34.初夜所感
「最高、だった」
「……オレも」
嘘をついた。本当は、特別これと言った感慨がなかった。
佐藤 純一(さとう じゅんいち)は天井を見た。この部屋に住んで1年になるが、気がつかなった。あのシミはヤニだろうか。
純一は今日、生まれて初めてセックスをした。相手は同じ大学に通う先輩の幸田 歩(こうだ あゆむ)だ。人生最初のセックスが男相手になるとは思わなかったし、入れられる側になるとも思わなかった。
だが、そんなことは大した問題ではない。本当に問題なのは、初めてのセックスの快感が予想を大幅に下回ったことだ。人生の転機と言うべき大事件なのに、ビックリするほど感想が湧かない。強いて言うなら「痛かったなぁ」くらいだ。
もちろん歩との間に愛はある。自分にのしかかって、息を切らしている彼を見ると、胸が暖かくなる。幸せだなと実感する。しかし、それはそれとして、セックス自体には特に魅力を感じなかった。気持ちよさで言うなら、自分でやった方がいいくらいだ。
とは言っても、それを口に出すことはできない。何故なら歩は息を切らしながら
「やっと、できたな。スゲー良かった、最高だった」
と興奮しているからだ。ここに冷や水をブッかけるのは無粋だろう。だから嘘をついた。
「オレも、スゲー良かった。スゲー興奮した」
またも嘘を言った。挿入前は興奮したが、挿入後は、まず「痛っ」で冷静になり、痛みに慣れた後も「変な感じ」としか思わなかったのに。
ぼふっとベッドが揺れた。歩が純一の隣に寝転んだのだ。
「よかった。お前が喜んでくれて。プレッシャーっていうか、緊張してさ。オレ、こういうの初めてするし」
そんなこと言うなよ、と思った。
そんなことを言われたら、ますます言えないじゃないか。「正直、そんなでもなかった」って。
歩が間接照明を消した。ぼんやりとした灯りは消え、真っ暗になる。
肌の感触がした。歩が抱き着いてきたのだ。
「おやすみ」
耳元でそう囁かれたが……このまま寝てしまっていいものか? 純一は悩んだ。これはとても大事な、ある意味でセックス以上に人生の岐路のように思えた。もし毎日こういう感じでセックスを求められたら? 耐えることになる。そして耐えることは、あまり楽しくない。
「歩。ごめんけど、ちょっといい?」
言っておこう。もしこれでケンカになったり、別れることになっても、それはそのとき考えるべきだ。
「オレ、さっき嘘ついた。実は、さっきのセックスだけど……」
引き返すなら今がギリギリだ。一瞬、頭の中で誰かが自分の後ろ髪を掴む。「やめとけ。波風立てるなよ」そいつは囁くが、純一は振り切った。
「悪いけど、あんまり気持ちよくなかった。痛いし、変な感じで」
言ってしまった。もう取り返しはつかない。
目が慣れた。夜の闇の中で、歩の顔が見えた。彼は純一が見覚えのある顔をしていた。
これは純一が告白して「よろこんで」と返してきたときの顔だ。
「やっぱ、お前もか?」
「へ?」
「いや、実はオレも、あんまり気持ちよくなかった。でも、ほら、お前が凄い喘いでたから……オレ、てっきりイイ感じなのかなって」
オレのせいなのか? 待て待て。
純一は言い返す。
「それを言ったら、オレだって。お前が凄い勢いで来るから、合わせた方がいいかなって思って、喘いでみたんだけど……」
「言えよ」
「そっちこそ」
どちらともなく、吹き出した。
「気を使いすぎだよ」
「お前だってそうだろ。何が『最高、だった』だよ。『、』の間が絶妙だったぞ。真に迫りすぎだろ」
「そういうこと言う!? お前だって、喘ぎがマジすぎて、『こいつ本当に初めてか~?』って思ったぞ」
「ヤってる最中なのに冷静すぎだろ」
「そっちこそ」
また2人は吹き出した。
「ま、気持ちよく出来るように努力しよう」
純一が言った。
「セックスするのも一苦労だな」
歩はそう言うと純一を抱きしめ、キスをした。唇を重ね合わせたとき、
ああ、これだ。これは好きだ。
純一は笑った。
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