第7話 休息
私達に時計を見る余裕は無かった。
結局、帰ってこれたのは二十時半。
そこまで時間が経っていなかった事から時間の感覚が狂っていたのだけはわかる。
何時間にも感じていた時間は、実際は一時間も経ってなかった。
ガチャリ
玄関の鍵を閉めた音で安心したのか、先に家に上がらせていた
「奏澄、気持ちは分からないでもないですが、出来れば居間で腰抜かしてください」
奏澄が私の数歩前の位置で座ってしまった為、私は廊下を通りずらくなっていた。
奏澄は分かってはくれたらしく、立ち上がろうとしていた。
私は靴を適当に脱ぎ捨てると、立ち上がろうとしている奏澄の片腕を掴み、支える。
自分の痛む手を無視して。
「ありがとう」
「いえ、無茶を言いましたから」
どうにか立ち上がった奏澄の片腕をそのまま支えて、居間へ入る扉を開ける。
扉の横にある電子パネルに手を翳す事でパッと付いた明かりが眩しい。
私の住んでいる部屋の居間を一言で言うなら、簡素。
物は殆ど置かれておらず、座り心地抜群の二人用ソファ、後ろに倒せるタイプの背もたれ付きの椅子と、正方形のテーブルだけが置かれていた。
テレビは無い。
情報はスマホからでも受け取れるから。
一人暮らしには、居間があるだけでも贅沢かもしれない。
私はほぼ無言で奏澄の腕を掴んだままソファに導いて座らせる。
同時に、足元に鞄を二つ置く。
奏澄の隣にはクッションを置いて、水場近くの棚から取り出したタオルを奏澄の頭にかける。
奏澄の濡れそぼった髪が顔に張り付いている。
制服も所々濡れてしまっている。
「温かい飲み物を用意します
紅茶と珈琲がありますが、どちらがお好みですか」
「ありがとう、お言葉に甘えるね
紅茶が良いかな」
「分かりました」
それから私はキッチンへ向かい、給湯器に水を入れて火を付ける。
ティーパック入りの茶葉とマグカップを用意して、椅子で一息付く。
「はあぁ」
つい、溜息が出た。
疲れたのだ。
色々、は無かったかも知れないが特に放課後が。
家に帰るまでが。
両腕を投げ出す。
この時になって、ようやく両手の痛みと手首の傷を思い出した。
「
じん、と両手と手首が痺れる様な痛みが走った。
ソファに座る奏澄を見ると、疲れた顔をしていた。
もうしばらく、この痛みは我慢した方が良いだろう。
それに、奏澄に巻いてもらった手首のハンカチを外そうにも、外しずらい。
だからもう少し、このまま……
『今夜から明日の朝方にかけて、大雨が降り続けるでしょう
大雨洪水警報が出ている地域に住んでいる方は気を付けて避難してください
続いて、明日の天気です
明日は、午後から…………』
気が付くと、ニュースの音声が聞こえていた。
今夜は雨が降り続くらしい言葉が聞こえる。
いつの間にか、寝てしまったらしい。
倒した記憶のない背もたれと、膝掛け、上に乗っている柔く温かい真っ黒な毛玉……毛玉?
私は、膝掛けの上で丸くなっている毛玉、もとい猫を退かそうと腕を伸ばす。
すると、手の平と手首にガーゼとテーピングがしてあるのが見えた。
こんな、いつの間に……
「唯、起きた?」
「へ?」
先程までスマホでニュースを見ていたらしい、奏澄が私の元まで歩いて来る。
両手には入れたてなのか、未だ湯気の立っているマグカップがあった。
奏澄の表情は少し、戸惑い気味だった。
奏澄は私の膝元で丸くなっている猫をじっと見つめている。
…………何が起きたのか、大体察しは付いた。
私の持つ能力、影が動いたのだろう。
疲れていたとはいえ、こんなタイミングでなんて。
「はあぁ」
二度目の溜息が出た。
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