28.雨が好きな2人

淡島 宏(あわしま ひろし)と城野 裕太郎(じょうの ゆうたろう)は結論付けた。恋人が出来ると世界が変わるらしいけれど、僕たちはそうじゃないらしい。


2人はいつだって意見が合うし、意見が合うときは殆どの場合で正答に辿り着ける。化学部顧問から貰った課題でもそうだったし、一年後に控えた大学試験を2人で解いた時もそうだった。部室のPCで歴史シュミレーションゲームをやるときだって、2人の意見を一致させると最大限の成果を出すことが出来た。ということは、今回のこれも正しいのだろう。


化学部の部室は雑然としている。コンクリ打ちっぱなしの六畳部屋に、長机とパイプ椅子が4脚。壁は一面棚になっていて、実験器具、本、卒業した先輩が自作PCに使った部品が詰め込まれていた。元々は体育倉庫として使われていた部屋で、狭い上に窓は一つしかない。電源コンセントがあるのは奇跡だ。一般的には快適と言えない環境だが、2人はこの部屋が好きだった。放課後はいつもここで勉強・ゲーム・アニメ・映画鑑賞をして、時には仮眠を取った。「こんな落ち着く場所はない」それが2人の結論だった。2人でいつまでもこの場所で遊んでいたい。そんな思いが芽生えたとき、まず裕太郎がこれを恋だと認識した。

そして告白は、将棋をしながら行われた。

「宏、勝負の途中にすまない。ちょっと質問していいか?」

「うむ。構わない」

「恋人に求める条件は何だ?」

「奇遇だな。似たようなことを僕もここ数日考えていた。ちょうどいい。裕太郎、まず君の意見を聞きたい」

「まず一緒にいて、ストレスがないこと。次に楽しいこと。尊敬できること。付け加えると、性的な意味でも関心が持てること」

「うむ。同じだ」

「意見が合った。ということは、たぶん正解だろう。ちなみにだが、今の君にそういう相手はいるか?」

「いる」

「誰だ?」

「お前だ、裕太郎」

「同性愛?」

「うむ。そうなるな」

「なるほど。宏、実は僕もそうなんだ」

「ということは、これは告白か?」

「そういうことだ。つまり両想い。これで恋人同士だな」

「うむ。そうなるな」

その言葉を最後に、2人は将棋に戻った。双方無言のまま、パチンパチンとプラスチックの駒を打ち合う。――と、裕太郎が時計を見てから言った。

「宏、僕らは恋人になって既に5分が経過した。それについて何かいつもと変化を感じるか? ちなみに僕は何も感じないが」

「うむ。僕もだ」

「君もそうか。恋人が出来ると世界が輝いて見えると聞いたけれど、全く何も変わっていない。いつもの景色だ」

「うむ。全くいつも通りだ」

宏の答えを聞いて、裕太郎は改めて辺りを見渡した。やはり特段これと言った変化はない。もちろん物理的に輝きだすとは思っていないが、気持ちには全く変化が生じない。胸も高鳴らないし、ただストレスがゼロなだけ。ストレスがゼロなのはいつも通りだ。こうも心情に変化がないと、逆に不安になる。

「宏、質問だ。世間では散々『恋をすれば世界が変わって見える』と言われている。僕らだけ当てハマらないなんて、おかしいと思わないか?」

「うむ。確かにおかしいな」

「もしかして、これは恋ではないの――」

「いや、恋だろう」

宏が言った。

「さっき話した定義に沿うなら、僕たちは恋をしている」

「しかし君も僕も、何も変化を感じていないのだろう?」

「うむ。何も感じていない」

「だったら、僕たちはおかしいのか?」

「うむ。おかしいだろうな。逆の視点から言えば、世間がおかしいとも言える」

「それは、また随分と大きく出たな」

「うむ。しかし君と僕の意見が一致したとき、それは殆どの場合において正解だろう」

「たしかに」

「だったら、それでいい。違うか?」

「違わない」

そのとき、部屋がふっと暗くなった。たった一つの窓から注いでいた日光が消えたのだ。宏は立ち上がると、窓の前に立った。

「裕太郎、来てみろ」

窓からは空と運動場が見える。空はどんよりとしている。今すぐにでも一雨来そうだ。一方の運動場では、野球、サッカー、ラグビー部の連中が、不安そうに真っ黒な雲を見上げている。宏も空を見上げ、

「裕太郎、いい天気だな」

「ああ」

裕太郎はその通りだと思った。子供の頃から、彼は雨が好きだった。

「今日は朝から乾燥気味だったが、これで湿度・温度は適切な値になった。このまま曇り空が続くといい。僕は晴れてる空は苦手だからね」

「うむ、僕もだ。何故みんな青空を喜ぶのか、理解できない」

「僕らとは違う人間だってことだろう」

「うむ。そうだろうな」

「僕らの意見が一致した。だったら、恐らく正解だろうな。僕らは世間と違うようだ」

「うむ。それでは、将棋に戻ろうか」

「そうしよう」

やがて雨が降り始めた。2人は黙って将棋を打ち続け、宏が勝つと今日の化学部の活動を終わりにした。そしていつも通り、帰り道で負けた方(裕太郎)が晩飯の牛丼を奢り、それぞれの家に帰った。

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