第8話 にゃあ
強い雨が窓を叩く。
窓の外では時々ゴロゴロ……と雷の音が近付いていた。
締め切ったカーテンの外から聞こえる音で、辛うじてそれだけがわかった。
戸惑っている様子の
「諦めが肝心」とはこういう時に使う言葉なのだろう。
「奏澄、見たのですね」
「ごめんね」
「寝てしまったのは私ですから、仕方ありません」
「そうかな」
「えぇ、そうです」
私は諦めて、膝上の
腕の中の猫は眠たげに私を見ると、高い声で甘える様に一鳴きした。
にゃあ
それから喉元を
まるで普通の人馴れした家猫の様だ。
散々、奏澄に色々見せた後である事すらも忘れている様な呑気さだ。
「おはよう、説明の為に変化してください」
にゃーーーー……
返答は返されたが、態度がめんどくさいと言わんばかりだ。
てしっ
前足で唇の端に猫パンチされてしまった。
いや、猫パンチされても可愛いだけで惑わされたりはしないだろう。
可愛いだけで。
そんな事を思っている間にも、呑気に後ろ足も一緒に伸ばして伸びをしている。
私の唇と頬に当たる足も増えた。
「む……」
困った。
腕の中の猫は眠たげに欠伸をしていた。
我関せずと言った感じだ。
「あれ、さっきと違って、普通の可愛い猫にしか見えないね」
奏澄が
即座に人の形に変化する。
ベルベットの真っ赤なリボンで結ばれた艶やかな黒髪が緩く結ばれたツインテール。
睫毛は長く、瞳は深紅色で猫の姿の時より瞳の色は深い。
そして、赤色が映える黒のゴスロリを身に纏って居た。
その姿は先程、奏澄が目撃した少女であった。
そして、威嚇する様に奏澄を睨む。
猫の姿で爪を出して引っ掻く事も出来ただろうに。
酷く、優しい子だ。
「気安く触るな」
舌っ足らずな高い声が聞こえた。
彼女はそれでも威嚇の為に低い声を心掛けているのだろうが、可愛らしい、高い声だった。
「こら、シルビア」
それでも、態度は生意気であったのでせめて言葉だけは叱る。
「シルビアちゃんて、いう名前なんだね
可愛い」
奏澄もシルビアの態度に気にした様子は無い。
和やかな雰囲気を仕切り直す為に、シルビアに問い掛ける。
「シルビア、私が寝てる間――……「お湯が沸いたから紅茶を入れたの」
食い気味に返された。
「えぇ、熱々の美味しい紅茶を頂いたわ」
同意する奏澄の指差す先には紅茶が入ったマグカップ。
「それに唯のおててが痛かったの
だから消毒してガーゼ当てたの」
「おてて……」
肩震えてますよ、奏澄。
ごほんっ
「状況は分かりました
では次は、私が説明をする番、ですね」
私がそう言うと、奏澄はハッと顔を上げた。
それが一番知りたかった事の様に。
シルビアは何かを察したのかキッチンに引っ込んでしまう。
それから私は奏澄に今日の放課後に起きた事を話した。
「奏澄と別れてから、教室が暗くなるまで宿題を片付けていたんですが、暗くなって暫くしても教室に戻って来なかったので職員室に迎えに行ったんです」
「えっ、遅くなってごめん」
いえ、それは私が勝手に動いた事なので。
私は奏澄に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で答えた。
暗闇は嫌いだし怖いけれど、教室の電気を付けて待つほど私は目立ちたがりでは無い。
他にもぐだぐだと頭の中で連ねている理由を口に出しそうになる。
けれど奏澄は冷めかけの紅茶を片手に、苦笑いしながらも私に続きを促した。
「それから保健医の先生にもお会いしたのですが、奏澄は居ませんでした。」
「きっと、私が生徒会の手伝いしてた時だね」
「そうだったんですね
その後、下駄箱に行って奏澄の靴の有無を確認したんです
そうすれば奏澄と行き違う事も無いだろうと思ったので」
「え、じゃあその時に」
「はい。
「ニュースでも通り魔事件があったばかりなのに、よく私が行くまで無事だったね」
それは私も謎ですが、あの子の顔をよく見つめていた時に奏澄が来たのは確かなのだ。
説明を終えると、思い出した様に雨音を近くに感じた。
膝元の消えた温もりを寂しく感じていると、軽い足音が聞こえた。
「にゃあ」
シルビアが私の為に甘い紅茶を用意してくれていたみたいだ。
私の両手の手当てをした事をもう忘れたのだろうか。
そう思ってシルビアをみると私の膝元をよじ登ろうとしていた。
現状、紅茶を溢していないのが不思議だ。
そしていつの間にか、白い湯気がたっている紅茶が口元に迫っていた。
結論を言うと、シルビアの助けで紅茶を最後まで飲んだ。
私の両手は勿論、投げ出されたままだった。
奏澄はそんな私とシルビアを微笑ましげに見つめていた。
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