48.やまない雨はない
「雨だねぇ」
「……だから?」
「うわっ、相変わらず冷たっ」
剣崎 良悟(けんざき りょうご)は笑った。いつも通りの漫才でもやっているような、大袈裟な仕草だ。
「リアクションが薄いよ。もうちょっと乗ってくれてもいいやん」
山崎 司(やまざき つかさ)は思った。オレが薄いんじゃなくて、お前がオーバーすぎるんだろう。いつもそうだ。こいつはいつだって、こういうふうに振る舞う。突然の夕立に雨宿りしている、今この時だって。
「しっかし……雨だねぇ。マジで雨だよ、これ。本当に雨。正真正銘の雨だよ」
「何で雨縛りなんだよ」
「おっ、やっと突っ込んでくれた」
「本当にウザいな。そういうところが――」
不意に言葉を切る。危ない、危ない、危うく言うところだった。そういうところが、本当に好きだって。
「そういうところが、何だよ?」
「何でもない」
嘘だ、何でもある。
司は良悟が好きだ。この気持ちは友情ではない。ただ、そのことを伝えてはいない。伝えれば、この関係が変わってしまう。確実に友だちではなくなる。恋人になるか、あるいは。そのことを考えると、怖くて仕方がなかった。
「嘘やな」
良悟が言った。
「えっ」
「お前と何年一緒にいると思ってんだよ。嘘くらいは分かる。本当に何でもないときは、もっと冷たいもん」
見透かされていた、その事実が甘い未来を想像させる。もしかすると、こいつはオレの好意に気がついていて、告白されるのを待っているのかもしれない。オレたちは両想いで、本当に些細な、ちょっとしたキッカケで恋人になれるのかもしれない。
楽観的で魅力的な想像が、司の背中を押す。冷静に周りを見れば、雨、雨、雨。2人きりで廃墟みたいな民家の屋根の下にいる。これは、ひょっとするとチャンスなんじゃないか。今しかないんじゃないか。でも、もし、違ったら?
「お~い、黙ってまんま固まるな。答えろよ。答えないんなら、先に帰るぞ」
「待てよ。先に帰るって何だ?」
「いや、折り畳みがあるのよ、オレ」
そう言うと良悟はカバンから黒い折り畳み傘を取り出した。
「傘あるんなら、雨宿りなんかしなくていいだろ」
「だって、お前を置いて帰るの悪いじゃん」
良悟が折り畳み傘を開いた。
「ほら見ろ。これ小さいんだよ。折り畳みだから。オレら2人で使うのは無理。どっちも肩がズブ濡れになる。つーか、男2人で相合傘もないし。かと言って、オレ1人で帰るのも悪いし、雨宿りしてんの」
「……そうか」
司は呟いた。乾いた土に雨が染み込むように、良悟の言葉が胸に沈んでゆく。
やっぱり優しいけど、ガサツだな、お前は。長年ずっと友だちだし、誰よりもよく分かっていたつもりだけど、よく分かったよ。
「で、お前さ。どうかしたの?」
良悟が訊く。
司は考えた。雨の音を聞き、流れる暗雲を見上げた。あと10分くらいは降り続くだろうか。
「いや、実はちょっとワガママを言いたくてさ」
「ワガママ? 何よ?」
「もう少しでいい。雨宿りさせてくれないか」
「ハァ? いや、言われなくても雨宿りするし。どこがワガママなんだよ」
「とにかく、もう少し此処に一緒にいよう」
「おう。まぁ、いいけどさ」
今度の嘘は見抜かれなかった。もしかすると見抜いているのに、口に出されなかったのかもしれないが。今はワガママが通ったことが何よりだ。
司は良悟と雨宿りを続ける。
できればこのままずっと、こうしていたい。けれど司は知っている。
この世界に、やまない雨はない。
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