第一話 セカンドライフ計画崩壊

 次の日、見たことがない部屋で目覚めた。目に飛び込んできたのは見慣れた神殿の自室天井ではなかった。


 あ、俺は殺されなかったんだ。というか、腰がズキズキと痛むが……。


 目覚めた俺に声をかける者がいた。 


「アルベルト。起きたか?」


 声をかけた者に目を向ける。


 銀色の髪に赤銅色の肌をして額から角を生やし、煽情的な衣装で魅惑的なおっぱいを見せつけてくる若い鬼人族女性であった。


 そう、彼女はマリーダ・フォン・エルウィン。アレクサ王国周辺で最強の傭兵集団『エルウィン傭兵団』を率いる女頭領で、俺を情夫として迎えた女性だ。


 筋肉質であるが、胸のボリュームは素晴らしく、活動的な美女であると言っても過言でなかった。


「マリーダ様? ここはどこです?」


「ここか? ここは妾の傭兵団がアジトにしている街の一つだ。アルベルトを手に入れるために叡智の神殿を焼き討ちしたからな。アルベルトが妾を堪能したせいで長居しすぎてのぅ。アレクサ王国軍に通報が行ってしまい逃げてきたところじゃ」


 待て、叡智の神殿を焼き討ちまでは覚えているけど、アレクサ王国軍の手配が回ったなんて聞いていない!?


 俺の方を見てニッコリと微笑んでいるマリーダである。


 いや、確かにマリーダとはしっぽりずっぽりと楽しんでしまったことは否定しないけども。アレクサ王国軍に追われるようになったら、俺のセカンドライフほぼ終了なんだが!


「ちなみに部下が近隣の街でこんな手配書をもらって来ていたみたいじゃ。見るか??」


 俺はコクンとうなずくとマリーダの差し出した手配書に目を落とす。


 な、なんじゃこりゃぁあああっ!!! ちょ、ちょっと待てーーい!! なんで俺が叡智の神殿の襲撃を手引きしたってことにぃいいいい!!


「ちょ、まっ! なんで!」


「いやー、妾としてことが慌てて逃げだしたものだからなぁ。捕虜にしてた神殿関係者を連れてこられなかったのだ。そやつらの口からアルベルトの話が漏れてしまったんだろう。何人か拷問して居場所を突き止めていたから」


 あかーーーーんっ! 絶対にあかんやつではないですかっ!! それだと、拷問された奴が逆恨みして俺の名前出すに決まってるじゃん!! オワタ、完全に俺オワタ。


 身体から抜け出しそうになる魂を必死で押しとどめる。


 孤児院初の神官見習いとして将来を嘱望されていたはずの俺のセカンドライフは、一夜の過ちによって完全に崩壊してしまっていたのだ。


「まぁ、アルベルトは妾の情夫だから、神官身分なんてもうどうでも良い話じゃな。しばらくはこの街でほとぼりを冷ますつもりだから、ゆっくりとしようぞ」


 ベッドの上で放心状態の俺の上にマリーダが飛び乗ってくる。


 その瞬間、肉食獣にマウンティングされていたかのような錯覚に陥っていく。


 確かに俺はマリーダの情夫になるとは言ったが、それはプライベートな話であって、公的な身分である神官見習いという地位を投げ売ってという意味ではなかったのだ。


「マリーダ様!! な、なんということを……。私の人生が台無しじゃないですかっ!!」


「そう怒るな、アルベルト。妾も悪いと思っておる。ほら、お詫びの印じゃ。アルベルトの好きな妾のおっぱいじゃぞ」


 身体の上に跨っていたマリーダが圧倒的なボリュームを誇る胸を俺の顔に押し付けてくる。


 柔らかすぎず、硬すぎないほど良い感触が俺の顔を包み込み、甘い体臭が鼻孔の奥に届いてきていた。


 必死に引きはがそうと頑張るが、力の方はマリーダの方が断然強く、悩ましい感触に圧迫され続ける。


 死ぬっ! 極楽な感触の中で溺れ死ぬ! まだ、死にたくないっ!


 必死でもがくとやっとこさ、マリーダのおっぱいから顔を出すことに成功していた。


「マリーダ様っ!!」


「怒っておるのか……。妾がこれほどの誠意を込めて謝罪しておるの……。アルベルトの世話は妾がキチンと面倒みてやると言うておるだろう」


 間近に迫ったマリーダの赤眼がウルウルと潤んでいる。


 ちょ、その眼は卑怯っすよ。カワイイじゃねえか。思わず情夫でヒモ生活でもいいかなって思っちまったぜ。


「アルベルトは妾だけじゃ不満なのか? かわいい女の子が欲しいというなら、側女も付けてやるぞ。ああ、そうか。金が欲しいのか。傭兵団も昨今は金欠でのう。昨日も捕虜を逃がして出費だけが嵩んだだけなのじゃ」


「そ、そうではなくてですね。私は神官としてどっか大国の官僚になって、甘い汁をタップリと吸って、貴族の入り婿なって領地でのほほんと暮らす予定だったのですよ。それが……」


「なんじゃ、アルベルトは貴族になりたいのか? ならば、情夫ではなく、妾の婿になれば万事解決じゃな。叔父上がブチ切れるかもしれんが、妾はれっきとしたエランシア帝国のエルウィン女男爵じゃ。魔王様より直接に叙任された子飼いの貴族なんじゃぞ」


 この数年で周辺諸国に威名を響かせた『エルウィン傭兵団』の女頭領マリーダが、俺の故郷アレクサ王国と国境争いを常にしているエランシア帝国の貴族だと知って目が点になる。


 確かに最初から家名を名乗っていたが、本当に爵位持ちの貴族だとは思わず、依頼主の貴族たちに侮られないために自称していた家名だと思っていた。


「え? あの? マリーダ様がエランシア帝国の女男爵って本当なのですか?」


 俺が問い返すと、マリーダが少し困ったような顔をして言葉尻を濁す。


「う、うん。まぁ、その。あの。一応な。一応、貴族なのじゃぞ。妾は」


 少し妖しい気配がしたので、追及するような視線をマリーダに送り込む。


「ううぅ、そのような懐疑的な眼で見るでない。妾は少しやんちゃをし過ぎて実家を放逐されたと言いにくいではないかっ!」


 はい、ゲロりました。貴族の出自であるものの、現状は貴族ではなさそう気配であるようだ。


 普通に考えれば、女性の身で爵位を持つ貴族様が敵国で傭兵団の頭領なんかしていれば、何か事情があるに決まっている。というか普通の令嬢は傭兵団なんか率いないでしょ。


「怒りませんから、なんで、マリーダ様がこの国で傭兵団を率いているのかだけ聞かせてくださいよ」


 ウッと言葉に詰まった様子のマリーダが、しばらく逡巡の表情を見せていた。


「本当に怒らぬか?」


「ええ、怒りませんよ」


「本当に、本当に怒らぬか?」


「ええ、絶対に怒りません」


「なら、話してしんぜよう。妾がこのアレクサ王国で傭兵団を率いることになったのは、魔王陛下から勧められた禿デブの婚約者殿を半殺しにして実家に送り返したら、叔父上が逆上して実家から放逐されてしもうたのじゃ。兵たちは実家を追い出された妾を心配したエルウィン家の家臣どもでもある。実家を追い出され、食い扶持稼ぎにアレクサ王国で傭兵団を結成して今に至っておるのじゃ」


 だ、駄目だぁあああああぁあぁっ! この人、駄目な人過ぎるぅううう。魔王陛下って帝国の皇帝のことだし、その人が勧めた婚約者を半殺しにして出奔するとかどういうことぉおおお?


「はぁああああああぁあ」


「な、なんじゃ。その深い、深いため息は。妾のこと馬鹿とか思っておるじゃろう! だがな、妾は面食いなのじゃ。生理的に禿デブは受け付けぬのじゃ。触れられた反射的にこぶしが出て、気が付いたら相手が血だらけで転がっておったのじゃ。妾のせいではない。不可抗力なのじゃ」


 俺の身体の上に跨っていたマリーダが、ポコポコと軽くお腹を叩いてくる。


 その姿はとても年上の女性とは思えないほど、幼稚であるが……。あるんだが、恥ずかしがって照れているマリーダがとっても可愛いと思ってしまった。


 ただ、マリーダが魔王陛下に行った行為は、普通なら斬首にされて、お家取り潰しにされてもおかしくないほどの重大事案だと思うが、マリーダが放逐程度で済んでいるのが不思議でならない。


「マ、マリーダ様。そんなことしてよく首が飛びませんでしたね」


「こう見えても、妾と魔王陛下は乳兄妹なのじゃ。魔王になる前は妹のように可愛がってもらっていた。その婚約も妾が適齢期を過ぎても結婚しないのを心配した魔王陛下が取り計らってくれたものであったのだが……。魔王陛下は妾の好みを知らぬようであった……。一応、相手の家柄が結構良い家だったので、妾が出奔したことでことを収めてもらったのじゃ」


 乳兄妹……。魔王陛下と……。それならば、マリーダの行った行為で斬首されなかった理由にも納得いく。


 処刑を免れたマリーダは、魔王陛下にとって特別な存在であるということなのであろう。


「そういうことでしたか……」


「じゃがな。実家にはもう戻れぬと思う。アルベルトが貴族になりたいというのであれば、妾には叶えてやれぬかもしれん」


 跨ったままのマリーダが俺のお腹の上で『の』の字を書いて落ち込んでいた。


 だが、俺の中ではマリーダの素性は思った以上であったため、急速に脳細胞が動き始めていく。


 マリーダの戦の能力はずば抜けており、兵の数こそ少ないが、辺境の田舎城を落とすくらいなら他愛ない実力を持っていることは確かであり、魔王陛下との繋がりがあるとすれば、ひょっとしたら実家に戻れる可能性もあるかもしれない。


 アレクサ王国での俺のバラ色のセカンドライフはほぼ絶望的になった今、残された道はマリーダに手柄を立てさせて魔王陛下の許しを受け、実家に帰参してもらい、入り婿として彼女の実家の一員になる方が出世できる気がしていた。


 それに、マリーダはとても俺好みであるし、相性は抜群だ。ちょっと肉食すぎるけども……。


「マリーダ様っ!! 実家に帰る気はありますかっ!!」


 俺は『の』の字を書いてたマリーダの肩を抱く。


「ひゃあぅ!! なんじゃ、アルベルト急に大声を出しおって。帰れるなら、帰りたいに決まっておろう」


 マリーダがびっくりとした顔で俺を見ていたが、グッと抱き寄せると、実家に帰るための方策を耳元で囁くことにした。


 ヒソヒソと耳元で俺の考えをマリーダに吹き込んでいく。


 ボリュームのある胸が絶えず俺の胸板に当たり、誘惑してくるが、大事な話なのでグッと我慢する。


 全てを話し終えるとマリーダが眼を輝かせて俺を見ていた。


「アルベルト、その策を採用するのじゃ。すぐにとりかかろうぞ!」


「承りました。では、書状は私が準備しますので、誰か信頼できる帝国貴族の方に取り次いでいただくことにしましょう。誰かアテはありますか?」


「アレクサ方面の辺境伯をしておるステファンは妾の義兄じゃ。ステファンから魔王陛下に取り次いでもらうことにいたそう。アルベルトは知恵者じゃ。んっー、んっ、んっ。お主は妾のものなのじゃ」


 俺の顔にマリーダがキスの嵐を降り注いでくる。美女のキスはとても心地よかった。


 こうして、知識の集積地である神殿で、地理兵書、宮廷儀礼を学び、あらゆる知識に精通し、そろそろ独立かなと思いながら、将来安泰な官僚職への各国からの仕官オファーを待っていた俺のセカンドライフは、異世界で肉食系おっぱいお姉さんの軍師として生きることになった。

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