36.カラダは正直
桑田 正義(くわた まさよし)は考える。
なぜ世の中の恋人たちは、かくも手を繋ぎたがるのか。意味が分からない。さっぱり分からない。本当にこれっぽちも理解できない。いや、正確に言うなら納得できないのだ。
好きな人と触れ合いたいと思うのは分かる。正義も「人肌恋しい」という表現を知っていたし、その感覚も何となく理解できた。170センチ、60キロの健康的な17歳男子だし、性欲だってある。別に極端に禁欲的な生活を送ってきたワケでもないし、何か特別な教義に従って生きているわけでもない。だから恋人同士のコミュニケーションは愛を囁き合うだけではないと知っていた。快楽目的にセックスもやるだろう。お互いに触れ合う行為が存在するのは分かるのだ。
しかし、それをワザワザ人前でやる必要がどこにあるのか? 今宵の街を歩く恋人たちは、一様に手を繋いでいる。中には「恋人繋ぎ」と称した奇なる形態をとる者たちもいる。何故わざわざ人前でやるのだ。そこに意味はあるのか?「自分たちはこんなに仲がいいんだ」という自慢か、あるいはその不安を払拭するための行為か。もしくは、アレか。他人に見られると興奮するといった、そういうアレか。だとしたら……むしろ納得がいく。
彼は知っていた。セックスを他人に見せつけて喜び輩は一定数いると。
そうか、きっとそうなんだ。ここにいる手を繋いでいる連中は、全員がそういう連中なのだ。セックスを人に見せつけるタイプの人間だ。ある作家は「人のセックスを笑うな」と言った。しかし、セックスを無関係な人間に見せつけようとする人間に対してはどうか? 人に見せつけるということは、つまり舞台に上がるようなものだ。あえて舞台に上がる以上、笑られる覚悟、あるいは批判される覚悟は当然するべきだ。芸人を見ろ。M1に出る連中だって、立川志〇くにトンチンカンなダメ出しを食らっても、殴りかからず我慢している。ああいう覚悟がお前らにあるのか?
「正義~、どないしたん?」
「えっ?」
「何ブツブツ言っとんねん。手や、手。ほれ、手ぇ繋ごうって言ったやん」
「う、うん?」
その男は、先月できたばかりの恋人・大和 雄太(やまと ゆうた)は、正義の手を強引に握った。同じ17歳、しかし185センチ、80キロのガタイだ。ほとんど奪い取られるように、2人は手を繋いだ。しかし正義は乱暴だとは思わなかった。彼の手が、びっくりするくらい優しく、暖かったからだ。
「へへっ、恋人繋ぎ~♪」
少し照れくさそうに雄太が笑う。一方、正義は……。
「ん? どないしたん? ずっとモジモジして……あっ、もしかして恥ずかしい? アカンかったら、手を繋ぐのやめるけど」
「……ううん」
恥ずかしい。男2人で手を繋いで……けれど、悪くはない。むしろ、何かイイ気がする。上手く言葉にできないけれど。他人にセックスを見せつける悪趣味な人間だと思われても、そんなに自慢がしたいのかと罵られても、構わないと思えるくらい。
「別に」
「はははは、良かったぁ。お前、あんま喋らんからなぁ。オレが変なことしてたら教えてや」
「うん」
やっぱり恥ずかしい。けど、そんなことより――
「よっしゃ、このまま帰ろう。オレら付き合って一か月、順風満帆のカップルや! 堂々と自慢せんとな!!」
恋人の笑った顔が可愛い。繋いだ手から伝わってくる熱が心地いい。高鳴る胸が堪らない。この体の変化には、どんな理屈も反論にならない。
「ええな、正義?」
「うん!」
2人は手を繋いで、夜の雑踏に消えていった。
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