29.放課後人生相談

「お前をヤリチンと見込んで相談したい」

「会話の導入として最低だな」

木口 星多(きぐち せいた)は自他ともに認めるヤリチンである。高校2年生にして経験人数は100を超えている(そして100から先は数えていない)。下は一つ下、上は30後半まで、ヤリまくってるのは確かだ。とは言えヤリチンと呼ばれるのは不本意だ。何故ならヤリチンという言葉には負のイメージがある。具体的には「軽薄で女を不幸にする男」というイメージだ。自分はヤリチンか否かで区分すればヤリチンだろうが、同時にヤリチンと呼ばれるのには若干の抵抗があった。何故なら100人以上とヤっておきながら、彼は女を泣かせたことがない。アフター・ケアには自信があったし、いつだって女性とはウィン・ウィンの関係性で行為を行ってきた。見境なく、ただ己の性欲のためにヤリまくるヤツらと一緒にされるのはプライドが傷つく。

とは言え、今からヤリチンの定義でモメるのも面倒だ。星多は自分をヤリチンと呼んだ親友、山中 竜太郎(やまなか りゅうたろう)の相談事を聞くことにした。

「で、そのヤリチンに何の相談よ」

「まず言っておくが、オレはゲイなんだ」

初めて知った。しかしストンと納得できた。小学生の頃から星多はとにかく女性が好きで好きで仕方がなく、女性に好かれる為にありとあらゆる努力をした。まずは筋トレと有酸素運動。これによって引き締まった、それでいてゴツくは見えない体を手に入れた。洗顔/肌のケアも欠かさず、中・高一貫して思春期の代名詞ニキビが一つも出来たことがない。ファッションは常に研究し、陰毛を除くムダ毛処理も徹底して行い、時には図書館で歴史書、思想書、医療系の専門書を読み漁って女性というものを徹底的に研究した。校則に逆らって髪を金に染めて、ピアスを開けているのも、学校への反逆心などでない。全ては女性の為だ。

そんな星多に対し、竜太郎はあまりに女性に対する関心が低かった。星多が新たな学びを得て、そのことをテンション高めに語ると、「すまん。お前は親友だが、その手の話はマジで興味が湧かないんだ」と真剣な顔で謝られたこともある。星多は「何故こんな素晴らしい話に全く感心を示さないのか」と思ったが、そういうことなら納得がいく。そんなわけで、あまり驚きはなかった。

「へぇ、そうなんだ」

と、淡泊な反応を返す。

「ああ。で、その上でヤリチンとして意見を聞かせてほしい」

「だからヤリチン言うな」

「事実じゃないか」

「いや、だから定義って言うか……やっぱ面倒だ。で、相談事ってのは?」

「実は……彼氏にチ〇ポが入らないんだ」

「待て待て何の話だ」

親友は真顔だ。真剣に悩んでいるのだろう。しかし、本当に何の話だ、それは。

「ちょい待ってくれ。何の話をしてるんだ?」

あたりを見渡す。夕暮れの教室。自分たち以外の生徒は、みんな家に帰るなり部活に行くなりしている。とは言え、チ〇ポだのヤリチンだの、あまり連呼して良い場所ではないようにも思う。そういう部分において、星多は人一倍モラルが高かった。と言うか「公の場での下ネタは控えめに」なんて、社会の常識だろうに――

「だから、チ〇ポが入らないんだ」

言ってる傍からチ〇ポだチ〇ポだ言うんじゃない。

「いや、チ〇ポが入らないって状況は分かるけれどもさ。もうちょっと段階を踏んで説明してくれるか?」

「了解した。ア〇ル・セックスは分かるな? 人にはア〇ル、肛門というものがあってな。知ってるか?」

「そこは知ってるよ」

「分かるんだな。そうなると難しい、どこから話すべきだ?」

「知らないよ」

――と、即答はしてみたものの、言われてみると、たしかに難しい。星多は何処から話してもらうべきか考え、

「えっと……オレから質問する。まずお前には彼氏がいるのね?」

「ああ。先月、正式に付き合いだした」

「で、その人とセックスになったと」

「そうだ」

「だけど、いざヤろうとしたら、チ〇ポが入らんと。こういう認識でOK?」

「ああ。そういうことだ。それで――」

一瞬、竜太郎は哀しい目をした。

「ヤリチンのお前なら、きっと同じような場面に出くわしたと思う。そういうとき、どう乗り越えた? 聞かせてほしいんだ」

竜太郎のその目が、星多を冷静かつ前向きにさせた。

こいつ、マジで困って悩んでるんだな。たしかに性行為の際にチ〇ポが入らんというのは大問題だ。この出版不況の2019年でもベストセラーになるくらいの問題だし、真剣に聞き、真剣に答えに辿り着かねばならない問題だ。何より、親友が悩んでいるのを放っておけない。しかし、この相談事には大きな問題があった。

「えっと……」

星多は言葉に困った。何故なら100人を超える経験の中で、「入らなかった」というケースが皆無だったからだ。その理由は、

「もちろん、お前のチ〇ポのサイズ感はオレも把握している。この間の修学旅行の温泉でも、お前のは小学生当時から、あまり変わっていなかった」

親友も認識してくれていた。竜太郎の無慈悲な言葉が突き刺さったが、言う通りだ。星多の男性器は平均よりかなり小さく、それゆえに挿入に困ったことはなかったのだ。それは彼の強みであり、弱味でもあった。彼はテクニックでサイズ感をカバーしていたが、それでも心無い相手に当たった場合、「上手いけど、小さいのは否めない。☆3」と採点されこともある。そういう時は非常に悲しい気持ちになった。

「……オレのサイズ感が分かってるなら、何で聞くんだよ」

「お前がヤリチンだからだ」

「えっと……どういうこと?」

「それでもヤリチンのお前なら、経験人数100を超えるお前なら、そういう入らないケースも経験していると――はっ」

竜太郎が息を飲んだ。葬式で「故人は家族思いの愛妻家であり、誰にでも優しく、もちろん愛人にも……」と褒めるつもりでウッカリ触れてはならぬモノに触れたような、そんな顔つきだ。

「もしや、無いのか? お前、経験人数100人超えてるのに……」

「そうですよ!」

人間、本当にキレると敬語になる。

「100人以上とやっておきながら、入らないことはなかったのか?」

「そうですよ!」

壊れたオルゴールのように、星多は同じ言葉を繰り返した。

「それは……ごめん。オレは、余計なことを言った」

「この会話が始まってから、余計なことしか言ってないけどな」

「すまない。お前がヤリチンだからと思って……」

「それが余計なことだ。面と向かってヤリチンとか言わない」

「悪い、それじゃこの話はここで終わりにしよう」

「……待て。それはダメだ」

「何故だ?」

そう尋ねる竜太郎に、返す答えは幾つかあった。まず星多は中途半端が嫌いだ。始めたからには最後まで面倒を見なければ気が済まない。困っている人を見捨てるのも嫌だ。何より、

「お前がオレの友だちだから」

確かに他人のア〇ル・セックス事情など、普段なら「知らんがな」の一言で返す。しかし、それが友だちとなると話は別だ。真剣に相談してくれている以上、どんな話題であっても真剣に応えるべきだろう。

「星多……ありがとう。お前のサイズ感の話をして悪かった」

「いいよ。某大物グループも歌ってたじゃん。世界に一つだけだって。ああいう考え方でオレ、やってるから」

「ああ、花のやつだな。その通りだ」

「やっぱ良いこと歌うよ。で、本題に戻ろう」

とは言え、星多にも答えが見えなかった。自分はゲイではないし、入らなかったという経験もない。こうなってくるとアドバイスできることなんて何も無いのでは? 女性とのセックスについては人並み以上に詳しいが、男性同士のセックスの知識はかなり少ない。もっともアナルに前立腺というのがあるのは知っているし、サディスティックな女性に責められたこともあるが――はっ!

「そうだ! 思いついたぞ、竜太郎」

「何だ?」

「一休さんのトンチみたいな話なんだけど、入れるのと、入れられる側を交代するのはどうなんだ? 最終的にお互いが気持ちよくなることが目的なら、そういうのもありだと思うんだけど……」

「いや、それは無理だ。試した」

「試した?」

「入らなかったんだ。相手方のも、かなり大きくて……お前の5倍くらいある」

「5倍!?」

星多は驚愕した。信じられない。確かに自分の小さいが、それでも5倍は大きすぎる。ちょっとしたハムだぞ。

「ああ、確かに5倍だ」

スゲェ……でも、ちょっと待て。

「何故オレ基準で言った?」

「サイズ感が分かり易いかなと思って」

「いや、たしかによく分かったけどさ」

「だから、その作戦は無理なんだ」

そうなると……星多は考える。そしてすぐさま、次の策を思いついた。

「じゃあ、こういうのはどうだ?」


翌日――。

「ありがとう、星多。おかげで上手くいったよ」

再び2人きりの放課後の教室で、竜太郎が星多の頭を下げた。

「お礼なんてイイよ。友だちじゃん」

「しかし、あんなに上手くいくなんて……やっぱりお前は凄いよ」

星多が考えたのは「MAX状態になる手前で挿入してみてはどうか?」という案だった。この作戦は星多の経験と知識がベースになっている。挿入時、往々にして男は「これがクライマックスだ!」と考えがちだ。しかし、実際は挿入後、さらには男が果てた後まで含めてセックスだ。挿入だけが全てではない。むしろスタート地点だと言っていいだろう。ならばスタート地点から全力を出すのではなく、あえて8割程度の状態、つまり「挿入には差し支えないが、MAX状態ではない硬度」で挿入を行うのはどうかと提案したのだ。8割程度なら大きさも変わってくる。今回の問題は入れる迄であり、入れた後の変化については考えなくていい。

「別に凄くないよ。あえて力をセーブするのって、少年漫画でよくあるし」

「こういうのって最初から全力でやるものだと思ってたが、灯台下暗しだな。思いつかなかった。さすがだよ」

「ま、経験はあるからな。挿入だけがセックスじゃない。挿入する前、した後、出した後、お互いが満足して寝るまでがセックスだ」

「……さすがヤリチン。いいことを言う」

「だからヤリチン言うな」

感謝してもらえるのは嬉しいが、やはりヤリチンと呼ばれるのは不満――と、星多は、あることを思いついた。

「お礼なんていいと言ったけど、やっぱ取り消しだ」

「何だ?」

「長い話になるけど、聞いてくれ。オレがヤリチンと呼ばれたくない理由だ」

「お安い御用だ」

星多は語り始めた。これまで他人に話したことのない、自分についての話だ。ヤリチンという言葉に付いて回るイメージと、その渦中にいる自分について。出来ることなら、将来的に「ヤリチン」という言葉のイメージを変えたいと思っている。そんな無謀とも思える野望についても。


一方、竜太郎は思った。

「何故、星多はヤリチンについて熱心に語っているのだろう? そもそもこんなにシッカリと定義することだろうか?」しかし、星多は恩人であり、紛れもない友だちだ。そいつが真剣に話しているのだから、真剣に聞いてやろう。星多の気が済むまで、付き合ってやろうじゃないか。

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