第23話 選挙
翌日……。
「これは愉快!」
朝食中、ヨゼラ王に昨日の出来事を話すと、豪快に笑われてしまった。
おでこのタンコブに手を遣る……痛い。
あの後、お縄のまま一晩中サーシャ達に説教された為に、暫く立ち上がることも出来なかった。菱形を散りばめたような縛り方が特徴的な胴回りをモジモジとさせると、全身が締め付けられ、足を動かそうとすると首が反り返り、後ろ手にされた腕を動かせば、きつく股間に食い込む始末。なんとも情けない様子であった……。
「それにしても、ミリア。全体どういうことなのだ?」
「お婆様から、教えて頂いた通りの作法を致しました」
ヨゼラ王の後ろに控えるミリアさんの話によると、長年に亘って仕えていたという、彼女の祖母から鼻息荒く教え込まれたらしい。
「あの婆さん、まだそんな因習を覚えておったか」
ミリアさんの話では、赤いベルが鳴らされたのは、今回が初めてだという。
では、何故そういった場面に今まで遭遇しなかったかというと、彼女の推測では、ヨゼラ王が客人達へ向けて、遠縁に当たる娘だと事前に紹介してくれていたお陰で、事なきを得ていたんじゃないかと話す。それから仕え始めて、まだ半年足らずだということも幸いしていたのかもしれないと思いを巡らせていた。
「お務めだと思って覚悟はしておりましたが、それでも、実際そうなってみると……」
ミリアさんは、頬を赤くしながら口籠る。
「赤いベルは、もう無用だぞ」
「……はい」
王は苦笑した。なんでもそういったことは、時代錯誤だとして建国と同時にダレリ王が全て廃止にしたとのことだった。それにヨゼラ王も可能な限り、そうした部族の因習は断ち切っていきたいと語る。そして、
「まー、しかし。流射目殿であれば、ミリアを嫁にやっても構いませんがな」
先ほどまでの、将来を見据えた力強い目は何処へやら。
突然、悪戯っぽい目を俺へと向けて、ニヤつきながら言葉を掛けてきた。
「え⁉ いや、あの、その……」
思わずミリアさんと目を合わせてしまう。すると彼女は先ほどよりも更に顔を赤くして、俯いてしまった。俺はその様子に、自然と昨夜のことが蘇る。
張りのある肌。細い線にも関わらず、豊満な胸。甘い吐息……それらは、まるで夢の中のような出来事だった――。
「なっ⁉」
ポ~ッとなって行く中、ふと気が付けば、サーシャ達が俺を標的に仰角と俯角を作り出していた。俺は彼女達の殺意を一身に受けて、大量の脂汗を吹き出してしまった……。
「さて、本日の選挙なのですが――」
「はい!」
ヨゼラ王が話の趣を変える。俺は渡りに船とばかりに、その話題に安堵しながら飛びついた。
するとサーシャ達も、舌打ち混じりに居住まいを正していた――。
「他の国の王って、どんな感じなの?」
今は俺の部屋に集まっている。
選挙の手順や不正行為が行われた場合の対応などを改めて確認する前に、聞いてみた。
「最近のことなので印象に残っている話ですが、シャグツ国の王様は、色々あったようです」
サーシャが話す。
「というと?」
「先代の王様が亡くなる直前に、次期国王として指名したそうなのですが、王家の血筋ではなかったそうです」
「スタング王……だったっけ?」
「はい。その王様ですが……えっと、その……先代の王様が……だ、男色家だったそうで、その寵愛を受けていた人らしいです」
サーシャが顔を赤らめ、モジモジする。
「ほ~~」
「それで、その先代の王様なんですが、スタング王と一緒にいるようになって、どんどん様子がおかしくなっていってしまったという話があるんです」
「肉欲に嵌まったのかな?」
「理由は分かりませんが、その為に遺言は無効だとして、王子達は異を唱えたようです」
「王子の立場なら、そう簡単に認めたはないよな。で、どうなったの?」
「スタング王の命令で、悉く処刑されてしまいました……」
「家督争いには、付き物っていう感じの話だな……それで、他の国の王は?」
「取り立てて、良い悪いという評判は聞いていません」
「ふむ。まー会ってみれば、多少は分かるかな」
と、俺が一人納得すると、サーシャはガラッと表情を変えて、「流射芽さんは、昨日のような事がないように、お・ね・が・い……します!」と、鬼気迫る様子で俺に伝えていた――。
□
午後。十数人の護衛を伴ったヨゼラ王の馬車を先頭に、俺らは町の中で一番高いと思われる建物へとやって来た。
なんでも決め事が必要な時には、この集会所を使用するというのが、この国の慣習になっているらしい。
建物の前では、既に各国の馬車が日陰で涼を取っていて、其々の国の護衛であろう男達も、その周囲で休憩をしているようだった。
装いと言えば何処も似たようなもので、熱さを凌ぐ為に風通しの良さそうなものを身に纏っていて、人によってはターバンのようなものを頭に巻いている人もいる。
足元はといえば、通気性の良さそうなブーツを履いていて、蒸れることは少なそうに見えた。
ターバンこそ巻いてはいないものの、ヨゼラ王も似たような恰好だったけれど、より上質なものを身に着けているということは、一目瞭然だった。そして本来であれば、外出時は必ず帯剣するらしいのだが、選挙の時は武器は携帯しないというのが決まりらしく、今は武器になるようなものは、何一つ持ってはいなかった。
「じゃ、ちょっと待っててください」
「うむ」
「従者は外で待つように」とのことだったので、イザべリアは館のミリアさんに預けていたので、おっさん一人を建物の前に待たせて、俺らはヨゼラ王を先頭に中へと入っていく。
入り際、「スタング王の人相を後で教えてくれ」と、おっさんが小声で伝えて来たので、気にはなったが承諾した。
中は天井がとても高い場所だった。そこの中央にある狭い螺旋状の階段に足を掛けて上っていく。一番上まで上り切ると、其処は、ブレールの町を眼下に眺めることが出来る空間だった。窓のない開口部分が四方にあり、冷たい風がそのまま俺らの肌を優しく撫でてくれる。そしてその空間には、四名の人達が円卓を囲んで腰掛けていた。
「待たせて申し訳ない」
ヨゼラ王が、場にいる人達を見回して告げた。
そして俺らのことを紹介すると、直ぐに俺らにも紹介してくれた。
「宜しく、お願いいたします」
俺から見て、一番右側に座る人が、グワジル国のペトラナ王、そして順に、ルー国のノエンタール王、ソラダ国のコルサド王、そして最後に、シャグツ国のスタング王だった。
国の位置もその様な関係で、ソラダ国とシャグツ国の間にクルシャ国がある。
「ヨゼラ王、まだ時間前です。ましてや、我々が元首殿をお迎えするのは、当然の事でしょう」
そう告げたのは、スタング王だった。
見れば若い王だった。恐らく二十代前半ぐらいだろうか。
女性と見間違えてしまうような整った容姿に、南国の人とは思えないような白い肌をしている。そしてウィスタリアの色をした髪の毛先を肩に掛かるぐらいまで伸ばしていて、儚げな様子が男色家には受けるのかと考えてしまった。それに、病弱そうに見えなくもない。
他の国の王はといえば、皆さま老齢の男性の方々で、何処となく覇気がないように映った。
けれど、(年齢を考えたら、こんなもんかもな)とも思ってしまった。
「スタング王。恐縮です」
ヨゼラ王は笑い掛けた。そして、「それでは早速はじめましょう……これより、元首選挙を執り行う」と、一同を見回して、そう告げた――。
そうして選挙が行われた。
方法は、とてもシンプルなものだった。投票箱に、それぞれが推薦する王の名前を匿名で記入する。そしてそれを俺が箱から取り出して読み上げる、というもの。
結果、「――無効票はありません。ヨゼラ王、四票獲得で決定いたしました」
パラパラと拍手が起こる。
「身命を賭して、務めさせて頂く」
ヨゼラ王は重責を担う覚悟の表情で、王達と握手を交わす。
そして最後にスタング王とも、にこやかに握手をしながら言葉を交わしていると、「ところで……」と、スタング王はヨゼラ王と握手したまま話し始めた。
「三期目の元首ともなれば、より一層のリーダーシップを見せて頂きたいと思う次第です。そこで、如何でしょう。 南の砂漠地帯に生息する、あの忌まわしき王を討って頂くというのは?」
それまでの雰囲気が一変。場が凍り付いた。
どうやらその話題は、大変なもののようだった。
内心、俺が選挙の呆気なさに少々気抜けをしていた処だったので、この雰囲気には、たじろいでしまった。
「キュベリスを……ですかな?」
「ええ。 よもや、先ほどの『身命を賭して』というのが、口先だけということではありますまい。我が国の調査に依ると、砂漠化が増々進んでおります。長い年月とはいえ、領土も侵食され、方面によっては交通の最短ルートも失っています。それもこれも、あのモンスターの所為です。ここは一つ、是非ともヨゼラ王に討伐して頂ければと思う次第です。王達も、そうは思いませんか?」
目を細めるスタング王は、他の王達にその視線を向ける。
「うむ……」
「……確かに」
「左様……」
それぞれの王は、重苦しく同意を示した。
「スタング王……それは、我が国だけで討伐しろということですかな?」
「生憎、私は王になって日が浅いもので、国内情勢が安定しておりません。このタイミングで兵を動かすことなど以ての外。それに、他の国は経済状況が捗々しくないご様子。討伐するだけの資金を用立てるのも、中々に大変かと……」
ヨゼラ王が他の王達を見回した。けれど、その視線を受け入れようとする王は、いなかった。
「……承知した。元首として、連邦の為に忌まわしき王キュベリスを討伐して、ご覧に入れましょう」
「期待しております。微力ではありますが、多少の資金的な援助をさせて頂ければと思います」
「スタング王。有難く受け取らせて頂く」
そうして、熱い日差しが降り注ぐ連邦で、冷たい約束がなされた。
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