第10話 吐露

 午後。

 俺らは連行されるようにして、標の塔 《メイダスロート》と呼ばれる王城へと足を運ぶ。


「……」


 幾重にも渡る白亜の塔であるこの城は、大通りを真っ直ぐに進んだ先の、見上げるばかりの城壁の内側にそびえるようにしてあった。

 そして謁見の間は、建築物群の中心に位置する所にあって、其処には、オレンジレッドの気品漂う絨毯が敷き詰められており、俺らが片膝を付いて畏まる目の前には、数段上の場所に玉座が据え置かれ、主の訪れを静かに待っている。


(……)


 数メートル離れた俺の左右には、聖騎士が整然と立ち並び、その後にダークシーグリーン色の同じ格好をした人達が列をなす。


(緊張すんな~……)


 左右に掲揚されている国旗であろう物に目を向ける。確かこれは、俺らが王都に入る時の門にもあったものだ。太陽と真っ直ぐな路が描かれている。どういう意味合いかは分からなかったが、国風とマッチしてるように思った。


(トイレ行きて~……)


 場の雰囲気に少しお腹が痛くなってきたころ、左前方の壁際に陣取っていた音楽隊の演奏が厳かに鳴り響き始めて、その音色が先程までひっそりと聞こえていた話し声達をあっさりと打ち消し、凛とした空気を間に与えた。


「……」


 先頭をカルムさんと俺とで務めて、王がその姿を現すのを自分のつま先とにらめっこしながら待っていると、やがて演奏が鳴り終わり、間が静まり返った――。


「セントーリアの方々。どうぞ、お顔をあげてくだされ」


 重厚な声が届いてきた。

 その言葉に、俺らはゆっくりと視線を上げていく。


(……)


 悠然と玉座に収まる王は、威厳を感じさせはするものの、何よりも温かさに溢れた印象を受けた。その眼差しは柔らかく、恐らく頭に戴いているシンプルでありながらも畏怖を覚えさせる王冠と、鮮やかな朱色のコート、それから馬蹄形の立派な白髭がなかったら、今よりもっと優しそうに見えるんだろうなとも思った。

 そしてその王の両隣には、十数人の人達が控えるようにして居並んでいて、様々な色合いを映した目で俺らのことを見据えていた。


「この様な仕来りとは無関係のセントーリア最高裁判所にも関わらず、我が王国に対してのお心遣い、感謝致しまするぞ」


 とんでもありません、と、俺は頭を下げる。


 ――謁見の前に、シーレさんから豆知識を貰っておいた。


 この人がファーランド王国の王、その名をシャルディ・ビヨンドという。

 歴代の中でも相当に人望の厚い王様で、若かりし頃の武勇伝も数多あるということだった。

 そして政治手腕もかなりのものらしく、国教である光の神様を崇めるセレス教団との協調関係も極めて良好で、其処からの税収も大きな財源の一つだという話しで、今現在は国力、延いては軍事力も世界一ではないだろうかということを語っていた。

 また、この国は世襲制ではなく一代限りだそうで、次期国王に誰が就くのかということは、国の内外問わず、話しのネタになっているのだそうだ――。


「本来であれば、王妃である我が妻も参列するところなのですが、あいにく病弱で数年前からはとこせっていることが多くなってしまいましてな……どうか、許されよ」


「一日も早いご回復を、心よりお祈り申し上げます」


 俺のその言葉にビヨンド王は感謝の意を伝えてくれ、そして一呼吸置いてから、「伝え聞くところによれば、セントーリア最高裁判所が存亡の危機にあるとか」と、口にした。


(バレてる……)


 率直な気持ちが湧き上がるのと同時に場内がざわつき、その事について俺が何らかの説明をしようと口を開きかけると――、


「いま一時の間、皆様におかれましては、ご不便をお掛けすることもあるかとは存じますが、このように裁判官ともども【法の書】であるわたくしや、補佐役の面々も、日々粛々と務めております。何卒ご心配なきよう、よろしくお願い申し上げます」と、サーシャが雄弁に後ろから述べて、それを聞き終えたビヨンド王は先程よりもその顔に深くシワを刻み込み、「その御言葉を聞かせて頂き、安心しましたぞ。セントーリアは、この世界の秩序の要ですからな」と、サーシャへ労いの言葉を掛けた。


 そうして場も一応の静寂を取り戻した、その時、「恐れながら!」と、カルムさんが声高に、そのままの姿勢で一つ前へと進み出た。


「どうした、シュバイツ……申してみよ」


 ビヨンド王の声が先程よりも遥かに威厳を増して、場内の雰囲気が立ち所に変わった――。


「は! この数年というもの、残念ながら我が国において、不穏な噂が流れております!」


「……ほう、それは?」


「そちらに控えておられます、宰相殿に背信の意があるとの噂です!」


 場内がどよめく。

 するとビヨンド王は片手をスッと上げて間を見渡した……。

 謁見の間は、瞬く間に静けさを取り戻す。


「……なんと無礼な。我が君、どうかあの痴れ者を即刻、処して頂きたい」


 ビヨンド王から向かって左側に控える淡い紫青しせ色のローブを纏う痩身の男が、カルムさんを凍てつくような眼差しでめつける。

 年の頃、四十代後半といったところだろうか。

 白いものが交じるその髪をオールバックにして整え、体つき同様、けた頬の上に切れ長の目元が知的さを窺わせていた。

 男は眼光の鋭さや言葉が不釣り合いなほどに物腰柔らかな様子で薄っすらとした笑みを湛えながら、王へと話し掛けている。

 その様子は語る相手と親和し、心の距離をぐっと縮めるに足るものがありそうではあるのだが、実のところ、『狡猾』、この言葉がぴったりと合うんじゃなかろうか。


「まぁ、待て。予はローシラを信じておるが、シュバイツのこともまた然り。このような場で申し開くのであるから、耳を傾けるが王の役目」と、そう言って更に何か言葉を綴ろうとしたローシラという人のことを王は制した。


「……恐れながら、陛下」


 ローシラという人と玉座を挟んで反対側に控えていた、カルムさんと同じものを纏う体躯のいい総白髪の男性が、一歩近づき話し掛けた。


わたくしの耳にも残念なことに、そのような噂が漏れ聞こえております……如何でしょう。ここは一つ、宰相殿の疑惑を払拭する為、セントーリアの方々に御助力を仰いでは?」


「……ふむ。して、シュライバス。どのように御助力を願うというのじゃ?」


「はっ。第三者のお立場として、背信の意の有無を調査して頂ければよろしいかと……」


「聖騎士長殿。私の潔白が証明された暁には、それ相応の覚悟は、おありなのでしょうかな?」


「勿論です。宰相殿」


「……よろしい」


 左右の険悪なムードの中、王は髭を摩りながら暫し思案に耽ったあと、居住まいを正し俺に話し掛ける。


「如何ですかな、裁判官殿。ここに控えるローシラも、このままでは肩身が狭い。裁判官殿に調査して頂ければ、以後、このような噂も無くなり、我が国の安寧にも繋がりまする……御助力を願えないであろうか?」


 話が進めば進むほど、事の重大さに及び腰になりそうだったが、ここで引いてしまっては、カルムさんの立場もないだろうと思ったし、それにセントーリアの威信にも関わるだろうと覚悟を決めて、「分かりました。できる限りのことをさせて頂きます」と、俺は答えた。

 すると王は「よろしく頼みましたぞ」と謝意を表してくれ、「それでは此処に、第三者委員会の発足を宣言する!」と、高らかに告げて、謁見の間は、オオーーッ! っという歓声に華やいだ――。


 □


 そしてその後、「少しばかりの気遣いですが」と、ビヨンド王が晩さん会を開いてくれた☆

 カルムさん宅で御馳走になった料理も良かったが、さすが国王様!

 レーベルの違いを見せつけて、俺らの胃袋を絶叫させてくれる!


「如何ですかな? 我がファーランドの味は?」


「最高です!」


 目の前のコンガリ揚がった四本足の鶏さんの腿にムシャブリつきながら、俺は後ろからの質問に声だけを送り返したのだが、その静謐な声音が気になって振り返ってみると、さっきビヨンド王の隣にいた、シュライバスさんだった。

 なんと聖騎士長様は、俺のさもしいその姿を微笑ましく見ていらっしゃる。

 いや、なんとも恥ずかしい……。


「大変なことに巻き込んでしまって、申し訳ありません」


 シュライバスさんは、軽く頭を下げた。


「乗りかかった船です」


 俺は笑顔で答える。


「カルムは非常に実直でしてな……。宰相殿が、よからぬことをしているのが許せんのですよ」


 シュライバスさんは、遠くで皆と談笑しているカルムさんを父親のような眼差しで見つめる。


「それは、間違いないのですか?」


 俺は、そもそも論を問い質してみた。

 裁判官だからといって、印象が悪いというだけで全て悪だと決めつけるつもりは一応ない。


「生憎、我々ではそれを明確に掴めずにおります。ただ、的外れな疑念とは、到底言い切れないのも事実です」


 シュライバスさんは、何処か自分自身を『不甲斐無い』と、そう感じているような、そんな様子だった……。


「それに……」と言って、聖騎士長としての面差し強く、重くなりかけたその口を開く。


「カルムがあのような申し出をした以上は、命を懸けての進言となりますからな」


「ぇ……」


 俺は、手にしていた、食べかけのそれを落としてしまった。


「じゃあ、もしも、何もなければ……」


「カルムは、聖騎士に恥じぬ選択をするでしょう」と、そう言って、俺が落としてしまったものを懐から薄緑色のハンカチを取り出し、腰を屈めて片付けてくれる。


「……だからと言って、私も職務として調査をする以上は、何もなかった場合には、そのように、報告します……」と、マニュアル文を棒読みするようにして、俺は伝えた。


「もちろんです……カルムが貴方にお願いをしたのが、よく分かりました」と、柔和な表情でそう言ってくれ、そして次の言葉が見つからない俺に「申し遅れましたな。私は聖騎士長を務めるシモン・シュライバスと申します」と、滑らかに名乗り、「よろしくお願いいたします」と、深く俺の心に響く一礼をくれてから、カルムさん達の輪の中へと消えて行った。


(相当、心配なんだろうな……)


 と言っても、シュライバスさんだって、何もなかったら今の地位が無くなるとも限らない……というより、さっきのやり合いを見ていたら、間違いなくそうなるんじゃなかろうかと思う。それに、もしかすると騎士でいられなくなることだって有り得るんじゃないのか? もっとネガティブなことを想像すると、カルムさん同様、命だって危ういかもしれない。


「……」


 それにしても、カルムさんは途轍もなくリスキーな選択をしたもんだ。

 いくら変態Mっけがあるからって、そこまでするのはどうなんだ?

 でも、聖騎士という役職と、真っ直ぐなあの性格じゃあ、俺には分からない募る思いがあったんだろうなとも思う……。


 ――まぁ、俺だって、ちょびっとぐらいなら分かるかな。


 あっちの世界でも、色んなことを見聞きしてきた。

 退官間近の裁判官ひとが被告担当の大手弁護士事務所に天下りが決まっていて、原告に恐喝まがいの手法で訴えを取り下げさせたり、検察とグルの為に結果ありきで真面まともに被告側の証拠資料にすら目を通さなかったり……。


 でもだからといって、俺にカルムさんのような、ああして命を張る度胸はなかったし、悶々とするものはあっても、それ以上どうすることもできなかった。

 けど、女性あの先輩がいてくれたお蔭で、変な色に染まることだけはなかった。


(……)


 俺は様々な感情と其々の思いを乗せて今回の一件に臨まなくてはならないということに今更ながらに気が付いて、(とにかく、きっちりとした調査をしよう)と、己を戒めていると――


「流射芽さん! 心配した通りになっちゃったじゃないですか~~!? ……ヒック!」という、顔を真っ赤にした千鳥足のサーシャが絡んできた。


 うわっ!? 酒クセェーーッ!


「ま……まぁ、仕事のうちってことで」


「なァにを偉そうに! そもそも権威だけを利用して、ワタシらに裁かせないってのは、一体どういうことなのよ!? ソモソモねえ!――」


 ヒートアップするサーシャを落ち着かせようと、「まぁ~、ほら! 威光レギュルス掛かんないかもしれないし、それに、〈国の高度な政治的判断は、例え法律判断が可能であったとしても、司法審査の対象から除外する〉っていうのもあったしさ! それに……ほら!? 今んとこセントーリアしさー! なんかの時、助けてくれるかもしれないじゃん!?」


「……」


 ――ハ~イッ★ やっちゃいました!


 サーシャの目付きがガラッと変わり、怒りの炎が吹き上がる!

 正に、完璧なヤブヘビとなってしまった!


「サーシャちゃん、お水飲もうね!? ねっ!」


「シャケだ……シャケ~~~~!」


 酒ぐせワリィィ~~・・・。


「ほー、これは面白い! サーシャ殿は酒乱でしたか!?」と、シーレさんが近寄り呑気に言うと、「ナニヨッ!  Mっ気以外、なんのキャラも立ってない、能無し事務官!」と、一蹴。


「――ッ!?」


 この発言に対し、本来であれば悦んで良いはずなのに、シーレさんは何故か阿鼻叫喚の表情で壁の隅に四つん這いとなって立ち直れなくなってしまいました。


 そこへ、


「ぉ兄ぃちゃん……」


「――ダマレ! 中途半端キャラ!」


「!?……」


 涼ちゃんも一発KOのため、シーレさんの上で同様と化したので合掌しておく。

 するとオブジェとなった二人を婦女子達が好奇な視線で観察し出して、あっと言う間に人だかりとなった。

 ソコへ職業病とでもいうのだろうか? 聖騎士さん達の交通整理が始まり、見物はどうやら手持ちの砂時計を使い、三分ほどのようだった。


「ワタシだって大変なのよ!? この先どうなってくのよ!? なァにが〈ご心配なきよう〉によ!? 心配でしょうがないっツ~の!」と、サーシャはそう言って喚き散らし大声を張ると、突然、気を失ったかのようにしてバタッ! と倒れ込んだので慌てて抱き留めてみると、さっきまでのことが嘘のように穏やかな表情で眠っていた。


「……」


 サーシャはきっと、さっきの自分の発言に対して、相当なプレッシャーを感じたんだろう……。


 ――否、さっきだけじゃない。


【Mother《母親》】の失踪、自分の消滅の危機、不安な行く末、そんなものを抱えながら、セントーリアを代表して物申した。

 考えてみれば、俺をあっちの世界から連れて来てからというもの、サーシャが一番気を張っていたんじゃないんだろうか?

 俺が必要としなくなったり、機能しなくなったりしたら、このは消滅してしまう……。以前そのことについてそれとなく聞いてみたのだが、「【Mother】の元へ還るだけですから」と、サラッと何気なく答えていた。

 けど、果たして本当に、そんなに軽いことなのだろうか。

 で、あれば、【Mother】を俺に紹介した時、あんなにも意気込でこれからを語る必要なんて、無かったんじゃないのか?

 自分の命と存在意義を他人に預け続けなくちゃならないなんて、どれだけ辛いことだろうか。


「……」


 スースーと寝息を立てるサーシャを見つめる。

 俺が今、彼女にしてあげられること……それは、頑張っているサーシャ・コーラル様を背負い、宿屋へと戻って、ゆっくりと休んでもらうことだ。


「……お疲れさん」


 まだまだ宴は続くようだったが、明日からに備えて、俺らはその場を後にすることにした。


 ――そうして立ち直ることが出来なかった二体のゾンビを回収して、それらが真夜中、ヒタヒタという、不気味な足音を纏わりつかせ後ろを付いてきたのは、言うまでもない……。



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