第4話ありがとう※

※流血表現有り




 何も無ければ、目の前の彼に私が殺される事も無―――……


「唯っ!!」


 誰かを呼ぶ声を合図に、彼の持っていた凶器カッターは確実に、そして適切に私を殺しに来ていた。


「んぐっ」


 シュッ


 首が締まる感覚と同時に激しく揺れる視界、強く腕を掴まれる感覚がして、足が地面を離れた。

 そしてそれと同時に何かを切った音がした。

 一瞬、掴まれなかった方の手首がヒリッとした。

 そのまま私は腕を掴んでいるのが誰なのか、状況をも把握しないままに腕を引かれ、下駄箱から強引に離された。

 どうやら私は手首に傷を付けられたにも関わらず、片手ずつに持っていた鞄は離さなかったらしい。









「唯、大丈夫?」


 どのくらい、経っただろう。

 気が付けばいつの間にか私は彼女と一緒に、いつもサボる時に使ってる空き教室で彼女と向かい合って椅子に座ってた。

 よく話を聞いたら、この教室には私が案内したらしい。

 そして今、私は鞄を持っていた手を彼女委員長に優しく解かれていた。

 解かれた手のひらには濃い爪痕があった。

 手に傷が付いても鞄を持っていたのは、それだけ強ばっていたって事なんだろう。


 痛々しいのか、彼女は悲しげに顔を歪める。

 鞄は彼女が持つと言った。


「……分かりました」


 無言の合間に雨の音がよく聞こえる様になった。

 雨足はどうやら強くなってるらしく、段々と窓を叩く様な音になっていた。

 おかげで私達を追いかけて来ているであろう彼の足音は全く聞こえない。

 少し、不安だ。



 あの時、タイミングを考えても私は間に合わなかった。

 考え込むよりも先に行動を取るべきだった。


 それでも今生きているのは、彼女が教室で合流する筈だった私を探してくれて。

下駄箱に私が居るかもしれない、と寄り道をしてあの状況に居合わせたからだった。


 あの時、彼女は危険だと思ったらしく咄嗟に背後から私の腕と襟首を掴んで、私を後ろに引っ張ったらしい。


 どうやらその時、彼が振るう凶器カッターの刃が首のスレスレをかすり、代わりの様にするりと私の手首を撫でたらしい。

 その拍子に赤い血がほんの少しだけ勢いを付けて飛び出たのだろう。

 感覚として痛みは一瞬だったが、彼女が私の手首が血で赤く染まってるのを見つけた事で知った。

 暗闇の中でよく気付いたものだと思う。


 血の止まった手首の傷を見た彼女は慌てた様に鞄を探っていた。

 見た目程深い傷でも無さそうだから大丈夫、なんて言おうとしたのだが……

 話を聞いてないのか、彼女はハンカチを取り出し傷口を拭って傷口を覆う様に縛った。

 彼女のハンカチが赤く染まってしまった。


「ごめんね、ハンカチしか無くて

 でも、これで少しはマシになると思う」


「っ!……ありがとう」



 誰かに怪我を心配されるなんて滅多に無い事だった。

 戸惑い、気まずさと罪悪感が私に「ありがとう」を躊躇させた。

 彼女の優しさに私は何度も助けられている。


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