第26話 転機
農園には、多様な果樹や野菜が育てられていた。
「どうやら、生産から販売までを一手に行っているようですな」
シーレさんが小声で告げる。
「だいぶ儲かってそうですよね」
俺は集荷作業の荷車が通り過ぎて行くのを横目に言う。
(それにしても……)
労働者の人達は皆、痩せこけていた。あれでは、いつ倒れてもおかしくない。
それに、守衛さんと同じような格好の人達がアチコチにいて、仕事振りに目を光らせている。
「あの茂みの奥は、なんですか?」
遠くに見えた緑の一帯を指さして監視役の守衛さんに聞いてみた。
「あそこは立ち入り禁止区域で、ご説明は出来ません」
「どうして?」
「王様のご命令です」
「……へ~」
なんだか、とっても興味が湧いてきた――。
「如何でしたかな」
「休憩を取る」と言ってまた姿を消したおっさんを除いて、俺らは今、農園の中にあるアーマイド氏の館の一室に腰を落ち着かせていた。
ここからでも監視するかのようにして、しっかりと窓越しに農園が見える。
「非常に有意義な時間になりました。ところで、労働者の皆さんは全て雇用されているのでしょうか?」
氏の黒い眉が、僅かに動いた。
「いえ。あの方々には、うちの業務を委託させて頂いおります」
「そうですか。それから、向こうに見える茂みの奥には、何があるのでしょうか?」
氏の眼光が、一瞬だけ鋭くなった。
「すみません。王様のご命令で、お答えすることは出来ません」
ネックレスだろうか。細い革の紐を首に巻いていて、服の上から胸元のアクセサリー部分の物を片方の指先でしきりに弄っていた。
「……そうですか」
俺らは謝意を伝えて、その場を後にした。そして王都へと向かい、町にある宿屋に腰を落ち着かせることにした――。
「問題ありありだな」
夕食後。部屋に集まり話し合うことに。今回、おっさんが一緒にいるので女子達とは部屋を別々にした。俺は安堵したものの、酒臭いおっさんと一緒というのも、それはそれでどうなのだろう。イザべリアも極力おっさんから距離を取っている。
「何がですか?」
唇を尖らせサーシャが言う。彼女は日中、自分の気持ちを抑える方が先決で、まともに口を開いてはいなかった。
「まずは雇用についてだ。これは間違いなく不法行為だろう。だけど、声を上げてくれる人がいない以上、どうすることも出来ない……」
「そうですね。せめて、何か証拠になるような物でもあればいいんですけど……」
「それに、どうやって大商人と言われるぐらいにまで一気に伸し上れたんだ? 確かに、人件費を相当浮かせてるだろうっていうのは分かるけどさ」
隣の席で語らっていた商人風情の人達から情報を得ていた。どうやら彼は、スタング王の立身出世を陰から支えた人物のようだった。それから、氏が急激に伸し上がっていったらしいということも伝えてくれていた。
「王が既得権益を与えているのではないでしょうか?」
シーレさんは、自信なさげにも告げてくれる。
「立身出世を支えた訳ですから、少なくとも後ろ盾になれるぐらいの、財力やコネクションの説明が難しくなってしまいそうです」
俺の言葉に皆が頭を抱える。確かに、王様が付いているのであれば成り上がりも納得がいく。けれど、その頃スタング王は、まだ前王の男妾をしていた頃だろう。そしてその立場だって、引き合わせる機会を作れるほどでなければ難しい話だと思う。とすると、その頃には既に王様に謁見できる程の豪商になっていたはずだ。
「あと気になる所といえば、あの茂みの奥くらいでしょうか?」
サーシャが詰まった話題を一旦脇に置いて話を進める。
「あそこは気になるよな」
俺は腕組みした。そして、
「話を戻しますが、あそこで働いている方々が訴訟を提起して頂けないようであれば、現状、この件は難しいかと……」
シーレさんが苦渋の様子で告げた。
「発砲塞がり……」
涼ちゃんが述べる。
(う~ん……)
なんとか真っ当な労働環境だけでも整えてあげたい。
それに、アーマイド氏には裏があると思う。それについては普段であれば詮索するようなことはしないのだが、今回ばかりは使えそうなものであれば押さえておきたい所だ。
「別件で引っ張って、取引に持ち込む事とか出来ないかな……」
俺は両手を頭の後ろへと回しながらポツリと呟いた。
「司法取引ですか?」
サーシャが身を乗り出して確認する。その様子に、俺は視線を下げて首を縦に動かした。
「でも、それは別件の方が重い罪じゃないと……」
担当本は、一瞬輝かせた目を沈ませた。そしてそれと同時に場の空気も沈んだ……。
今回ばかりは、どうしようもないのだろうか――。
「多分、出来ると思うぞ……」
それまで酒の臭いだけで存在感の無かったおっさんを、一斉に驚きの表情でガン見した――
法司者 ひとひら @hitohila
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