18.オレ様ロボット

彼は知ることが好きで、学ぶことが好きだった。未知に接し、解き明かすことを愛していた。子どもの頃に足し算を知った時の快感は忘れられない。1足す1が2になると言うが、彼はもっと本質的な答えを知りたがった。何故2になるのか?  そもそも1とは何なのか? 彼は知るために学び始め、幸か不幸か、彼の脳味噌には彼の探究心に応えるだけの力が秘められていた。

そして19歳になると、彼は1+1が2になる理由だけでなく、アメリカの最先端ロボット技術の研究所へ自由に出入りし、誰にも邪魔されず人工知能付きの二足歩行ロボットの研究に没頭できる環境を与えられた人間になっていた。

岡本 翔也(おかもと しょうや)。19歳。ドがつく近眼のため、瓶底のような眼鏡をかけている。栄養が全て脳に行ったせいか、身長は152センチ、体重は49キロとかなり小柄だった。髪は常に寝癖でボサボサ、汚れ放題の白衣を愛用していた。

翔也はこの日、歴史的な瞬間を迎えようとしていた。それは神の領域に達する行為。すなわち、この手で「人間ではないが自ら思考・行動し、なおかつ人間と同じ能力を持つ存在」を作り出すことだ。

翔也の研究室の中央には、裸の男が寝ていた。しかし、それは男であって人間ではない。翔也が組んだ人工知能を搭載し、機械の体を人工皮膚で覆った、完璧な人間型ロボットだ。かつて1+1が2になることに疑問を持った少年は、遂に歴史的偉業を成し遂げたのである。ただしーー。

「ククク、ハッーハッハッハッ! やっとだ! やっとこの日が来たぞ!  低レベルな人間どもでなく、僕と同レベルの新たなる人類の誕生!  ついに僕は神になった!」

翔也は色々な意味で拗らせていた。さらに。「これまで僕のことを無視して来たイケメンどもめ! ざまぁみろ! お前らの時代は終わりだ! 僕が作り出した彼こそが、史上最高のイケメンであり、僕の恋人! イケメン人間どもめ! お前たちは全員過去の遺物だ! 僕は恋人と共に歴史に名を刻む! ハーッハッハッハッハッツ! 」

若干、動機も不純であった。翔也は壊滅的にモテなかったが、モテたいという気持ちは強かった。その感情的な捻じれがモチベーションになり、世界初のセクサロイド開発へと繋がったのだが。

翔也は今一度、自身が生み出した理想の男を見つめる。

美しい……そう溜め息をつく。

顔の作り、スタイル、微細な毛穴まで、全身全てが自分の理想通り。完璧な恋人だ。そして勿論、翔也が作り上げた人工知能も。自分という人間を主観的に、そして知り合いの心理学者の協力を得て分析した上で、自分にとって完璧にマッチする「人格」を宿している。宇宙の誕生に関する話から、紅茶の好みの温度まで、全てが合致するはずだ。

あとはスイッチを押すだけ。そうすれば動き出すのだ。完璧なる恋人が――。

「さぁ……目を覚ませ!」

翔也がスイッチを押した。無機質な機械音が響くが、数秒後――

「……ふわぁ~」

欠伸が響いた。翔也ではない。目の前に寝そべっている全裸の男、世界初の人間型ロボットである『彼』が発したのだ。

「起きた! 起きたぞ! 成功だ!」

翔也はその場で万歳三唱。己の偉業を称えた。

僕はやったんだ。理想の恋人を手にして、歴史に名を残した。やはり僕は超天才だ――

感動に打ち震える翔也。しかし、肝心の『彼』は、寝起きの人間同様、目をこすりながら言った。

「むにゃむにゃ……。何だよ、うっせーな」

――は? 「うっせーな」?

翔也が『彼』を見る。すると『彼』は不機嫌そうに呟いた。

「何だよ? こっちは寝起きなんだよ。デケェ声出すんじゃねーよ。瓶底メガネ野郎」

翔也の脳内で電撃が走った。すぐさまうつむき、思考を巡らせる。この状況を一旦整理しなければ。

「瓶底メガネ野郎」だって? こいつは今、僕を侮辱したぞ。僕の理想の恋人が、僕に全く似つかわしくない粗雑な言葉を使い、おまけに創造主たる僕を罵った。おかしい、おかしいぞ。こんなことはあってはいけない!

「きっ、君は……ひゃぁぁ!?」

翔也が顔を上げると、『彼』の顔がすぐ近くにあった。文句なしに美しい。あまりの美しさに翔也は思わずのけぞってしまった。

しかし、その美しい顔の艶めかしい唇からは、翔也が忌み嫌う粗雑な言葉が飛び出す。

「お前……誰だか知らねーけど、タヌキみてーな顔してんな」

「た、たぬっ、たぬきだって!? 失礼な! 僕は君の創造主であり、君をイチから作った人間だぞ!」

「ソーゾーシュ? 何だそりゃ?」

「君を作ったんだ! 分かるだろう!? 初期プログラムにきちんと仕込んだはずだ!」「知らねぇよ。つーか、お前さ」

『彼』の手が伸びる。翔也のボサボサの髪を撫で、後頭部を撫でると……

「んんっ……!」

翔也にキスをした。ちなみに翔也にとってファースト・キスにあたる。

「~~~~~~~!?」

翔也は不思議な声を発した。驚き、羞恥、怒り、悲しみ、喜び、それらが全てない交ぜになった、もう二度と出せないような声だ。そして反射的に――

「や、やめろ!!」

翔也は叫び、『彼』の頬を叩いた。

「は、はぁ、はぁ、何をするんだ!」

肩で息をしながら、翔也は『彼』を叱責する。同時にある確信を得た。

間違いない。認めたくないが、僕は何かミスをしたんだ。こんなの絶対に間違っている。こんなヤツが理想の恋人のわけがない。

一方、『彼』は叩かれた頬をさすりながら、微笑みと共に呟いた。

「へぇ、おもしれーヤツだな」

「なっ、何が面白いんだ! いきなり、こ、こんな! こんな乱暴な真似をするヤツがあるか! いいか、こういうことは段階を踏んで、ゆっくりと、段階を踏んで……」

「関係ねーよ。お前のことなんてさ。つーか今のキスでオレに惚れたろ?」

「は、はぁ!?」

いよいよ間違いない。こいつは不良品だ。何を、どこでどうミスったか分からないが、こいつには重大な欠陥がある。見た目は完璧だが、思考回路は破綻しているし、何より僕の恋人として不適格だ。

「バカを言うな! あんなキスで惚れるわけないだろ!」

「ウソつけよ。さっきの感触、きっと一生忘れられないぜ? 何せオレのキスなんだからな」

「そんなことあるか!」

「だったら、もう一回やってみようぜ。そのまま最後まで行ってもいいし」

そう言うと『彼』は翔也を抱きしめた。力強く、甘い抱擁。『彼』はその身に纏う匂いまで完璧だった。

しかし、翔也は悲鳴を上げる。欠陥品に抱きしめられているのだ。何をされるか分からない。

「ひっ、何をする……!」

『彼』は翔也を見下ろしながら、まるで軽い冗談を言うように続けた。

「何をするって、分かってんだろ? もう一回キスをして、セックスをするんだ」

「セッ……!」

「心配すんな。全部オレに任せな。最高に気持ちよくしてやるから――」

「ダメに決まってるだろ~!!」

翔也は全身全霊で『彼』の腕から脱出しようとする。『彼』は人間と同程度の力しか持たないが、体格は明らかに翔也より上。普通にやれば脱出できない。絶望的――に思われた。しかし、『彼』の抱擁は、拍子抜けするほどアッサリ解けた。

そして数秒の沈黙後、『彼』はポカンとした顔で翔也に問いかけた。

「何でダメなんだ?」

「そりゃダメだろ! いいか? 僕の理想の恋って言うのは、きちんと手順を踏んだ清純なものだ! 一緒に本を読み、勉学の話をして、気持ちが重なり合ったとき、キスをして、それで、その後に、そういう雰囲気になったら……そういうことに……ゴニョニョ」

翔也は不純であったが、経験不足ゆえ、ある程度は純粋であった。

しどろもどろになる翔也。ゴニョゴニョと喋り続ける彼に対し、『彼』は朗らかな笑い声をあげた。

「ハハハ、めんどくせーヤツ。お前の相手は、また今度してやるよ」

そして『彼』は研究室にあった古い白衣を摘まむと、マントのように羽織った。そしてドアノブに手をかける。

「待て! どこへ行く気だ!?」

「出かけてくる。この部屋にいても、お前をからかう以外に面白いことなさそうだし」

「な、何だと!? ここは人類の英知の結晶だぞ! 最先端技術が全て集まっている私の城だ! それを面白くないなんて!」

「あー、はいはい。暇な時に聞くわ」

「待て! 私は創造主で――」

「だから知らねーよ。またな」

そう言うと『彼』は出て行った。残された翔也は、しばし呆然とした。頭が上手く回らなかった。

しかし、そこは天才である。翔也は急速に色々な物のショックを排除し、正常な思考を取り戻した。

僕は失敗した。『彼』は明らかに失敗作だが――どこだ? いったい、何をどう失敗したんだ? 分からない、分からないぞ。答えがどこにあるのか、見当もつかない。何でこんなことに……いや、待てよ。

ハッと翔也は天を見上げる。研究室の天井。しかし、その先にある何かを感じた。

これは前例もない、完全なる未知の事態。あるいは『創造主』という神の領域に挑戦した人間への、神からの試練だ。『彼』は言わば完全なる未知の領域が服を着て歩いているようなもの。

翔也は深く息を吐いた。

調べなければ。自分が何を失敗したのか。どこでどんなミスをしたのか。どうすれば完璧な成功に達することができるのか。この未知なる問題を解かねばならない。『彼』の位置は発信機で分かるし、『彼』は「またな」とも言った。恐らくここに戻ってくるのだろう。再び話すチャンスはあるはずだ。『彼』をもっと知り、『彼』を学び、『彼』を解き明かしたい。だからまた『彼』に会いたい。

翔也の胸が高鳴った。彼は知ることが好きで、学ぶことが好きだった。未知に接し、解き明かすことを愛していた。それは、まるで理想の恋をしているようなーー。

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