第9話 お泊まり
月が分厚い雲に隠されている。
カーテンに締め切られた窓は未だ、雨に強く叩かれている。
雨は一向に止む気配を見せてはくれない。
そして夜も、明けていない。
さっきまで器用にも
「
「わぉ、大胆」
「嫌でしたら外は未だ土砂降りですが、何時でも遠慮なく帰って頂いて構いませんよ」
大胆、とはどういう意味なのだろう。
そう思いながら私は淡々と言う。
嫌味のつもりは無いが、不快な思いをさせてしまったのなら仕方ない。
すると、慌てた様に奏澄はぬるくなったマグカップをテーブルに置く。
「あ、ごめんなさい
お言葉に甘えたいです!」
「分かりました。
では、奏澄の御両親方へ連絡しましょう。
私もご挨拶と事情を話しておくべきだと思いますし」
言いながら私は、未だニュース番組を流し続けるスマホを見つめる。
「あ、ううん大丈夫。
自分で連絡するから」
そう言って奏澄はすぐにスマホを開く。
指先でタタタタッと連打してる辺り、親御さんへのメッセージを送っているのだろう。
暫くして、電話をし始めた。
私たちが共にスマホに向き合ってしばらくすると――――
ピロリロリンッ
『お風呂が沸きました。』
お風呂のお湯が溜まった機械音の合図が鳴る。
奏澄は御両親方への電話を終えただろうか。
スマホを伏せて頭を上げる。
奏澄は少し前に電話を終わらせたらしく、紅茶の入っていたマグカップを片手に、またスマホを触っていた。
「奏澄、案内するので先にお風呂に入ってください。
制服はこちらでクリーニングしておきますので」
「えっ、良いの?」
「えぇ、ゆっくり湯船に浸かってその冷え切った身体を温めてきてください」
カシカシ……
居間の扉が猫の爪で引っ掻かれる特有の音が響く。
夜ご飯でも作りに来たか。
「それに丁度、夜ご飯の準備もあるので遠慮しなくて大丈夫ですよ」
私はそう言って重い腰を上げ、申し訳なさそうな表情の奏澄の横を通り過ぎる。
指先でドアノブを傾け、扉を開く。
すると暗く冷えた廊下で両手に買い物袋を持つシルビアが立っていた。
「にゃーん」
ポタリ、パタリ。
水の滴り落ちる音が響く。
もう、今日だけで何度聴いた事か。
シルビアはきちんと雨合羽も着込んでいた様で、居間まで脱がずに来てしまったらしい。
シルビアの全身が濡れてしまわなくて良かったと思うと同時に、本当は脱いで来れたのではと思ったが、シルビアが両手で持っているパンパンに膨らんだ買い物袋を見て何も言えなくなった。
「シルビア、よく買い物行きましたね」
私はシルビアの雨合羽を脱がせ、奏澄は袋を受け取っていた。
雨合羽は、ハンガーに掛ける。
ハンガーに掛かった雨合羽はシルビアが受け取る。
そのまま私は暗い廊下に出て、シルビアの足跡の様な水滴を拭いていく。
一瞬、この暗闇の先に何かが居そうな予感がしてしまう。
けれど、この先に何かが居るわけでも無い事も知っている。
水滴を拭いたついでに脱衣所まで行き、照明を付けた。
そこには、小さな洗面台とドラム式洗濯機。
2段ラックの上には籠が二つ。
バスタオルは用意しておくので脱いだ服を上の籠に入れる様に、と伝えて奏澄を案内した。
「ありがとう、それじゃあ先に頂くね」
「はい、それとマグカップは籠の横に置いて下さい。
バスタオルや着替えを用意するので、その時にでもシルビアが回収するでしょう」
お風呂を沸かしたのがシルビアなら、下着くらいは用意するだろう。
奏澄は私の説明のひとつひとつに、「はい」と頷いていく。
「では、居間で食事を用意してお待ちしてますね」
奏澄を背に、脱衣所から居間に戻る。
耳が痛い程に静かな居間。
いつの間にか雨や雷は止んだのだろうか。
いや、ニュースと先程帰ってきたシルビアの様子からそれは無い。
では何故――――…………
私は居間の窓に、目を向けた。
「さて、どうしたものか」
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