢に書類仕事させるくらいなら、夜のお仕事を励んだ方が何倍も癒し効果を発揮してくれるはずだからな。


 で、地位が宙に浮いてしまった叔父のブレストの説得を誰がするかと、平民の俺が帝都城下の商店街でリシェールやマリーダに着てもらうため、えっちい下着を探している間に、彼女と魔王陛下とステファンたちが押し付けあったらしい。


 後で聞いた話だが、『込み入った難しい話は頭のいいアルベルトが好きそうな仕事じゃな。叔父上と揉めると面倒だし。あいつに間に入ってもらうか』と、野生児の直勘とも言うべき無責任さで、俺のことを思い出し、ステファンがマリーダの意見に賛同して魔王陛下が決定したと聞かされている。


 リシェールとの買い物を終えて、夜のお仕事の準備に勤しんでいた俺のもとに、宮殿から滞留先に帰ってきたマリーダがニコニコとした顔で現れていた。


「アルベルト、そちは領地経営に興味はあるよな? あるはずじゃな? 妾をコマして領地を手に入れて綺麗な子を侍らせて楽しく過ごすと言うておったのを、夜のベッドで聞いておるからの。妾の領地を経営してみぬか?」


 マリーダが目を血走らせながら、俺に対して領地経営に興味があるかと質問をしていた。


 領地経営には興味がある。ただ、地雷は自ら踏み抜きたくはない。現状、聞いた情報を検討すると地位が宙にブレストの扱いを間違えれば、俺の首が胴体から離れるのは確実であった。


「いやいや、私も領地経営など経験はございませんよ。それにマリーダ様の領地はブレスト殿が平穏無事に治められているようですし、そのまま領地持ちの筆頭家老として地位を保全してあげて、波風を立てることもないのでは?」


 叔父、姪の相克の鉄火場に放り込まれる身の危険を感じ、必死に言い訳もどきをしてみたが、問題はそう簡単にはいかなかったらしい。


 エルウィン家は男爵家とはいえ、アレクサ王国との国境に近い場所に城を持つ領主貴族。


 居城は『アシュレイ城』と呼ばれ、エランシア帝国の帝都とアレクサ王国の王都を南北に結ぶ主要交易路である『馬車の大道』と西側にある大河ヴェーザー河流域に広がるヴェーザー自由都市同盟への街道も整備され交通の要衝として栄えている領地らしい。


 その『アシュレイ城』に現当主としてブレストが自らの家臣を率いて居住しているのだ。


 魔王陛下からの勅許により帰参が許され再叙任されたとはいえ、実家に大迷惑をかけたことで、マリーダの当主としての才覚に危惧を覚えた家臣もあり、その筆頭が現当主ブレストであるそうだ。


 マリーダの父とともにエランシア帝国に付き従い、いくさに参陣すること二〇〇を超え、マリーダに負けず劣らずの武勇を誇るブレスト。


 同僚貴族からは『エルウィンの狂犬』と呼ばれ、敵国からはいくさのたびに槍が敵兵の血で紅に染まることから『紅槍鬼』と恐れられているマリーダ以上の野生動物らしさを持った脳筋であると聞いている。


 そんなブレストですら、マリーダの奔放さは危険に映ったようだ。


 再び当主に据えて今度は取り返しのつかない失態を犯せば、自らが住むべき場所を失ってしまうと感じているのだろう。


 エランシア帝国は大陸で少数部族である亜人たちが、多数を占める人族の迫害から逃れるために寄り集まって築かれた国家であり、亜人が唯一貴族に連なることができる国家であるのだ。この国から住むべき場所を追われた亜人は、国家を捨て山の民になるか、人族国家で下層民なるしか選択肢がない。


 ブレストは、マリーダに当主をさせることで自らの一族がそのような事態に陥らないか不安でならないのだろう。歳を重ねている分、マリーダよりは多少の思慮分別を持っている気がする。


 実際、俺も肉食系女男爵様に領主をさせたら、三日で領地が破綻する気がしないでもない。マリーダは大事な嫁であるが、戦闘と夜のお仕事に関しては頼りになるが、それ以外の分野は脊髄反射の危険性物に近い野生児である。


 そんな野生児の手綱を取り上手く調教して飼い慣らし、領地を発展させていくのが、婿としての俺の仕事であるとは理解しているが……。


「アルベルト、妾と叔父上との間の関係修復の調停をしてもらえぬだろうか? 妾は叔父上だけはどうも苦手じゃ。この通り、後生じゃ。なんなら、そのリシェールが持っておるえっちい下着も夜に着ても良いので頼む。なんとか、調停してくれぬか……」


 俺の腕を引っ張り豊満な胸に押し当てるように頼み倒すマリーダの圧力(おっぱい)に負けた。


 ここでマリーダの機嫌を損ね、リシェールとお揃いのエッチな下着を着けてもらわねば、俺のやる気が半減する可能性もある。


「ふぅ、仕方ありませんね。私が調停の使者として先にアシュレイ城に向かいますので、首尾よく調停が進むように私のことを詳細に書いたマリーダ様直筆の書状と魔王陛下から頂いた勅許状、爵位任命状をお預けください」


「そ、そうか! 受けてくれるか! 早速書くのじゃ! 少し待て」


 マリーダがおっぱいを押し当てていた俺の手を放すと机に向かい走り出し始める。


「あと、使者としてアシュレイ城に行くので、夜のお仕事はご辞退させてもらいます。リシェールと乳繰りあっておいてくださいね。リシェール頼むね」


「承知しました。マリーダ様が浮気をしないようにあたしが見張っておきます。こたびのブレスト殿との調停が上手くいけば、これを着てお祝いいたしましょう」


 隣に居たリシェールが、買い物してきた例の物をちらつかせて、俺のやる気の引き出し方を最高に心得た返答をくれる。


 案外、リシェールは俺以上の知恵者なのかもしれない。


「ならば、叔父上との調停をパパっと決めて早く帰ってくるのじゃ。妾がハッスルしすぎてリシェールが持たぬかもしれぬ」


「大丈夫ですよ。アルベルト様からマリーダ様の弱い部分を教えてもらっていますので、逆にマリーダ様の方が息も絶え絶えになって根をあげているかもしれませぬ。フフフ」


 リシェールが妖しい笑顔でマリーダに笑いかけていた。色欲大王マリーダ対策をリシェールに教示しておいてある。


 リシェールは年若い女性であるが、理解力が高く、色欲も強い方であるため、俺が不在で留守をするときは、対マリーダ策を持つ彼女が、マリーダ調教担当としてしっかりと手綱を握っておいてくれるはずだ。


「なんじゃと! リシェールいつの間にそのような情報を……。よかろう、アルベルトから教えてもらった弱点とやら、妾に試してみるが良い」


「フフフ、夜をお待ちくださいませ」


 マリーダもリシェールの自信に満ちた顔に期待したようで、これでしばらくは俺が不在をしても大丈夫だと思われた。


「では、私は一足先にアシュレイ城へ向かうことにいたします」


「うむ、頼むぞ。アルベルト」


 こうして、俺はマリーダの当主復帰の下工作をするべく、彼女の叔父が領主をするアシュレイ城に向けて馬を走らせることとなった。

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