第四話 国境三城抜き

 アジトにしていた街から徒歩で二時間くらい歩き、最初の攻略地点であるべニアに着いた。


 すでにアジトを引き払い、全て持参しての戦仕度である。


 なので、俺はリシェールとともに荷馬車の荷台で揺られていた。


「着いたようですな。さて、ではここからはマリーダ様と『エルウィン傭兵団』のお力拝見とさせてもらいましょうか。事前の偵察によればべニア領主は領地におり、警備態勢は緩んでいるそうです。一気に領主の首を挙げれば組織的抵抗はなくなるでしょう」


「おう、任せるのじゃ。田舎の城程度、この鮮血鬼マリーダが打ち壊してくれるのじゃ!」


 ちょっとマリーダさん、大切な魔王陛下への献上品だぞ。打ち壊したらマズいってと突っ込みたかった。


 荷馬車の隣で真っ白な白馬に乗るマリーダが得意気に得物である大剣を振り回していた。


「マリーダ様、三城は魔王陛下への献上品だと申したはずですが。打ち壊された城を受け取って魔王陛下に喜んでもらえると思えますか?」


「むぅ、では住民も皆殺しにせぬともよいのか?」


 はい。バイオレンス臭が大量に発散されました。マリーダの価値観は戦場で培われているため、俺とは発想が違うようだ。


「皆殺しなどしたら、周辺領主が殺到しますよ。領主とその取り巻きだけ討てば敵は自然に崩壊します。というか私がさせますから。次、皆殺し発言したら夜のお仕事は致しませんよ?」


「それは嫌だ。アルベルトとの夜の営みを楽しみにしておる妾にしたら、それは生殺しなのじゃ。分かった、絶対に皆殺しはしない。あと、気を付けることはあるかの?」


 夜のお仕事停止が効いたのか、マリーダはその他の注意事項を自ら聞いてきた。


 どうせなので、周囲の脳筋戦士たちにも守らせるよう、最上位者であるマリーダに言って聞かせることにした。


「分かりました。注意点は三つ。一つ、抵抗しない民百姓は斬らない。二つ、財宝は勝手に略奪しないで全部集め分配する。三つ、婦女に乱暴をしない。これらを守れない者はマリーダ様の剣で切り捨ててください。どんな忠臣であってもです。これらが守れなければ、すべてをマリーダ様の責任として一件の違反でも夜のお仕事を一切停止とさせてもらう上に、私はこの軍を抜けさせてもらいます。よろしいか?」


「厳しすぎるのじゃ。略奪と暴行は戦のたしなーー」


「仮にもエランシア帝国に復帰を目指す者がやるべきことですか? 貴方は山賊の頭領か? いや、違うだろう! エランシア帝国の帰参するための策に泥を塗るのか? そうしたければそうすればいいですよ! 私は三つの約束が守られねば去るだけだ!」


 俺が激高した様子で三つの約束を守らねば軍を去ると言うと、マリーダがガクガクと震えだし、喘ぐように配下たちに宣言した。


「皆の者! 今、アルベルトが申した三つの注意点を守らなかった者は、妾が叩き斬るからのっ! 命を懸けて守れ! 分かったか!」


「「「こ、心得ました!」」」


 体育会系の組織の楽のところは、上意下達の精神が叩き込まれていることだ。


 上がやれと言えば、下の答えは『はい』、『承知』、『YES』、『心得ました』しかない。


 そこの君、全部、同じだとか言わない。


 変態級の忠誠心を持つ脳筋戦士たちは、最上位者のマリーダの意志を汲み取り、俺が科した三つの注意点を犬のように従順に護るはずだ。


 それでも万が一、悪さをする奴がいれば、残念だが死んでもらうしかない。


 規則のタガが緩めば軍の強さなど形骸化していく。


 転生して兵書を読み漁った知識と、前世時代の知見が俺にそう囁いていた。


 できれば殺したくないがな。だが、俺が生きているこの世界は、そんな甘っちょろい幻想が通じる世界ではないことを知っている。


 殺れる時に殺さなければ、次の瞬間には自分の命が終わっている可能性もあるのだ。


「よろしい。では、私は皆の奮闘を見ておりますぞ。エルウィン傭兵団の武勲を轟かせようぞ」


「我らが力、見せてくれようぞ!!」


「「「おおぅ!!」」」


 脳筋戦士たちの顔がいくさ人のものに変化した。


 戦うことを至上としたいくさ人たち。俺はまだ彼らの本気を知らなかった。



「アルベルト殿、危ないですから荷馬車の中にいてくれませんか? 護衛はオレだけだし、矢も飛んでくるかもしれませんぜ」


 御者役兼護衛を買って出たのは、年嵩の鬼人族の男である。


 個人的武勇は壊滅的な俺とリシェールを守るためと、エルウィン傭兵団の財産を積んだ荷馬車を守るためマリーダが残してくれた古強者だ。


 すでに鮮血鬼マリーダとエルウィン傭兵団は、全くの無警戒だったべニアの街に侵入し、衛兵を斬り倒し、門を占拠して、抵抗する者だけを斬りながら、領主の館を目指していた。


 圧倒的な武力である。農民上がりの兵程度では、彼らの前では赤子以下で、恐れをなした兵たちがちりぢりに逃げ出し、領民たちは家に閉じこもっていた。


「すでに組織的な反抗はできなそうだし。荷馬車を街に入れようか。じきに制圧報告も来そうだし、領民も安堵してあげないとね」


 既に抵抗を辞めたと判断し、御者役の男に荷馬車を街に入れるように指示する。


「へいへい。姫さんからアルベルト殿の下知に従えと言われてますからね。リシェール嬢、アルベルト殿に革鎧を着けてやってくれ。もちろん、リシェール嬢もな」


「心得ました。アルベルト様、お支度をいたします」


 年嵩の鬼人族の男が安全を考えて、革鎧を着込むようにと頼んできたため、すぐさまリシェールが革鎧を持ってきて着させてくれていた。


 その間も荷馬車はゆっくりと街に向かって動き出していく。


 街に入ると、俺が科した約束は守られているようで、あちこちで武器を捨て、縛られた兵が転がっていた。


「私の注意は行き届いているようだね」


「アルベルト様は優しいですね。敗残の街は略奪と暴行するのが古くからの習わしなのに」


 リシェールが街に略奪と暴行を許さなかった俺の指示に感心している様子だ。


「いやいや、魔王陛下様に献上するための城を血で汚す方が不遜だろ。なるべく少ない血で奪った方が魔王陛下も喜ばれると思うぞ」


「ああ、なるほど。献上品は見目を整えるべきだとは。さすが、アルベルト様は考え方が緻密ですね。あたしはそこまで気が付きませんでした」


 女の子に褒められるとちょー嬉しい。


 夜の方は頑張っているから褒められているけど、昼間の俺も褒めてもらいたいのだ。


 革鎧を着せてくれているリシェールを押し倒したい衝動に駆られたが、昼間なのでまだ自重しておいた。


「そういうことだ。それにココの領民たちにも、魔王陛下の領民になるメリットを知らせないとね」


 館の奥から野太い鬨の声が上がり、マリーダが率いる脳筋戦士たちが悪玉領主の首を挙げたことが察せられた。


 しばらくして、広場には領主が溜め込んでいた財宝がうず高く積まれ、捕虜になった領主の関係者が数珠つなぎに並べられていた。


 そして、広場の周りには、家から出るように言われた領民たちが恐る恐る集まっている。


「準備万端です。では、マリーダ様。教えた通りに宣言していただけますか?」


「じゃが、これはいくらなんでも……やり過ぎでは?」


「ほぅ、鮮血鬼マリーダ様が二の足を踏まれることを、私が宣言してもよいですが、その場合は帝国軍への復帰は遠のきますよ」


「わ、分かった。言う。すぐに言う」


 トボトボとした足取りで演台の上に立ったマリーダが厳かに宣言する。


「こたびの領主討伐は領民に不義不正を働き、財を蓄えたことに憤りを感じ、義によりエルウィン傭兵団が領主を討った。領主一族及びその取り巻きは奴隷として売り払い、ここにある財貨は全て領民に公平に分配するつもりである。なお、この地は今よりエランシア帝国直轄領となり、魔王陛下の治める地となる。こたびの領民への褒賞は魔王陛下の直裁であることを申し伝えておく」


 戦場で遠くまで聞こえるほどの大声の持ち主であるマリーダが発した宣言に領民たちがどよめく。


 悪徳領主が討たれただけでなく、その蓄えていた財貨を自分たちに分け与えると言っているのだ。


 ここで、俺は一芝居打つことにした。というよりも、扇動すると言った方がいいかもしれない。


「エランシア帝国、万歳!! 魔王陛下、万歳!!」


 一言、発した。


 俺の言葉に反応するように領民たちからは、『エランシア帝国、万歳!! 魔王陛下、万歳!!』の斉唱が始まる。


 領民たちは自らを圧制者から解放した上に、施しまでもらえると理解し、親エランシア帝国派に一瞬で鞍替えしていた。


 こうしておけば、後の統治は楽である。


 緩やかに税を取り立ておけば、前の酷さと対比され、勝手に善政補正がされるのだ。


 皆殺しからの暴行略奪まで行えば、こうはならず、三城を献上したところで治安が悪化し、かえって無駄なコストが掛かり、魔王陛下に負担を与えかねない。


 しかも今回の方法なら、俺たちの腹は痛まない。


 というか、実は一部だけ先に貰っておいたというのが、実情だ。


 脳筋戦士たちも俸給を貰わねばやっていけないので、必要と思われる分を先に取り分け、残った分を領民たちに配った。


 領民からすれば、諦めていた物が多少かえって来るだけでも十分にありがたいはずだ。


 損して得を取る。兵法の基本だ。


 まぁ、損すらしてないけどね。


 それにしてもマリーダ率いるエルウィン傭兵団の実力を過少評価していた。


 マジバケモンクラスの脳筋チート戦士たちだった。


 特にマリーダは噂の方が実物より矮小化されていた。大剣で城門ごと斬り倒すとか化け物じみてるだろ。


 後ろから見ててちょっとだけチビリそうになったわ。 


 とまあ、そんなわけで、ズラ、ザイザンの領主もマリーダたちの剣の錆びとされ、べニアと同じように解放され、国境悪徳領主三人は物言わぬ首となった。

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