第22話 天誅!

「最近さー、やたらと怖い夢みるんだけど……」


 馬並乃如意棒チンポンウンでサーラハの路上を爆走してソラダ国へと入り、そこから西へと進路を取って、今は地に足をつけて向かわせている。


「どんな夢ですか?」

 

 俺の隣のおっさんは、漆黒の刀を横に立て掛け懐手をして外を眺めていた。

 途中、おっさん共々宿にも立ち寄っていたのだが、あの男神様の姿をまた見かけた。

 するとおっさんは何かを察するようにして、男神様の方へと視線を頻りに預けていた。

 俺はその様子に、矢張り只者ではないのかもしれないと思ったのだが、返済などは頭の片隅にもないだろう晩酌の量に、人間性を疑う気持ちの方が勝り抗議すると、「いずれ、まとめて払う」と、妙な説得力で伝えられてしまい、俺にそれ以上ものを言わせなかった。


「お化けだらけのトイレの中で、デカイ方の用を足してるもんだから、出るに出れないという夢」


 サーシャとシーレさんが対面に腰掛けて、おっさんと反対側の俺の隣には、涼ちゃんがイザべリアを膝に乗せて南国の風を窓越しに受けながら、一人と一匹は、ぐっすりと寝入っている。

 こちらの気候は日差しも強く気温も高い。けれど湿度が低い為に、日陰に入れば涼しい風を受けることができるのが特徴だろう。

 道中には単子葉植物のような木が力強く方々に生えていて、空を見上げれば何処となく青が濃く映るようだった。


「それってもしかして、『あれ』じゃないでしょうか?」


「?」


「流射目さん、判決を反故にしましたよね?」


「……あ!?」


 そうか、『あれ』か――。


「いつまで続くのかな?」


「あいにく……分かりません!」


 おい、なんか嬉しそうじゃないですか。


 □


 そしてクルシャ国に到着した。

 国の雰囲気はソラダ国もそうだったが、エキゾチックな雰囲気だった。

 違いといえば、こちらの国の方が商業が盛んな分だけ、活気づいて見えるところだろう。 

 それに、なんだか国そのものも若いように感じられる。

 すると、シーレさんがクルシャ国の建国記のようなものを話して聞かせてくれた――。


「この国は、建国して五十年程とまだ日が浅いのです」


「それまでは何だったんですか?」


「小さな部族がそれぞれの土地を治めていました。ですが、信用買いに失敗して財政難に陥ってしまい、その危機を何とか力を合わせて乗り切ろうとしたのが始まりだそうです」


「信用買い……ですか」


 なんでもその頃、コラルド連邦南部の砂漠地帯の砂が飛ぶようにして売れたらしい。

 危険を顧みず採取できたその砂には、ご利益があるとかなんとかいう噂が広がって。

 そしてこれをビジネスチャンスと捉えた各部族は、勇気ある者達を砂漠へと送り込んだ……。けれど採取どころか、生還した者が殆どいなかったそうだ。

 そしてそこに大量の在庫を何故か抱えていたシャグツ国が信用買いの話を持ち掛けて、各部族はこぞってその話に乗った。


 信用買い。

 売買の意思表味を示した日の価格で取り決めておいて、実際には後日に取引を行うというもの。売る側からしてみれば、後日に値が上がっていれば損になり、下がっていれば得をするというもので、買う側はその逆となる。


 だが部族の期待とは裏腹に、砂の迷信によるブームはあっという間に終わりを告げてしまい、人々の熱が冷めるのと同時に、砂の価値は全く無くなってしまった。

 そして後に残ったものはといえば、各部族の膨大な借金だけだった。

 けれどそんな中、唯一売り抜けして儲けを出した一つの部族があった。

 それが前国王である、ダレリ・シバ王が当時長を務めていた部族。

 各部族の長達は、泣き付くようにして部族間会議をシバ長に願い出た。

 これに対してシバ長は、快く会議を受け入れ他部族の困窮を見聞きして、直ぐに行動に移し手を差し伸べたそうだ。

 そしてその結果、他部族は破産やシャグツ国に吸収されることを回避することができた。

 そうして部族の長達はシバ長に心から感謝して、その人柄や先見の明と統率力に感銘を受けて、国として纏め上げてくれるよう頼み、今に至るという話だった。


「物の価値って、人の心が作り出す幻影みたいなものですよね」


「人は、甘い夢を見続けたいものでしょうからな」


 取り敢えず寝ている時の夢をどうにかしたいもんです、と、シーレさんに苦笑しながら俺は言った――。


「……高い建物って、あんまりないんだな」


 おのぼりさんのようにして、辺りを見回す。


「敵襲に備えた結果らしいですよ」


 サーシャが外から差し込む光に、眩しそうにしながら言う。

 王都ブレールの町は、人や馬車が引っ切り無しに砂道を行きかい、砂埃が舞い上がっていた。

 そしてそんな中、俺らは目的地である王の館へと向かう。

 

「城じゃないの?」


「ええ。コラルド連邦の方々は、城という概念を持っていないようです。苦しければ逃げる。隙があれば取り返す……そんな臨機応変な国民性みたいですよ」


 確かに逃げるには打って付けの工夫が、其処彼処そこかしこに見受けられた。

 二階に居たとしても、飛び降りられる高さ。隣の建物にも、ヒョイと移れる。

 そして一歩奥へと足を踏み入れたならば、住み慣れた者にしか分からないであろう、迷路のような裏路地があるようだった。


「お、あれか……」


 そして俺がそんな町並みを目に映しながら感心していると、目的の館へと到着した――。


「ようこそおいでくださいました! 長旅でお疲れのことでしょう。今、部屋に案内させます」


 ヨゼラ・シバ王。前国王である、ダレリ・シバ王のご子息様。なんでも父君に負けず劣らずの人気が国内ではあるらしい。

 王はざっくばらんな人柄で、俺らのことを開け放っている玄関先で、気さくに迎え入れてくれる。


「お世話になります」


 壮年といった年の頃の王は、髪を短く刈り上げ体つきも逞しく日に焼けている。

 見た所、白髪が見当たらない。

 麻生地と思われるシャツに膝下丈のパンツ姿で、盛り上がる平目筋が裸足に力強さを与えていて、印象で言うと、王というより族長って気がした。

 

 そしてそんな王は振り返ると、傍に控えている少女に挨拶するよう優しく促す。


「お世話係を務めさせて頂くミリアと申します。以後、お見知り置きくださいませ」


 清らかな声音にローズダストのショートヘア。華奢な割に主張する胸をサーシャと同じようなもので隠し、腰には布を巻いている以外は、肌を露わにして素足でいる。

 南国ならではの浅黒い肌が、健康美を確かなものとしている少女だった。


「……ミリアさん、よろしくお願いします」


 小頬骨筋や上唇挙筋が弛緩しまくった気がするのはさて置き、彼女に挨拶をする……と!?


「――イテッ!」


 尻をつねられた……だがおかしい。痛みを感じる数がおかしい。

 誰かが両手を使っているのか? 

 俺は気になり振り返ってみた。そして目にしたもの、それは……


「おっさん……」


「つい、の」


 つい、の……じゃねーわ!


 □


(いや~、最高! 立会いの役って、良いもんだなー)


 王達に倣い、俺らは玄関先に履物を並べた。

 すると大理石の床が足裏をヒンヤリとしてくれて涼を感じさせてくれ、一人ずつ充てがわれた広々とした部屋に入ってみれば、中央には大きな真っ白なベットがあって、そこには同色のモスキートネットであろう、四角いものが吊るされていた。

 町中にある王の館は平屋の石造りで、民衆との違いと言えば、ライトグレーの外壁が周囲を囲っていることと、敷地面積がそれなりにあることぐらいだろう。


「何かご要望がございましたら、いつでもそちらのベルでお呼びくださいませ」


「あ、コレですね」


 ベットの傍にある木製のサイドテーブルの上には、赤と黒の二つのベルが並べられていた。

 ミリアさんが色の違いを説明しようとしたのだが、「大丈夫ですよ。 何かあれば、こちらから伺います」と、使うことはないだろうと思って、俺は彼女の説明を遮った。


「……承知いたしました」


 ミリアさんは一瞬だけ戸惑ったようにしていたが、お辞儀をして出て行く。

 そして俺はその後ろ姿、特にお尻の……!? み、見送った。


 □


 そうして夜には、ヨゼラ王が晩餐を用意してくれた。

 豪華な料理……なのだが、辛い。

 殆どの品々が赤く染まっている。

 中でもカルビに似た肉なんかは口に入れた瞬間、寒気を覚えてしまった。

 けれどイザべリアだけは全く気にした様子を見せずに、床に置かれた容器の中に顔を突っ込んで食し、赤に染め上げたその姿は、若干ホラーだった。

 そしてそんな俺らの様子に王は笑いながらも謝罪をくれて、辛みのない料理を改めて用意してくれていた。


「セントーリアですが、【聖:法の書】が消失したと聞きましたぞ。それに、大勢の裁判官の方々が帰らてしまわれたとか」


 談笑中、王が話題を変える。


「【聖:法の書】については、何処かに身を隠したという表現の方が正しいかもしれません。裁判官については、その通りです。現在、職務に当たっているのは、私一人だけです」


 ヨゼラ王は憂う表情を見せたが、直ぐに顔色を戻して、


「それでもこうして選挙に立ち会って頂けるということは、大切な役割は決して失われてはいないということ」と、励ますように言ってくれた。


 俺はその言葉に力強く返事をすると、「今夜は飲みましょう!」と、王は笑顔で言ってくれて、銀のグラスを掲げてみせてくれていた――。


「う~~、そろそろ失礼します……」


 前回の失態から、サーシャにはジュースを与えておいて、俺は結構な量を飲んだ。シーレさんは直ぐに水に切り替えたようで、気持ちほろ酔いのようである。そして涼ちゃんはというと、氷の入ったパフューを美味しそうにして飲んでいた。 

 

 ヨゼラ王とおっさんは、かなりのペースで飲んでいるにも関わらず、未だ酔った様子を見せてはいない。ま~確かに、先日のあの経緯からすれば、おっさんは序の口だろう。そして王は旧知の友を得たようだと、おっさんのその様子に頻りに喜んでいた。


「流射目殿。気を付けて部屋まで戻られよ」


 王の気遣いを背に受けながら、フワフワとした感覚だけを頼りに、俺は部屋へと戻っていった――。


(水……)


 ベットに転がり込み、暫く寝付けずにウダウダしていると、喉が渇いてきた。

 申し訳ない気持ちではあったのだけれど、とても動く気にはなれず、俺はミリアさんを呼ぶことにした。


「……」


 手近な方のベルを持って振り鳴らすと、思っていたよりも低い音がした。


「――お待たせいたしました」 


 程なくしてドアが開く音が聞こえてきて、彼女の清らかな声が耳に届いた。


「どうもすいません。ミリアさん……あの、おみ――!?」


 気配のする方に声を掛けながら懸命に目を開いてみると、そこには、ホットピンクの下着姿でレースのカーディガンを羽織る彼女の姿があって、ヒンヤリとする床に膝を揃えて三つ指をつけて、「お呼びにより参上致しました。不束者ではございますが、どうぞ、可愛がってやってくださいませ……」と、首の後ろや耳を真っ赤にしながら、そう言った。


(エ? ……ドユコト?)


 先ほどまでの酔いは、一体どこへ行ってしまったのだろう。

 俺は手にしていた赤いベルを手放し、飛ぶようにして上体を起こした。

 

「……」


 彼女は顔を持ち上げるとそのまま立ち上がり、羽織るものをスルリと脱ぎ落す。

 淑やかに床へと滑り落ちていったレースが、なんともなめまかしい。


「ちょ、ミリアさん!?」

 

 昼間目にした浅黒く健康的な肌が、今は色めいている……。

 そしてその姿態は、一歩ずつゆっくりと、薄っすらとした瞳を覗かせながら、俺のベットへと歩み寄ってくる。


「よろしく、お願いいたします……」


 ミリアさんは紅く染まった頬のまま辿り着くと、張りのある太ももの片方を持ち上げてベットの上に乗せて、俺の頬にしっとりとした手を当て自分の顔を近づけた……。


「……」


 俺は生唾を飲み込んだ。

 吐息が掛かる……まるで、魔法に掛けられたような気分だ。

 美し過ぎる目の前の光景に、瞬きするのも忘れてしまった。

 するとミリアさんは焦らすように上体を軽く引き、胸を隠しているものに手をかけていく……。彼女は魅惑的に片方の手で胸を隠しながら、それを脱いだ。

 そして押さえつける圧迫の所為で、盛り上がる谷間に俺は釘付けとなる。


(……) 


 出来ることなら、そこに顔を埋めたい、と、血走った目でガン見してしまった。


 すると――


「天誅ーーーーっ!」


 ミリアさんの頭上から、サーシャが本となって勢いよく登場して、角の部分を突き立て俺のオデコ目掛けて一直線に降下してきたっ!?


 ゴツーーーーンッ! という鈍い音。そして、


「グハーーーーッ!」


 断末魔のような叫びと共に俺は仰け反り、オデコを押さえて悶絶する!


「何事ですかな!?」


「おやおや……」


 シーレさんと涼ちゃんが駆け付けてきた。


「不埒ものです! 取り押さえてください!!」


 サーシャが二人に指示を飛ばす。すると二人は阿吽の呼吸で素早く俺を緊縛した。

 あー、異世界でこんな辱めを受けるなんて・・・。


「えっと……」


 そしてミリアさんは、この状況が理解出来ずに、ポカンと立ち尽くしていたのであった――。


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