10.雨が止む頃、僕たちは
氷のように冷たい雨が降っていた。千の針のような氷雨に晒されながら、一つの傘に、
「助かったわ、ありがとな」
「気にすんな」
2人の高校生が寄り添って歩いている。傘の持ち主、片桐 健斗(かたぎり けんと)と、彼が傘に招き入れた萩原 和義(はぎはら かずよし)だ。
「この時期の雨はキツイから、さすがに放っとけん。降られたら風邪引くわ」
「やっぱ持つべきもんは友だちやな。お礼に缶コーヒーでも奢ろうか?」
「いや、いらん。それよりもっと中に入り。肩、濡れてるぞ」
「おお、マジだ」
とりとめのない話をしながら、2人は家路を歩く。
健斗は辺りを見渡す。静かに振り続ける氷雨。そのせいか、気温は今この瞬間も下がり続けているような気がした。雨に降られたなら、きっと風邪を引くだろう。和義を拾えて良かった。こいつの家まで、あと10分くらいか。
「静かやな。誰もおらんわ」
和義がそう言った。
たしかにその通りだった。もともと人通りが少ない道だし、こんな冷たい雨の中、出歩く者はいないだろう。それに2人は学校をサボって帰っている最中だ。帰宅途中の連中とかち合うこともない。
「なんなん、ロマンチックやん。俺と健斗の2人きりで相合傘や」
和義が笑った。だからーー健斗は思いついてしまった。本当は、もしかしたら一生、胸に秘めていようと考えていたことを。
「和義、あのさ。悪いけど、ちょっと止まってくれるか」
「どしたん?」
雨は降り続けている。なのにーー。
「オレ、お前が好きだ」
そう口に出したとき、健斗は雨が止んだように思った。
「友だちとかやない。もっと、好きだ」
溢れ出しそうになる想い。それをできる限り抑え、健斗は懸命に言葉を紡ぐ。知ってほしい、伝えたいからだ。
けれど、すぐに健斗は気がついた。和義の顔には、既に返答が浮かんでいたからだ。言葉に出されなくても充分なほど。
「ごめん、やっぱ1人で帰るわ」
和義にそう言われたとき、健斗は膝が震え出すのを感じた。悲しいのか、それとも思いつきで今この話をした自分への怒りか。
「オレそういうの分からん。でもお前は友だちやから、これ以上この話はしたくない。お前にも悪いだろうし」
絞り出すような和義の言葉。健斗はそれが本音で、彼が心から自分を傷つけたくないと思っていることを察した。けれど、だからこそ、健斗は俯くしかなかった。足元に線が引かれた気がしたから。その線は永久に消えることがないような気がしたから。
「……雪」
和義が言った。
健斗は顔を上げ、空を仰ぐ。
雨は止み、雪に変わっていた。優しく乾いた白い雪が、辺り一面を瞬く間に白へと染め上げていく。
もう濡れる心配はない。
もう一緒にいる必要はない。
和義は言った。
「もう傘は大丈夫だから。そろそろ家も近いし、オレ、走って帰るわ」
「ああ」
待ってと言えたら、どれだけ楽だろう。でも、そんなことは言えない。これ以上は何を言っても仕方ないから。今よりもっと悪くなるだけだから。
「明日も、また学校で」
「ああ」
和義は健斗の傘から出て、駆け出して行く。雪はさらに勢いを増し、立ち尽くす健斗を包み込む。彼はただ見ていた。自分から離れて行く背中を。雪の向こう、白の彼方へ消えてゆく背中をーー。
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