23.それはそれ、これはこれ

3年前。その世界に魔王が現れた。

魔王は人間であったが、この世界を司る魔法の力、すなわち「魔力」が尋常ではないほど強く、尚且つ異様に高い身体能力を持っていた。その力はもはや人とは呼べず、突出した力ゆえに、幼少の頃から多くの人間に恐れられ、疎んじられ、憎まれた。この人間の憎しみに曝された過去が、本当の意味での魔王の親である。35になった彼は、社会の辛酸を舐め尽くし、この世界をブチ壊すと決意、土から作ったゴーレムを率いて、世界の全てを敵に回して戦争を始めた。

圧倒的な力を持つ魔王。無限に湧き出る兵。強大な力を前に、人類は苦戦を強いられた。しかし、人間離れした力を持って生まれたのは魔王だけではなかった。

勇者ロイはその筆頭である。若干16歳にして剣技を極め、魔法を極めた。

そのロイと互角に戦える者が3人いた。

戦士・ドケン。21歳。剛健な肉体と、しなやかな剣の腕を併せ持つ。戦うために生まれてきたような男である。

賢者・ウィズ。19歳。銀髪をなびかせ、まるで詩を詠むように軽やかに、時に死人すら蘇らせる。治癒魔法の使い手である。

魔法使い・セパル。ロイと同じ16歳。持って生まれた魔力は魔王と同等。幸運にも恵まれ、彼の親はあらゆる憎しみから息子を守り抜いた。そして少年は、この世界で魔王の次に巨大な魔力を持つ男になった。

ドケン、ウィズ、セパルは、ロイと共に魔王に戦いを挑んだ。並みいるゴーレムたちを倒し、陥落した街を奪還し、魔王の居城へ斬り込んだ。やがて長い戦いの旅を経て、遂に対峙したのである。この世界を滅ぼそうとする魔王に。

「敵ながら感心したぞ。貴様らのような弱者たちが、我が玉座までやって来るとは」

魔王の言葉には、余裕があった。

「来客は数年ぶりだ。楽しませてもらおう」

魔王が玉座から立った。彼は武器は持っていないが、それは彼の力に耐えられる武器がないからだ。格闘術と魔力の併用。それだけが魔王の戦う術だが、それだけで完璧だったのだ。

だから丸腰の魔王が立ち上がっただけで、ロイのパーティ全体が緊張に震え上がった。彼らは勝つ自信があったが、同時にタダで勝てるとは思っていなかった。そのことを再確認したのだ。「この男は強い。4人が力を合わせなければ勝ち目はない」と。

「さて、貴様さを皆殺しにする前に、一つだけ聞いておくとしよう。無益な戦いよりも、私の部下にならんか? 特にロイよ、貴様は私と共にいるべきだ」

「てめぇ、何言ってやがる! ロイはオレたち勇者だ!」

ドケンが吠えた。

「くだらん説得は死んだ後で聞いてやる」

ウィズが魔王を睨みつけた。

「ロイ、君は……」

セパルは少しだけ不安そうに、ロイを見た。そして――。

「断る。オレはお前の、魔王の仲間なんかにならない」

力強く言い切ったロイを見て、セパルは笑顔を浮かべた。

「オレは正義のために戦ってきた。これまでオレの正義を信じてくれた皆の為に、オレは、全ての力を尽くして、魔王! あんたを倒す!」

ドケンもセパルも笑顔を浮かべる。3人は、これから死闘が始まると分かっていた。死ぬことも覚悟していた。それでも笑わざるをえなかった。自分たちは最高の勇者と共にいる、その事実に。

一方、魔王は不満そうにロイを見た。

「貴様は何も分かっていない。貴様は正義の為に戦ってきたと言ったが、それは大きな間違いだ」

「天下の魔王が『貴様には貴様の正義がある』などと、ほざくつもりか? 呆れたものだな」

ウィズがすかさず返すが、魔王は首を横に振った。

「そんなくだらん話はしない。貴様らが戦っているのは、正義の為ではないだろう?」

「どういう意味だよコラァ!」

怒鳴るドケンを一瞥もせず、魔王はロイを指さした。そして――。

「ロイ、貴様は鏡で自分の顔を見たことが無いのか?」

「な、何の話だ!?」

「勇者よ、貴様は美少年だ」

「へ?」

ロイの輝く大きな瞳が、さらに大きくなった。魔王の吐いた意外な言葉に、黒い前髪が軽やかに踊る。彼は単に驚いただけだが、その瞬間に辺り一帯に爽やかな風が吹き、同時に果実を剥いたような甘い香りが広がった。

しかし、ロイはそのことに気がつかない。突拍子のない言葉には驚いたが、すぐに倒すべき悪を睨みつける。

「急に何を言いだすんだ! 魔王!」

「貴様、本当に気がついていないのか? 貴様は顔がいいのだ。正直、貴様を見てから私の胸も、こう、何というか、何故だか高鳴るのだ。つまり……ドキドキする」

「だなら何の話だ!」

「貴様は顔がイイと言っているのだ。私が思うに、貴様の仲間たちは、貴様に惚れてついてきた。そして内心では貴様と恋人になり、貴様を独占したいと思っている。たとえ仲間を傷つけたとしても。違うか?」

魔王の問いかけに、勇者ロイは声を荒げた。「顔だって? そんなバカな。みんなと数々の死線を潜り抜けてきた。それは全て正義のため、この世界を良くするためだ!」

そしてーー。

「そんなわけないだろ! みんな!」

しかし振り向くと……。

戦士は目線を逸らし、賢者は気まずそうに俯き、魔法使いは気まずそうに頬を指で掻いていた。

……あれ? んんん〜〜〜〜?

勇者は戸惑い、パーティに聞き直す。

「みんな、どうしたの?」

一方、魔王は堂々とした態度で語る。

「戦士のドケンよ。貴様に問おう」

「な、なんだよ?」

「貴様は勇者をエロい目で見たことはないと、私の目を見て断言できるか?」

魔王の問いかけに対し、戦士は――

「……くっ!」

迷いを見せた。

そして勇者は思った。

「え? 『くっ!』って何?」

魔王は次に賢者に尋ねた。

「賢者ウィズよ。貴様は勇者の体の傷に触れるたび、劣情をもよおしていないと言えるか? 媚薬の一つも盛ろうと思ったことはないのか? 答えてみよ」

「チッ」

――「チッ」? 賢者の舌打ちに、ロイは思い出した。「媚薬? そう言えば旅の途中で高熱が出たとき、やけにウィズが綺麗に見えて、凄くドキドキしたことがあったけど、もしかして、あれ……?」

勇者の疑問を置いて、魔王は続ける。

「魔法使いのセパルよ。貴様は心を奮い立たせるとき、勇者の顔をまず脳裏に浮かべていないか? より正確に言うなら、ロイの前でいい所を見せたい、その気持ちだけで戦って来たのではないか?」

「それは、あるというか、無いというか、時と場合によるというか……ゴニョゴニョ」

勇者は思った。「せめてハッキリ答えてくれ! 優しいセパルらしいけれど!」

魔王は笑った。

「勇者よ、これが真実だ。人間は己の欲で動く。貴様の言う正義の心ではないのだ。仮に私を倒したとして、その後には何が待っていると思う?」

「……何があるって言うんだ?」

「賭けてもいい。そこにいる連中が貴様を巡って修羅場を繰り広げるぞ。そして貴様は、人間の醜さを知るだろう。そんなくだらん連中と一緒にいるのではなく、私の部下となれ」

「オレは……」

「いい加減に黙りやがれ!!」

ドケンが吠えた。

「魔王! てめぇの言う通りだ! 確かにロイと仲間になったのは、こいつの顔がいいからだ!」

そうなんだ……! パーティ結成数カ月目、ロイは初めてそのことを知った。

「お前が言った通り、エロい目でも見た! って言うか今も見てる!!」

こいつ完全に開き直った!?

魔王を含む、その場にいた全員が驚嘆した。

「正直、最初はここまで来れると思ってなかった! 途中で何となく解散して、そのままロイと2人でどっかに行くみたいな、そういう感じかと思った! でも、ここまで来ちまったら……それはそれ! これはこれだ! 俺は仲間と一緒に世界を救う! お前の悪行は見逃せねぇ!」

あっ、それくらいのテンションでここまで来たんだ……ロイは初めて出来た仲間が今まで隠していた想いに少しだけ驚いた。

戦士の叫びに、賢者が続く。

「……その通り。私もロイの顔に惹かれた。美しい、天使のような顔に。彼を私のものにしたくてこのパーティに加わった。それは今でも変わらない。ロイの寝顔を毎朝、ベッドの上で見たい。だが……! それはそれ、これはこれだ。貴様の悪を許す理由にはならん」

ベッド? 寝顔? 気になる単語が頻出したが、ロイが詳細を聞く前に、魔法使いが声をげた。

「ボクだって……同じ気持ちです! まずは顔でしたけど、みんなと一緒に旅するうちに、ロイの中身も好きになった。みんなに負けないくらいロイが好きだ。でも、それはそれ、これはこれ! 世界を救うためにお前を倒す! そして、ロイと付き合うんだ!」

仲間たちの気持ちは今一つになった。かつてない3人の一体感に、勇者は今まで幾度も経験した心強さを感じた。

みんなの心が一つになる、この感じ……そうだ。オレたちはいつだってこうやって一緒に戦ってきた。かけがえのない仲間じゃないか。たとえ始まりが正義の心じゃなくても、未来に修羅場が待っていても。それはそれ、これはこれ。今オレたちがやるべきことは一つのはず。だから……!

「魔王、お前が言ってることは正しいかもしれない。人間は酷いことだってする。都合の悪いことから目を逸らす。あと、動機が不純な時もある!でも、それでもオレは、人間を守りたい!!」

ロイは剣を抜く。それを合図に、各々が各々の武器を構える。

「だって、それはそれ! これはこれだから!」

魔王もまた構えを取り、その目に殺気を宿した。

「愚かな。では貴様らを皆殺しにして、ロイは私の恋人にする!」

さらっと魔王は新しい野望を口にしたが、ロイが発するべき言葉は変わらなかった。

「行こう! みんな!」

一丸となった男たちは、魔王へと立ち向かう。そして激闘の末に勇者は魔王を打ち倒し、3年に渡った人と魔の争いに終止符を打った。

なお、勇者パーティの修羅場はそれから10年続くことになったが、それはそれ、これはこれである。

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