第11話 暗殺未遂

 翌日。

 二体のゾンビが、それぞれ壁際に湿っぽく佇んでいる。

 サーシャは具合が悪いようで、頭をしきりに押さえていた。


「私、昨日のことが途中から思い出せません……」と言うので、水と一緒に涼ちゃんが一言一句を正確に書き記したメモを手渡す。

 そしてそれをボンヤリと目にしていたサーシャだったが、やがてその表情は蒼へと変わっていき、読み終える頃には濃い紫色となって、ゾンビーズの元へスッ飛んでいって土下座するのであったが――、


「キャラ、立ってない能無しですから」


「中途半端ですから……」


 と、ゾンビ達は焦点が定まることもなく、陰鬱に薄笑いを浮かべて呟き、そんな姿を俺が溜息混じりに眺めていると、ドアがノックされた――。


「……失礼します。シュバイツ家から、お届け物があります。使用人の方々がお待ちですが、運んで頂いても構いませんか?」と、ショートカットの年少メイドさんは、少し癖っ毛の黒髪に天使の輪を作りながら控えめに言う。

 前髪だけは長目にしてあって、目を覆い隠すようにしてある所からチョコンと姿を現している愛らしい鼻先へ、「どうぞ」と、俺が返事をすると、それを皮切りに次から次へと木箱に収められた書類が部屋へと運び込まれてきた。


「スンゲ~量だな……」


 ――結果、部屋の三分の二を占拠されてしまった。


 二台のベットをくっ付けて寝ていたのだが、それを廊下側の壁寄りへと移動させて、木箱の山は奥へと並べてもらった。


「主からでございます」


 俺らのことを先日カルムさん宅で出迎えてくれた老齢の使用人の方が、俺らに手紙を渡して帰っていった。

 その裏には、シュバイツ家の紋章で封蝋がしてあり、中を確かめてみると、羊皮紙にしたためられた一通の手紙が姿を現した。

 内容はというと、届けさせた書類はローシラ宰相が着任してからの五年間に亘る王国の収支についてのものであること。書類が部外者の目に触れた場合は、掛けられた魔法によって燃えて無くなること。そして調査終了までは、俺らとの親交は自粛するとのことが丁寧に書かれてあった。


(カルムは、聖騎士に恥じぬ選択をするでしょう――)


 シュライバス聖騎士長さんの言葉が蘇る。


「……よ~し、 始めるぞ!」


 ゾンビ達も召喚して、早速作業に取り掛かかった――。


 ◇

 ◇

 ◇


「キッチリしてんな~……」


 今日一日ずっと、書類を隈なくチェックしていたのだが、怪しいと言える所は特になかった。まるで企業なのか? と、そう聞きたくなるような、財務諸表に近しい立派なその書類は、貸借対照表、損益計算書、キャッシュ・フローと思われる形態で取りまとめられていて、非常によくできていた。それはまるで、アイシャム・ローシラという人の抜け目の無さを表しているかのようでもあった。


「明瞭……」


「これは素晴らしいですな。わたくしなどは、よく訴状の受理をうっかりしておりますが」


「シーレさん、それは気を付けましょうね」


「面倒くさいと、記録適当に……」


「ヨシ、涼ちゃん。やる気だそう!」


「あとは、国政機密費という項目ぐらいでしょうか?」


 サーシャが黒塗りの部分を指し示しながらいう。


「だな」


 国政機密費。どうやらそれは、国のへそくりみたいなもので、毎年一定額をその項目に回してあるようなのだが、それの貯蓄額や使途が不明だった。


「これは、聞いてみないと分からんわな」


「教えて頂けるかどうか分かりませんが、明日にでも開示請求を出してみましょう」


「しかし、サーシャ殿。この場合、どなたに請求すべきなのでしょうか?」


「これって結局のところ、宰相が管理してるわけだよね?」


 おそらくそうでしょうと、サーシャは左右の柳眉を少し寄せる。

 サーシャやシーレさんがぎったであろうことは、よく分かる。


 通常であれば、城宛てに請求をすればいいのだろうが、そうするとそのままローシラ宰相のもとへ行き兼ねない。すると果たして、宰相殿は開示請求に応じてくれるのかどうか……。

 それに、既にこれだけの書類を見せてくれているというだけでも、ファーランド王国としては、相当な覚悟が必要だったんじゃないだろうか?

 宰相の思いは別としても、此処だけを黒塗りにしているということは、それだけ国家としても他者の目に触れさせたくはないという意思表示なのだと思う。


 他者……もしかすると、ここまでのことは、カルムさんでも調べることが出来たんじゃないだろうか? そしてこの部分を知ることが出来なかったからこそ、俺らに託したんじゃないんだろうか? そう考えると、非常に重要な部分であるということに違いはなさそうだし、だとすると、どうやって請求すりゃいいんだ?


 そうして俺が腕組みしながら呻っていると、「王……」と、涼ちゃんが一言で道を照らしてくれた。なるほど。宰相の上司である人に直接お願いをするのが一番だな。


「ちょっと散歩がてら、体ほぐしてくる」と、駄目元かもしれないが、とにかく頼んでみる価値はあると分かったところで、本日はお開きとして、遅い時間ではあったが散歩に出掛けることにした――。


「ヨー、兄ちゃん! 今日もハーレムかい?」


 階段を下りると数人の客が深酒を楽しんでいて、そんな声が俺に向かって飛んできた。

 俺は苦笑しつつも愛想笑いでそれに答えて、表へと足を伸ばす。


「ふーーっ!」


 澄んだ月が浮かぶ、綺麗な夜だった。

 人通りのない路地裏をゆっくりと歩きストレッチしながら、凝り固まってしまった体をほぐしていく。


(何もない以上、ある事にはできんしな~。絶対あそこ見たいよなー……)


 先程まで見ていた資料や黒塗りが、頭を行ったり来たりする。


「?」


 そして暫くすると、人影が見えてきた。

 その影は、壁にもたれ掛かりジッとうずくまっているようだ。

 浮浪者なのかもしれないが、なにやらとても不気味に感じる。

 暗くてよくわからんが、外套マントでも纏っているようだった。


(触らぬ神になんとやら……)


 反対の方へ行こうと、回れ右をした……と、人影は音も無くスッと立ち上がったかと思えば、こっちに向かって歩き始めてきた……。


(……なんか、不気味だな)


 俺はその様子を視界の隅に収めたあと、気になり振り返ってみたのだが、その影は、俺の後を追って来ているような気がした――。


 次第に不安を覚えて、足早となる。

 そしてその不安は次第に焦燥を伴い、俺の足は徐々に小さな走りへと変化していく。


(なんか、ヤバそうな気がしてきた……)


 また振り返ってみると、その人影は先ほどよりも明らかに大きさを増していて、俺との距離が縮んでいることが分かった。


 俺は恐怖に煽られ、無意識に駆け出した――。


(ゲッ!?)


 首を捻って見てみると、人影は、灰色っぽい外套マントを棚引かせ走っていることが見て取れた!


(なんなんだよーー!? 誰かドラレコ貸してくれーー!)


 その走力は俺を凌駕している! ……いや、ま~確かに、涼ちゃんにも勝てないわたくしなんですがね・・・。


「ひーーーーっ!?」


 通りの建物から漏れる灯りで分かったことは、その人影は、木彫りのような無表情な仮面を被り、何処の誰だか全くわからないという、情報としては全くもってなんの役にも立たないであろうものだった!


(直正ちゃん、ハーーウス!)


 最初にあった距離を命綱とするようにして、懸命に腿を引き上げ腕を振り続けてやっとのことで宿屋の灯りを近くに捉えることができた――


「ぁ!?」


 しかし、バランスを崩して、転倒してしまう――


「!?」


 仮面のソイツは直ぐそこまで迫って来ていて、懐から刃物と思しき月明かりに映える物を取り出すと、距離を定めるようにして細かくステップを踏み宙へと舞い上がり、そこから俺のことを一刺しにしようと降下してきた。


られる――)

 

 怪我をする程度なのか、命の危険が伴うものなのかは、体が一番よく知っている。思い出したくもない記憶達が、鮮明に蘇ってきた――。


(くっ!)


 そしてそんな中、否が応にも無自覚に全身を硬直させていると、今のこの状況は危機的状況で、もう二度と体を起こすことは無いだろうと、染み出す相手の殺意から悟ってしまった――


「――テヤーーッ!」


「!?」


 無駄な抵抗とは知りつつも、右の腕で顔を覆うようにしていると、宿の方から掛け声と共に誰かが飛び込んできて、ソイツの手元に蹴りを放ち、持っていた刃物を叩き落す。


(女?)


 黒のスカートがヒラヒラと揺らめきながら俺の真上を通過した時に、目が慣れたのか、可愛い色のパンツがバッチリと確認できた☆


(……)


 誰かと仮面のソイツは、躊躇うことなく一言も交わさないままに戦いの幕を開いて、俺はその光景に、一命を取り留めたということも認識しないで目を奪われてしまう――。


 お互い場馴れしているのは、ド素人の俺でも直ぐに分かった。


 誰かは体躯とリーチの差を埋めるようにして、足元を狙う連続攻撃を繰り出し、方やソイツは相手の妙技を見切りながら、一撃を見舞おうとする――。


(すげーな……)


 激しい攻防が繰り広げられている。

 今、この場ではっきりと聞こえているものはといえば、二人それぞれの気のこもった動作による風切音のみ。

 その誰かの第一声のあとは、二人とも黙したまま、肉体による激しい論戦バトルを繰り広げるだけであった――。


「!?」


 そして僅かずつではあったが、誰かの蹴りが仮面のソイツの脛の辺りを捉えだした頃、劣勢と判断したのか、ソイツは急に後ずさりして素早く身を翻し立ち去って行く。そして誰かは暫くの間、構えを崩さずに逃走した方へと睨みを利かせたままでいた――。


「怪我はない?」


 相手が完全に去って行ったことを確認したようで、「ふ~!」と大きく一息吐いてから、俺の方へと駈け寄り話し掛けてくれる。


「あ!? 君は……」


 そう。ユーリスの一件で話を聞いた、メイドさんだった。


「大丈夫、ありがとう」と言って、俺は立ち上がる。


「あいつ、何者なの?」


 快活なメイドさんは、怪訝な表情を浮かべている。


「わからない。でも本当に助かったよ!」


「こんな恰好じゃなかったら、やっつけられたんだけどねえ……」


 戦うにしては伸縮性に乏しいその服を、彼女は確かめるようにして体を捻り、そして黒のスカートを恨めしそうにまんでみせる。


「確かにがバッチリ見えるのは、マズイよね!」と、俺があっけらっかんとして言い終わるや否や、


 バゴーーーーン!


 俺の左頬をメイドさんの右拳がえぐり、新たな刺客と言っても過言ではなさそうな生き生きとした一撃を頂き、今際いまわの際、ピカーン! と一句、閃いてしまった。  

 ――嗚呼、いと美しきかな、異世界煌月・・・お後がよろしいようで。


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