第14話 夜襲

 その日の夜、皆が寝静まった頃。


 ――ガシャーン!


「なんだ!?」


 二階の俺らの部屋の窓が割れる音がして、それと同時に複数の人影が其処から侵入してくるのが見えた!


「キャーー!?」


「何事ですか!?」


 俺らは直ぐに上体を起こし明かりを灯す!


「zzZ……」


 隣の部屋からも同様の音が聞こえてきた!


「なんなんだよ!?」


 壁のように山積みされている木箱や散乱する書類が燃えて消え去ることに驚いた様子の侵入者達を見てみれば、先日、俺のことを襲った奴と同じ装いの三人組の姿が其処にはあって、刃の部分が湾曲するものを手にしていた。

 そしてそのうち二人が、木箱を蹴散らし、こちらへと迫ってきた!


「お助けーー!?」


 この明るさでも十分に木彫りの面は恐怖心を煽り、突然の逼迫ひっぱくした状況に、俺らは抱き合い悲鳴を合唱させた――すると、


「どおぉぉぉぉりゃあーー!」


 ドーーン! という音と共にドアが蹴破られ、一同、そちらへ顔を向けて静止する……。


「――メルティナ!」


 シャツの上から革の胸当てをし、黒のレギンスと思われるものに同色のショートブーツを履き、手には指出しグローブを装着して、両の拳をガシガシと合わせる俺の護衛様の姿があった!


「壁際行って!」


 俺は頷き涼ちゃんを抱きかかえ、サーシャ達と廊下の壁際の隅に飛び込むようにして身を縮めた。するとメルティナが同時に動き出し、掛け声と共にベットの上に飛び乗ると透かさず侵入者の脳天へ向けて踵落としを見舞った!


「――ヴッ!?」


 そしてそれは見事に命中して、相手は束の間を経て、膝から床に崩れ落ちる。


「新手……」


 目を覚ました涼ちゃんが廊下を指差し、非常に迷惑な来訪者の訪れを伝えた。


「メルティナ!」


「大丈夫!」


 メルティナはそう言って、廊下に視線を送る……すると、


「――グハッ!」


 美しい旋律のような声が聴こえてきたかと思えば、直後、部屋の中よりも数段明るさが増した廊下で人が壁に激突する音が聞こえてきた!


(なんかスゲエな)と、何が起きているのかも分からなかったが、取り敢えず危機は回避した……と、そう思ったのも束の間、難を逃れたであろう新手の二人が現れて、仮面の内から部屋の中を見回し、俺らのことを視界に捉えると直ぐに狙いをつけて襲い掛かってきた!


「メルティナたんっ!?」


「大丈夫だって!」


 と言っているメルティナは、ベットから飛び降り間近の敵の懐へと無駄のない動きで潜り込むと、伸び上がりながら蹴り上げて、股間への強烈な一撃をブチかました。


「グッ!? ゥゥ……――」


 そいつは生まれたての仔のようにして、ガクガクと震えながら両手でアソコを押さえて潰れていく。いや~あれは、玉らんだろう……。


「ヒーー!?」


 横目にソレを見て、思わず腰を引いてしまっていた俺だったが、目の前の災厄はその姿を大きくしていき、反り返った白刃が弧を描きながら振り下されてきた!


 ――キン、キキン!


 瞼を閉じて首を竦めて最期の時を否応なしに待たされていると、やけに甲高い音がしてきたので、一体どういうことなのだろうかと恐る恐る目を開けてみた。

 するとそこには小さな背中があって、少しだけ横顔をこちらへと向けて、俺らに話しかけてくれる。


「……お怪我は?」


「あ、ありません……あ!?」


「……安堵です」


 頭巾こそしてはいないものの、紫紺の忍装束と思われるものに身を包んだ年少メイドさんが、敵の攻撃を短刀で弾き返した後だった。


「……いざ」


 年少メイドさんは左側の敵の脚の間をスライディングのようにして潜り抜けて背後へと回り込むと、柄の頭の部分を使って脹脛ふくらはぎへの一打ひとうちを入れ透かさず宙へと体を浮き上がらせて、もう一方の敵の胸元にも同じようにして打撃を加え後ずさらせる。


「――気を付けて!」


 どうやら彼女の力では、敵を戦闘不能に追い込むほどの威力は無かったようで、二人は痛みに短い声を上げはしたものの、直ぐに得物を構え直し、その小さな体に向けて二人ががりで刃を振るい始めた――。


「……」


 彼女の戦闘スタイルは、最大限に身軽さを活かしたものだった。

 敵の攻撃を俊敏な動きでリズムよく躱し手玉に取りながら、威力こそないものの柄頭の打ち込みや手刀等を巧みに打ち込んで、敵に苛立ちの舌打をさせるものだった……が!?


「危ない!」


 年少メイドさんのリズムの良さが返って仇となってしまい、敵の二人は彼女の一定の攻撃パターンに連携が図れ出した頃、舞い上がろうとしたその瞬間を調子を合わせて前後から同時に襲い掛かった!


「ダメーー!?」


 サーシャが思わず両手で目を覆う!


 ガリッ! という音と共に、小さな装束に、それぞれの刃が食い込んだ。

 二人が力任せにそれを引き抜く。

 すると彼女は、無残にも床へと落ちていった……が――


「……こちらです」


「!?」


 声のした方へ顔を持ち上げてみると、そこには可愛らしいクマさんの絵が描かれた翠のタンクトップに水玉のパンツ姿の彼女が、天井に足裏をつけて逆さまでこちらを仰ぎ見ているではないか!? しかも前髪がめくれるようにして垂れ下がっているので、愛らしい広いオデコとつぶらな瞳が見えている。


「……あ!?」


 どうやら彼女は、そのことにハタと気がついたようで、前髪を元に戻そうと、慌てふためきながら必死で手を動かしていた……。


「ぉ兄ぃちゃんは、水玉が好き……」


「違うから!?」


(どうして重力に逆らえているのだろう)と、彼女のシャツが捲れないことに首を傾げながら俺が考察していると、涼ちゃんが一人納得しながらメモしていた。


 う~~、サーシャの場を弁えろという目が痛い……。


 誤解を解こうと脂汗を滴らせながら俺が弁明していると、廊下が再び光り輝き、また誰かが壁に激突した音がしたかと思えば、「みんな元気ねぇ」と、場違いなほどにノンビリとした声がやってきた。


「?」


 その声に少し視線を上げてみると、そこには年長メイドさんの姿があった。


 彼女も他の二人と同様に、メイド服を着てはおらず、桜色のくるぶし丈のトゥニカのようなもを纏い、裾からチョコンと黒のブーツの先を覗かせている。

 そしてマリーゴールドのロングヘアーを落ち着かせるようにして白のベールを被っていた。

 見たところその装いは、どうやらセレス教団のプリーステスのもののようで、彼女は微笑みを浮かべたまま状況を確認すると、直ぐに小さな同僚と視線を繋ぎ合わせ頷き合い、何事かを呟き始めた……。


 そしてそれを皮切りに、年少メイドさんが直ぐに床へと半回転しながら下り立ち、先程の敵二人に対し、自ら攻撃を仕掛け激しい攻防を繰り広げ始めた――。


「……」


 見れば年少メイドさんは空振りを気にすることなく極端に手数を増やし、自身の方へ相対せざる負えない状況を作り出そうとしているようだった。

 年長メイドさんの方はというと、奇跡の行使の為か、先ほど聴こえてきたような旋律を謳い奏でている。けれど集中する彼女は、とても無防備であるように見えて、その危うさに俺は焦燥を覚えてしまう。けれど、ああして心乱れることなくいられるというのは、仲間を信じてのことなのだろうなと、ジンワリと温かくなるものも其処にはあった。


 そして少しずつ、彼女を中心として空間が鮮やかになっていく……。


 聴こえる彼女の詠唱うたは、とても心が洗われるものだった――


 揺蕩う清流の黄昏に

 

  身も心も溶かす静けさよ


   預けるは己が邪醒の妄執の念……

   

 言わずもがな、メルティナも心得ているんだろう。

 彼女の方も静観するようにしていた体躯のいい敵の前に立ちはだかり、詠唱うたの邪魔はさせまいと、戦闘開始のタイミングを計っていた……。


    瞬き程の束の間なれど


     その御名にて与え賜え


      心安らかなる一時よ――


 そして、


「――スリーパス!」


 年長メイドさんの詠唱うたが終わるのと同時に、タンクトップにパンツ姿で奮戦する年少メイドさんの敵に向けて、粒子のような煌めきが降り注いだ!


「!?」


 敵の二人は懸命にそれを払い除けようとするが、まるで光る粉雪が体全体に染み渡るようにしていくと、二人は直ぐにダラリと腕を垂らして、重なり合うようにして床に崩れ落ちて行った……。


「寝ているだけですからぁ」


 呆気に取らている俺らへ、年長メイドさんが笑顔をくれる。


「いやぁ、勝手が分からず、お手数おかけしています」


「いいえ~。大切な、お客様ですので」


 なんか和むなぁ……イテッ! いまつねったのは、誰ですかっ!?


「――この間の、人だよね?」


 そしてそんなことを壁際で俺らが呑気にやっていると、メルティナが敵に問い掛け、敵はそれに答えるようにして、得物を床へと落し、木彫りのその面を鷲掴みにして引き千切り放り投げた。


「やっぱし」


 アイツだった。

 宰相の後ろで虚ろに佇んでいた、従者。

 その彼が、今は闘志を燃やしてメルティナと相対している。

 何処か、吹っ切れたような、そんな表情だった。


「あたしの客だから!」


 振り返り白い歯を零すメルティナが、同僚へ向けて手を出すなと告げる。

 すると彼女達は、それに応えるようにして後方へと下がっていった――。


「……」


 お互いに前回の時よりも殺気立っているのは、明らかだ。

 狭いバトルフィールド。

 剛腕を武器とするアイツにしてみれば、狙いを定めやすく獲物メルティナを仕留めやすい格好の狩猟場スペース

 対するメルティナにしてみれば、散乱しているものも多く、足技を得意とするには間違いなく不利な状況。

 

 ――果たして、何処まであの妙技を発揮できるのだろうか。


「メルティナ……」


 けれど俺のそんな不安を他所に、メルティナは愉しみで仕方がないといった様子で諸手を握り締め体の前へと置き、右足を少しだけ下げて、その時を待っていた。


 そして――


 互いに力強く動き出し、激しい攻防が始まった!


 メルティナは足元を狙う攻撃から入り、左脚を軸にソイツが踏み込んできた左の脛を狙いに行く! だがソイツは咄嗟にステップをするようにして脚を引きつつ躱し、そこから右足を強引に踏み込み左の拳を彼女の顔面へと向けて繰り出した!


「よっと!」


 するとメルティナはその攻撃を上体だけを逸らすことによって難なく回避して、先ほど空振りに終わった右脚の股関節を開きながら腿を持ち上げ切り返し、ガラ空きとなっている横っ腹へと叩き込む!


「ぐっ!?」


 会心とまではいかなかったが、ソイツはその攻撃に顔を歪めながら数歩退く。


「まだまだーー!」


「!?」


 メルティナは透かさず踏み込むと、今度は右脚を軸に頭部への力強い回し蹴りを放ちに行った――けれどこの攻撃に対して敵はギリギリの所でしゃがみ込み、そしてそのまま彼女の足元目掛けて粉砕とばかりに容赦のない強烈な一撃を見舞った――!


「うあ!?」


 間一髪。

 メルティナは敢て体勢を崩し尻餅を搗きながら脚を開くことで避け、流れに任せるようにしてそのまま後方へ一転がりして立ち上がる。


「フーー! 危ない危ない」


「……」


 従者はメルティナの代わりに砕いた床から拳を引き出すと、外套マントを毟るようにして脱ぎ捨てて、いきむようにして太い腕から先にある両の拳を握り締め呻りだした――


「!?」


「オ"ォ"--……」っという、獣のような声。

 己を開放するかのような、不気味な音色。

 ――そしてそれは、直ぐに起こった。

 見る見るうちにソイツの全身の筋肉が隆起していき、それを覆うようにして黒い体毛が姿を現す。やがてその表情は、殺戮だけが思考の中心となるようなものへと変貌を遂げていく……。

 腕の太さは先程よりも二回りは太くなっており、見ただけで相手を即死させる拳を繰り出すことができるという事を俺らに伝える。そしてその手は親指以外の指の間が無くなっていて、臀部や腿の太さも尋常ではなくなっていた。


「な、なんなんだよ……」


 震える声で俺は口にした。するとメルティナが「チッ、獣人じゅうじんかよ……」と、吐き捨てるようにして言った。


「え?」


ケモノ種であるモンスターと、人から生まれた存在です」


 身を寄せ合うサーシャが震えながら教えてくれる。


「あれは恐らく、シュプラルベリアですな」


 シーレさんの話によると、どうやら熊に似たモンスターみたいで、稀なことだそうだが、繁殖期に番いが見つけられなかった雄が、村などにやって来て若い娘を攫っていくことがあるのだそうだ。

 そうして人知れず孕ませ子を産ませ、その子がある程度の年齢に達すると一人立ちさせて、そして思い出したかのようにして娘を餌とする……という話しだった。


「まー、強いんなら、別にいいんだけどさぁ!」


 と、そう言って、メルティナは相手の胸元目掛けて飛び掛かり蹴りを放ちにいく!

 それに対して獣人となったソイツは、雄叫びを上げながら迎え撃ち、彼女の靴底目掛けて右の黒い拳を豪快に突き出していった――!


「!?」


 ドーーーーン! という、空間をも揺るがすような轟音が響いたかと思えば、瞬間、メルティナは宙に止まったような形となり、そこから加速度的に二人のメイドさんの方へ吹っ飛んでいく――!


 メリバリグワシャーーン……ダァーーーーンッ!


「あ……」


 てっきり俺は、二人が受け止めるのだとばかり思っていたのだが、ヒョイと身を躱し何事もなかったのようにして佇み、メルティナは壁をブチ破り向こうの部屋の壁へとその身を派手に預けた。


「あの~……」


「手を出すなってぇ」


「……言ってました」


 あー、確かに……。


「――ゲ、ゲホ!」


 直ぐにメルティナが出来た上がったその穴から顔を歪めながらも姿を現し、出血の為か、手の甲で口元を拭い、再び足を踏み入れる……と、


「あんた達、分かってんだろうねっ!?」という、女将さんの地鳴りのような声が下から届き、メイドさん達は、三人ともにピシャリと姿勢を正して冷や汗を掻く……てか、そっちの方が恐いんかい。


「しゃーない。さっさと勝負つけようかーー!?」


 そう言ってメルティナは勢いよく突っ込んでいき、獣人の目の前まで迫ると、殴ってみろとばかりにピタリと立ち止まった。


「メルティナ!?」

 

 何やってんだよ! という声を飲み込んで、俺は戦況を見守る。

 ソイツは口角を引き攣らせ右の拳を高々と持ち上げると、獲物メルティナ目掛けて圧倒的膂力を見せつけるようにして、それを振り下した!


「――遅い!」


 メルティナも同じようにして笑って見せると、年少メイドさんに負けず劣らずの俊敏性を見せつけて、サイドステップで見事にそれを躱してみせる。


「行っくぞーー!」


「オ”オ"ーーーーッ!」


 そして此処から、一切の防御を捨てた豪拳VS華麗な足捌きでダメージを刻んでいく妙技との、激しい死闘バトルが繰り広げられた――


「デヤッーー!」


 メルティナは少しでも動きやすいようにと、サーシャ達が初日に使っていた隣の部屋の壁寄りに位置取り、そこでスペースを出来るだけ確保しながら、獣人の大振りなパンチを空振りに終わらせるのと同時に蹴りを放つことを繰り返す。


「オ"ーーーーッ!」


 対する獣人は、そんな細やかなダメージなど知ったことかというようにして、ひたすら一撃必殺の無尽蔵なパンチを量産していく。


「……」


 間違いなく、アイツは変貌を遂げたことによって、攻撃力が格段に上がっている。

 だが、研ぎ澄まされたメルティナの集中力が、見事にそれを躱していた。

 そして彼女の攻撃は、獣人が右足を踏み込んだ時に、きっちりと捉えヒットさせている。

 あれは、やはり相手の体のブレを突いてのことなんだろう。

 メルティナの戦闘センスみたいなものが、窺い知れる。

 けれど、徐々に彼女の息が上がってきているようにも見えた……。

 このままだと、体力勝負になり兼ねない。

 一旦、仕切り直して息を整えたくても、あのラッシュが途切れない限りは、それも儘ならないことだろう。


 勝算は、あるんだろうか――


「頑張れ……」


 そうして俺らが固唾を飲んで見守っていると――


「わ!?」


 メルティナが中途半端に壊れた壁に寄り過ぎたことを自覚して、部屋の中央へと少し体を戻しかけた、その時、獣人は左足を軸にブレること無く右の拳を叩き込もうとした。

 彼女はそれに対して致し方なく更に中央へと小刻みに寄った……途端、ソイツが先ほどブチ抜いた床に片方の足が引っ掛かってしまい、バランスを崩しかけた体を元に戻そうと手を動かすと、今度は残っていた数列の木箱の山に、その手が当たってしまった!


「!?」


 態勢を完全に崩してしまった彼女は仰向けに倒れ込んでいき、そこに追い打ちを掛けるようにして木箱の山が彼女の視界を遮る――!


「オ"ァーーーーッ!」


 勝機とばかりに獣人は咆哮する。

 木箱ごと破摧はさいしようと狙いを定めて、見えなくなっていくメルティナに向けて、渾身の一撃を放った――!


 ド、ドドーーーーン!


 強烈な揺れの後、埃が舞い上がる……俺らが手でそれを払いながら見てみると、片膝を突いて拳を下へと向けている獣人の姿が、判然と状況を物語っていた。


「嘘……だろ?」


 気が付けば、俺らは立ち上がっていた。

 自分達の危うい状況も忘れて、獣人が減り込ませた先を覗き見た……けれど、ソイツの途轍もなく太い腕以外、何も見えなかった。


「……」


 出会ったばかりの彼女を死なせてしまった。

 善意に甘えて、尊い命を犠牲にしてしまった。

 視界が……歪んでいく。

 償おうにも、償い切れるものじゃない――――


「大丈夫ですよぉ」


「……え?」


 両の拳を痛いほどに握り締め、悔恨の念に囚われながら俺が俯いていると、まるで子供でもあやすかのような調子で、年長メイドさんが声を掛けてきてくれた。

 そしてそれに続くようにして、年少メイドさんが冷静に伝えてくれる。


「……最後の仕上げです」


「は?」


 そして、


 ブーーン――


 それは、何処からともなく聞こえてきた。


「……」


 獣人が立ち上がり、戦闘態勢を整え直して辺りを見回している。


 ブォーーン――


 一転機のような、振動音。


 ブオォーーーーンッ――


 警鐘のような、重低音。


 ブオオオオォーーーーーーンッ!


 情熱の塊のような、爆裂音。


 警戒を怠らない獣人であったが、その方向を正確に把握するのには、少しだけ遅かったようだ――


「デェェェェ、リャーーーーーーッ!」


 ドッ……ゴォーーーーーーーーンッ!


 屋根を突き破り天井をブチ壊し、再誕とばかりに足が姿を現し腿が現れて、躍動する体を堪えるようにして体幹が見えた頃には、獣人の吐き漏れ出すような声と共に決着がついていた。


「――ドュ、ゥッ!」


 獣人の頸部。

 最大限に重力を加えた右の蹴りが抉るようにして捉えて、顎先がグニャリと流れ、しな垂れるようになったその姿を見て、俺は脊椎の損傷は免れないだろうと思った。

 そしてメルティナが着地するのと同時に、獣人は白目を剥きながら、重たい音と共に崩れ落ちていった――



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