第25話 農園

 翌日。

 俺達はマルツと一緒にシャグツ国へと向かう。

 旅立ちの時には、ヨゼラ王とミリアさんが見送ってくれていた。

 王は準備が整い次第討伐に向かうということを話していたので、俺は「ご武運を」とだけ伝えて、心配が表れないよう努めた。

 それからミリアさんは、心持ち寂しげな表情で見送ってくれていた――。


「どういうことです?」 


 シャグツ国には直ぐに辿り着いた。というのも、見晴らしの良い地形だったが為に、馬並乃如意棒チンポンウンをかっ飛ばすことが出来たのだ。

 そうして王都から数キロほど行った場所にある、塀で仕切られた農園。

 その出入り口の守衛さんの一人に、主であるラルス・アーマイド氏に取り次いでもらい、今、そこで氏と話をしている。守衛さんは皆、短剣を所持していた。


「見分を広めようと、各所にお願いしていまして……」


 少し時間を置いてやって来たアーマイド氏は、用向きを伝えに行った守衛さんを伴い、怪訝そうにしながら話し掛ける。そしてマルツのことをほんの一瞬だけ睨んだ。


「……まぁ、構いませんが」


 三十代前半といったところの氏は、頬骨が出っ張ているのが特徴的で、涼しげな装いで細い目を俺らへと向けて、そう告げていた――。


「そう言えば、さっき居なかったですよね?」


「……ん? そうだったかの」


 アーマイド氏の姿が見えた途端、おっさんは瞬時に姿を隠した。俺はおっさんのその行動に首を捻った。それに、スタング王の風貌を伝えた時には、ガッカリしたような様子も浮かべていて、俺が理由を聞いてみたところ、特に何かを語ることも無かったので、それ以上の詮索はしないことにした。


「――父ちゃん!」

 

 目の前には、広大な農園が広がっているバラック小屋の中。

 奥で体を横たえている男性の元へ、一目散にマルツは駆け寄っていった。


「マルツ!? おお、無事でよかった……」


 彼の父は、息も絶え絶え苦しそうにしながらも、息子の姿に安堵して頭を撫でている。


「初めまして。お加減は如何ですか?」


「あなた方は……?」


「僕たち――」


 そうして、マルツのお父さんに事情を説明した。


「わざわざ、ありがとうございます」


 お父さんは、顎を引くようにして礼を述べる。


「体調の優れない中、大変申し訳ないのですが……」


 俺は労働環境について、状況を確認した――。


「ひど過ぎます!」


 今にも飛び出して行きそうな勢いで、サーシャが言葉を吐き出す。


「それでも長年やって来た仕事で慣れていますし、直ぐに他の仕事が見つかる訳でもありませんから……」


 最初の内は話すのを躊躇っていた父だったが、ここでの話は無かったことにすると告げると、ようやく重い口を開いてくれた。

 その話に依れば、一日の労働時間は……というより、三時間程度の睡眠と配球される一回の食事以外は、労働だった。

 栄養も休養も、十分でないことは、この親子を見れば明らかだ。

 賃金はというと、寝床や食事、それから生活必需品等を天引きされて支給されるので、殆ど残らないという。


「契約書は、保管してありますか?」


 父親は首を横に振る。

 こちらの世界の労働条件は、あっちの世界に近いものがあった。

 例えば一日、八時間の労働。それを超える場合は、残業代の支給。

 休日に付いては、労働時間を合算した所から請求することになっている。


「全員、契約書が無くなっています」

 

 きな臭い……。

 父親の話では、紛失なのか盗難なのかが分からないそうだ。


「雇用の在り方について、訴訟を検討されたりしていませんか?」


「雇用……」


「違うんですか?」


「最初はそう言っていた筈なんですが、今は違う言い方だったと思います」


(違う言い方、か)


「業務委託……」


 涼ちゃんが、ポツリと言った。


「そうです。確か、そんな言葉でした」


 俺らは顔を見合わせた。

 なるほど、法の抜け穴を狙ったという訳だ。

 業務委託とは、仕事の依頼を対等な立場で受けるものだ。

 だから取り引き先となる相手とは、雇用とは違って拒否する権利がある。

 そして支払いは賃金ではなく報酬という名目となり、雇用のような労働時間といった概念は無くなるのだった。

 けれど彼らの状況は、雇用関係と呼ぶに値する事案のように思えた。

 何故なら拘束されていて、拒否権もない。

 相手方の言うことは、間違いなく命令だ。

 

「匿名ということで、通報されては如何でしょう?」


 こっちの世界では、労働基準監督署のような役割もセントーリアが担っている。

 なので、ある程度のことは裁量権があるといえばあるのだが、そこにはアクションが無い限り動けないという問題があった。

 

 そうして俺らの期待とは裏腹に、父親は、また首を横に振った。


「父ちゃん、なんでだよ!?」


 少年は、半ベソで問う。


「お前や他の皆に、何かあったら大変だ……」


 そう言って、彼は息子の頭を撫でた。


(なんか、良い方法ないかな……)


『お役所仕事』という言葉がある。

 出来るだけ緩慢に、責任を取らなくて済むようにするもの。

 助けられた人達のことには、目を逸らして。

 そしてそんなことを繰り返して、『誰かが亡くなったら、重い腰を僅かに上げる』というシステム。


 法律も、また然り。

 時代にそぐわない法で理不尽に裁く。

 それ以前に民事裁判に至っては、和解に持ち込もうとする。

 そして犠牲者を散々に出した後、やっとのことで法改正が始まる。

 その頃には、また、時代が進んで行っているということは、気にも留めず……。


(ん~~……) 


 そういったことを考えてみても、こっちの世界では俺の努力次第で何とかなるということに、めんどいと言いながらも、やれるだけのことはやりたいと、そう思のだった。


「――ばか! 目を離すなって言われてるだろ!?」


 小屋の外で声がした。そして、「すいません!」という声と共に、俺らを案内していた守衛さんが顔を覗かせてきた。


「ほ、他を見ますか!?」


 監視ということだ。確かに、俺らが自由にウロウロするのは、さぞ煙たいことだろう。


「お願いします」


 そうして、俺らは農園にも足を運んでみた――。

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