第11話 フレンドリーファイア※
※戦闘描写入ります
雨で冷えた湿気混じりの空気。
昼はあれだけ暑かったと言うのに、日が落ちた途端、肌寒くなった。
それもこれも、止まない雨のせい。
けれど今は雨粒の一滴すら浴びてはいない。
彼女に腕を引かれ、繁華街の路地裏へ降りる時。
もう少しで地面に足が着くと言う時だった。
時々彼女は耳に触れ、呟いている。
恐らくは耳に付けた無線機越しに目的地の近くまで来た事を伝えているのだろう。
ふ、と重力の重さを感じると共にバランスを崩し掛けた私の腕が引かれる。
彼女の顔がぐんっと近付く。
拍子に雨合羽のフードが外れる。
一気に広がる視界。
一瞬、彼女の美しさに見惚れた。
「雪見せn――――」
パァンッッ
ぽつぽつと頬に掛かる雨。
耳元で彼女の呟きが聞こえる。
「フレンドリーファイア、か」
カランッ
私を引き寄せた右腕とは逆の伸ばしていた左腕の先、掌の向こうでひしゃげた銃弾が地面に落下する。
その瞬間認識した。
雨が降っているとはいえ、この繁華街での――――――銃声。
驚きと緊張と共に硬直、この音に気が付いて誰かが見に来るのでは、と言う懸念。
安心させるようにか、私の肩をギュッと抱き寄せる彼女。
彼女が銃弾をどうやって防いだのかは分からないが、私は庇われたのだろう。
彼女の視線の先を見ると、雨と暗闇で視界が悪いと言える中で黒と白で纏められたスーツ姿の男が拳銃を構えているのが辛うじて見えた。
男の首元までは見えなかったが、この様子だと目の前の男も操られているのだろうか。
「まさか……」
「
私達の物理的な距離の近さの為か、雨の音よりもよく聞こえる彼女の声。
私を抱き締めたまま、男から視線を外す事なく彼女は前に出していた腕を落とす。
途端、男が地面に崩れ落ちた。
ドシャアッ
そういう音がよく似合う崩れ落ち方だった。
で、あるにも関わらず男に意識はある様だ。
「────す」
何かを呟く男。
同時に目の前の彼女の表情が固まる。
あの距離で男の声が聞こえたのだろうか。
と、思ったらどうやら違ったらしく、彼女は忌々しげに耳元から無線機を外した。
「上代さん、悪いけれど少し付き合ってもらえるかな。
どうやらそこの彼は僕らをどうにかしたいみたいだからね」
無線機を水溜まりに落とす。
無線機が小さな電流を迸らせショートする。
ガチャンッッ
ピ――――ッ
ブツッ
ここからでは小さいながらも、音具合から耳元で聞いているであろう相手には耳の痛い音が響いた。
「うわあぁっっ」
どうやら無線機の相手は彼だったらしい。
それを確認して足で踏んで粉々に壊す彼女。
私はそれを見届けると、外れていた雨合羽のフードを目深に被る。
「分かりました」
手を繋いだままの彼女はどうやら私と手を離す気は無いらしく、手元が緩んだと思ったら繋ぎ直された。
私の掌にある傷口が雨に濡れて少し滲みる。
未だ地面に押し付けられる様に倒れている彼の元へ着くと拳銃を蹴る。
そしてしゃがみこみ、片手で彼の顎を掴み持ち上げる。
「上代さん、どうやら彼は正気には見えないのだけど」
「はい、操られているのだと思います。
あの子も、そうでしたから」
「催眠とかの類い?」
「はい。ですが通常の催眠でしたら大きな衝撃、先程の無線機を壊す様な音や物で覚醒する筈です」
「覚醒した様子は、無いね」
「そう、ですね」
「彼の催眠は普通の物ではないのか?」
「…………はい」
「対処法は知っている?」
「ある場所から一定量の血を流す事ですが、その方法だと貧血や出血死の可能性もあります」
「その方法しか無いのか?」
「はい、今のところは
彼の死が都合が悪いのでしたら、一度意識を狩る方が簡単ですけれど」
先程から彼に小さなダメージを与えてはいるけれど攻撃はせず、防御と押さえ付ける事だけをしてきた彼女には酷な事を言っているのかもしれない。
「…………」
「刃物があればもっと良いのですが、仕方ないですね」
私はそのまま周囲を見渡す。
明確に刃物は無い。
けれど、代わりになる物はあった。
転がっている酒瓶だ。
「運が良ければ彼も死にはしないでしょう」
私は酒瓶を割り、破片を手にする。
微かに震える手。
滑らない様にと少し強めに掴むと、破片が食い込み私の掌から血が滲む。
シルビアに、手当てをしてもらったばかりの掌から。
もう片方の手は変わらず彼女の手の中なので、破片を持ったままの手で彼を傷付けない様に顎を傾ける。
暗闇にも慣れてきた視界の中、彼の首筋を見るとシャツが滲んでいた。
恐らくは、血で。
そこに破片を添える。
雨が降り続けるここは既に肌寒い。
そんな時にこれ以上、血まで流したら彼の体温は奪われていくばかりなのだろう。
「上代さん、待って」
彼女の言葉と共に、腕を引かれた。
勢いで尻もちを着く。
彼の傷口がどうなったかは知らないが、私の手に破片は無い。
繋がれたままの手の先を見ると、押さえ付けていた物が消えたのか彼は拳銃すらも持たないまま彼女に襲いかかっていた。
バシッ
私を庇っていても彼女は、不意を打たれる事無くギリギリの所で腕で彼の拳を逸らしていた。
「はっ、操られていても知性はあったか!」
忌々しげにそう言った彼女は尻もちを付いて呆然としていた私を一時的に浮かべ、立たせる。
そして一気に、腕を振り抜いていた。
ドッ
気絶するには充分な威力の拳が、彼の腹に沈みかけていた。
「…………お見事」
彼女の身体能力に驚き、その言葉しか出てこなかった。
前のめりに倒れる彼を片腕で抱き込み、彼女は振り返る。
「お待たせ。彼を拘束するから手伝ってくれる?」
そう言って繋いでいた私の手を離す。
その時、私の心臓がドクンッと一際大きく鳴った。
手が離れた事で私の安全も確実では無くなったからか。
不安感が押し寄せる。
先程から息が止まりそうな程に心臓に悪い事が連続している。
このままでは私の心臓が持たない。
それでも、息を吸うのを忘れてはならない。
息を吸う、吐く。
意識して呼吸をするその度に心臓が痛い。
胸元に手を置かなくてもバクバクと早鐘を打っているのが分かる。
「上代さんっ!」
雨の音と落ち着かせたばかりの息。
彼女の焦った様な声が聞こえる。
私に、濃い影が差す。
誰かが来る様な気配なんて、私には感じなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます