第12話 職権探知主義

 宿屋1階。


 ……宿屋1階。


 おー、生きてる☆


 ――ということで、俺は氷をもらい左頬を冷やしながら事の経緯を皆に伝えていた。


「いやぁ、ごめんね! ……つい」


 メイドさんは髪を掻きながら、仕事中とは打って変って砕けた調子で俺に謝罪をくれる。


「いいよ、いいよ。失礼なこと言ったこっちが悪いんだから」


 ついさっきまで気を失っていたのだが、彼女の話によると、殴られた勢いで十数メートル先まで吹っ飛び瀕死となっていたらしく、我に返った彼女が慌ててグチャグチャになってしまった俺の顎を再生薬であるレテュスという液体を飲ませ復元させてくれ、ここまで運んでくれたとのことだった。


「ぉ兄ぃちゃんのせい。パンツぐらい、いつでも見せる……」


 そういって涼ちゃんがスカートをまくし上げようとするので、「話をややこしくしないでね!」と、直ぐにその手を押さえ込んだ。


「それにしても、流射芽さんを襲うなんて……悪趣味ですね……」


「狙った趣旨は、趣味ではないと思うのだが……」


「マイマスター! どうぞ趣味で、このわたくし――」


「しません」


「それにしてもアイツ、なかなかだったなぁ……」


 出来れば再戦希望といった様子で、メイドさんは道端に転がったままになっていた短剣ダガーを手に、感慨深げに言う。


「さっきのヤツって、やっぱり男?」


「大柄だったのもあるけど、男だと思うよ」


 彼女は生まれながらにして遊びの延長というていで、父親から戦闘訓練を受けていたらしく、組んだ時の感触で性別や力量なんかは分かるのだそうだ。そして、あの相手が只の追い剥ぎなどではないだろうと付け加える。


「……」


 短剣ダガーは、何処にでもある品だと彼女は言う。ただ一点、劇薬店に身を置く涼ちゃんの話から、その刃にたっぷりと仕込んであった毒が、クルプルという珍種である植物の茎汁だそうで、それを諸々の素材と調合することにより、エリーという大変高価な薬になるということだった。 

 それにしても、そんな物まで使って俺を殺そうとするなんて、相手にとっては、余程目障りな存在なんだろうな。


「ところで君、名前は?」


 遅れ馳せながらに俺が聞くと、彼女は白い歯を零し、メルティナ・プリスと名乗った。

 そして今後はメルティナと呼んで欲しいと俺らに告げる。

 すると、「プリスというのは、あの『灰のプリス』でしょうか!?」と言って、シーレさんが興奮気味に彼女に詰め寄った。


「アハハ、それは私の親父」


「なんなんだ? その『灰』っていうのは?」


「〈プリスの通った跡には、灰しか残らない〉という、異名を持つ御仁です!」


「へ~、そら凄そうだな」


「アハ! ありがと」


 平和とはいえ、小競り合いやモンスターの討伐などはあって、そこに傭兵として雇われる人達の中の一人らしいのだが、今は引退して家庭菜園にハゲんでいるとのことで、それを聞いたシーレさんは、興奮冷めやらぬ様子で「サインを頂きたい!」と、メルティナへにじり寄り、その圧に彼女は少々おされていた。


「それにしても、俺を狙ったってことは当然、今回の一件に関わってるヤツの差し金だろうな……」


「宰相の手先でしょうか?」と、サーシャ。


「かもな」


「いずれにしても、今後は十分に気を付けなければいけませんね」


「だな……」


 と、話の流れを汲んだメルティナが、謝罪の意味も込めて今後しばらくの間、俺の護衛を買って出てくれるというので、俺はその申し出を有り難く受け入れることにした。


「なあ、サーシャ」


「はい」


「俺って、訴訟起こせるの?」


「起こせますよ」


「ふ~ん。因みに判決の軽重は、やっぱり自由にならないの?」


「もちろんです。もし逸脱いつだつしたような判決を出そうものならば無効の上、その方が最も恐れるお仕置きが待っていますからね」


「そうか……」


 そういう判決は、やめておこう――。


「裁判官殿。今日は、どのようなご用件でしょうかな?」


 翌日。

 俺はビヨンド王への謁見を早速もとめて、午後一番に会ってくれるということになったので、サーシャとメルティナを伴い城を訪れ、シュライバスさんの案内で王のいる一部屋にいた。


「お預かりしている資料の中で、是非とも確認しておきたい箇所があります」


 聖騎士長さんに連れられたその部屋は、簡素な造りの何もないところで、五人でいるには少々手狭な空間だったのだが、ゼーゼーハーハー言いながら階段を上ってきた甲斐あって、王都を一望できる、素晴らしい場所だった。


「というと?」


「黒塗りの部分です」


「……」


 ビヨンド王の微笑みが、ほんの少しだけ硬くなった。そしてこのことで当然に黒塗りを了知しているということが伺い知れた。


「あの部分が分からないことには、正確な判断を下しようがありません」


 聖騎士長さんが、王の後ろ姿を目に映す。


「どうしても、ですかな?」


「はい。未来ある青年の為にも、私は正確な結論を導き出したいと考えております」


 するとビヨンド王は僅かの間、俺の目を見据えて真意を推し量ろうとし、俺はその圧倒される眼差しに逸らすことが出来ずに応えている……と、


「――シュライバス」


「……御意」


 ビヨンド王が友に投げ掛けるような声音でシュライバスさんに声を送り、聖騎士長が戻ってくるまでレフレーテルムを眺ていようと、王は俺らに勧めてくれた――。


「宿に戻って、直ぐに精査させて頂きます」


「よろしく頼みますぞ」


 王都のあらましや、国の歴史などを語ってくれたビヨンド王に感謝の言葉と書類についての守秘義務を明示してから退室した。そして今は、木箱に収められたそれを大切に抱えて、シュライバスさんと共に廊下を歩いているところだった。


「?」


 すると向こうから、見覚えのある人物がやってきた――


「これは異世界のお方。私の嫌疑は晴れましたかな?」


 従者らしき男を伴った、ローシラ宰相が話し掛けてきた。


「生憎、まだ調査中の段階です」


 答えながら、俺は宰相の後ろに控えている相手に目を遣った。

 年の頃二十代後半といったところだろうか。

 主であろう宰相の荷物を目を見張るような太い腕で両手に抱えて、タイトなグレーのロングシャツに黒のパンツ姿で、ベージュのブーツを履いている。

 黒々としたその髪は整えているのだろうけれども、酷く癖があるみたいで毛先が跳ね上がっていた。猫背から察すると、宰相よりも遥かに高いだろう。おそらくシーレさんよりも高いんじゃないだろうか。端整な顔立ちにも関わらず、虚ろな様子が印象を悪いものとしていて、ほんの一瞬だけこちらを見た後は、それきりずっと自分の足元を見つめたままだった。


「……そうですか」


 宰相は俺の視線に少しだけ追うようにしたあと、俺が抱えている物に先を移す。


「まあ、あまり根を詰め過ぎて過労死などなされませんように。くれぐれも、お気を付けください」


「……ありがとうございます」


 そうしてシュライバスさんを一瞥したあと、ローシラ宰相は俺らの脇を通り抜け立ち去って行く。


「……」


「メルティナ?」


「アイツかなぁ……」


「……マジ?」


「右足踏み込んだ時、少しだけ体ぶれてるでしょ? 昨日のヤツもそうだったんだよね~」


「……」


 後ろから同じようにして見てみたが、まったく分からん――。


 □


「サーシャ。なんか見つかったか?」


「残念ながら、まだ何も……」


「ふ~~む……」


 俺らは手分けして資料を確認していた。確かに国益を考えると、誰の目にも触れさせたくはないということは一目瞭然だった。

 なんとそこに列挙されていた使途の中には、諜報活動や工作員の養成費、はたまた魔王の育て方なる研究費までが盛り込まれていた。

 どういう理由で必要なのかは分からないが、こんなものが白日の下に晒されたら、国の印象や光の神様を崇める宗教国家としての立場、それにセレス教団との協調関係も破綻しかねないんじゃないかと思う。

 でも、こうして出してきたという事は、綺麗ごとだけじゃなくて、ビヨンド王もローシラ宰相の事は憂慮すべき事態と思ってのことなのだろう。

 しかし、求めていたは見当たらず、整然と並んだ数字の列が、俺らの期待を脆くも打ち破ってくれていた――。


「マイマスター。ただの噂だったということでしょうか?」


「なら、襲う必要ない…」


「ん~、ほんの少しだけ気になる所といえば、王妃の薬くらいかなあ……」


 そこには、昨日の短剣ダガーの刃に塗られていたエリーという植物の名前が載っかっていた。ま~、昨日の今日だけに目が止まった、という話しなのだが。


「……」


 涼ちゃんが素材が列挙されている項目を瞬きもしないで見つめている。


「どうかした?」


「パディーゾ……」


「なにそれ?」


 小さな手から伸ばされた指が、品目の一つを指し示した。


「クルプルによく似てるシダ植物。けど、薬にはならない……」


「というと?」


偽物バッタモン……」


「へ?」


 涼ちゃんの話によると、エリーの偽物バッタモンとして悪徳薬店などから出回っている品の素材であるらしく、その道に精通している者でなければ、見極めがつかないということだった。

 そもそもエリーとは、命に関わるほどの虚弱体質の人が、回復の兆しが見込めない場合に根本的にじっくりと服用するものだそうで、効果が出る前に亡くなってしまうことも多々あるらしく、そのため偽物バッタモンに尚のこと気が付きにくいそうだ。


「気になるね。明日にでも取引先に確認しに行こう」


「うん……」


(だけど、事の本質ではないだろうな~。いやぁ、マイッタ……)


 と、俺が頭を抱え目をショボショボさせていると、メルティナがコーヒーによく似たレーストという飲み物を運んで来てくれたというので、書類を一度片付けることにした――。


「それにしても、こんな大量に木箱が山積みになるほど、みんな税金納めてるんだね~。女将さんなんか〈年々あがってる〉って、ボヤいてたもんなぁ」


「……え? それホント?」


「うん。この間も、そんなこと言ってたよー」


 メルティナがトレーを胸元に抱えていう。


「税金が……上がってる……」


 俺はメルティナに礼を伝えて、独り言を繰り返し、極狭の部屋の中を歩き回った。


(待てよ待てよ待てよ待てよ!? 年々あがってんだろ? だったら税収だって程度の差こそあれ右肩上がりでいいはずだよな? ところがどうだ? 実際は、横ばい或いは微々たるものにせよ、右肩下がり…………!?)


 俺はここで、ある考えに辿り着く。


「シーレさん!」


「はっ!」


「何処でもいいので、明日、税金を納めている額が大きそうな所へ行って、収めた額を確かめてきてください! 出来れば直近のものだけじゃなくて、五年よりも前のものもあると助かります!」


「承知いたしました!」


「涼ちゃんは、さっきの薬にならない植物が、なんで注文されたのかを聞いてきて!」


「りょ……」


「流射芽さん、私は?」


「俺とサーシャは、城にローシラ宰相が着任する前の記録を用意してもらって、それを確認する!」


「分かりました!」


「よ~し! やっとカラクリが見えてきたぞ!」


「……それで、どういうことなんでしょうか?」


「……エッ?」


 皆の小気味いい返事に、てっきり俺は理解したものと思っていた――。


 次の日。

 午前中からそれぞれが行動に移り、俺が予定通りに請求を出したところ、ローシラ宰相から受け取りに来て欲しいとの連絡があったので、一計を案じてサーシャとメルティナを伴い、城にまた足を運んでいた。

 それにしても、こんなことなら馬並乃如意棒チンポンウンを宿の前にベタづけ頼んでみればよかった……。


「ご足労頂いて、恐縮ですな」


「とんでもありません。それより、書類の方は?」


 北側に位置するであろう建物の一室、広々とした宰相の執務室でメルティナと、並んで腰掛け宰相を前に低いテーブルを挟んでいる。そして深々と椅子に凭れ掛かる宰相の後ろには、昨日の男が同じようにして立っていた。


「それが直ぐに用意できるものと考えていたのですが、なにぶん私の着任以前からのものでして、確認作業に追われております。午後には宿の方に届けることができると思いますので、少々お待ち願いますかな……して、進捗状況は、如何なものでしょうか?」


「申し訳ありませんが、王様への報告を終えるまでは、お話できることは何もありません」


「そうですか……それにしても異世界のお方。貴方はいずれこの世界から去り、自身の世界へ戻られる身ではありませんか? そのような方が必要以上に、この世界に係わるのは如何なものでしょう?」


「……と、いうと?」


「いえ、私は貴方の身を案じているだけです。司直としての本来の仕事以外の事に首を突っ込んで、帰らぬ人にならぬように……という、心遣いです」


 隣のメルティナが僅かに体勢を変えた……と同時に男が視線を持ち上げる。


「お心遣い、感謝いたします……」

 

 どうやら宰相の狙いは、最初からこれだったようだ。

 俺は凍てつくようなその微笑みと険悪になってしまった場の雰囲気から逃れることに決めて、退室することを伝え扉口の方へと足を運ぶ……すると手にしていた麻で出来た大きめの巾着袋を落としてしまった――


「大丈夫ですかな?」


「……はい。ありがとうございます」


 宰相は中の厚く硬いごと拾い上げて、俺に渡してくれる……俺は思わず、薄ら笑いでソレに応えてしまった――。


「流射芽さん、やりましたね!」


「ああ!」


 やはり俺の襲撃を指示していたのは、ローシラ宰相だった。そして後ろのあの男が、襲撃者だった。


「個人的なことは後回しにして、書類が届いたら直ぐに確認を始めて、シーレさんと涼ちゃんの吉報を待とう!」


「はい! ……って、それにしても流射芽さん。私のこと、少し雑に落とし過ぎじゃありませんか?」


 二つ目の角を曲がったところで、巾着袋から取り出したサーシャが姿を戻し、お尻を痛そうにして撫でる。


「イヤ落とすんだから、仕方ないでしょ?」


「それでも、もう少し女性の扱いというものに気を付けてください。ずっと乱暴な持ち方でしたよ」


「本になってる時に、オス・メス言われてもね~……」


「本でも私は女性です! オス・メスという言い方は不適切です!」 


「でも落とすんだから、多少イタイのは――!」


「大事に扱ってさえ、頂けていれば――!」


「え、チョット!? こんなところでケンカ!?」


「そもそもサーシャが――!」


「流射目さんだって――!」


「やめなって!」

 

 興奮が原動力となって、ついつい声が大きくなっていってしまった中、この光景を身をひそめ目を見張るほど太い腕を隠すようにして窺っているということに、俺らは気が付かないでいた――。



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