第6話 性HEKI戦

 その日の夜、宿屋の二階。

 それぞれの部屋には二台のベットが置かれていて、隣の女子三人の部屋には、ベットを一つ足してもらっている。サーシャは本になるよりも疲れが取れるということで、そのままの姿で寝ているという話だった。

 ユーリスにはのごとく朝までその辺を徘徊してもらうことにしていた。幾ら彼が軽いノリだからといって、お化けと二人きりというのは、やっぱりコワイ。それに、命(?)を守る観点から見ても、必要な措置であった。


 そして真夜中――


 伸縮性のある麻の生地で作られた半袖のシャツと短パン姿で、俺は横寝でドアの方を熟視している。


(今日は、大丈夫そうだな)


 気が緩んできた所為で、瞼が落ち始めてきた……と、その時――


 ミシ……ミシッと、廊下が軋む音が聞こえてきて、そこからカチャリ、と、ドアノブが回される音もしてきた。


(……)


 眠気がスッ飛び、俺は薄目でドアの方へ意識を集中させる。すると、ゆっくりとドアが開いていき、廊下の明るさが足を伸ばすようにして入って来たのであったが、それを遮るようにして、何やら小さな人影が映った。


「……」


 その影は、アチコチ体を傾けながら、こちらの様子を窺っている。

 そして俺が寝ているようだと判断すると、シメタとばかりにトトトッと、軽快な音を奏でて直ぐ傍までやってきた――。


「涼ちゃん。こんな時間にこっそり入って来ちゃいけませんよ」


 俺は透かさず起き上がり、指を鳴らして天井の明かりを灯す。

 因みにこの明かりは、光石ファーテリアと呼ばれる何処にでもある石で、それを必要な光度ぶん、照明用のガラス細工等の中に入れて、光の神様(なんつったっけな……?)に灯って欲しいということを何らかの音を出すことによって伝え願う、日常の奇跡である。


「独りじゃ、眠れない……」


 そしてそんな中、涼ちゃんはステルス能力アップの為か、『まことの偽証』と、お腹の部分にブラックインブラックで書かれた着ぐるみのようなパジャマ姿で枕を抱えて佇んでいる。


「あと2人も、部屋にいるよね?」


「ぉ兄ぃちゃんと一緒じゃなきゃ、眠れない……」


 恥らうように見せているその態度こそが真の偽証だと突っ込みたくなるような様子で、またもや既成事実があったかのようにして述べる。


「はいはい。じゃ、あっちの部屋の前まで、送って行ってあげるからね~」


俺は起き上がり涼ちゃんの背中を押して外へと向かわせる。すると涼ちゃんは、「睡眠薬かシビレ薬飲ませりゃよかった……」と、吐き捨てるようにして呟いていた……てか、持ってるんかい!?


「――ふぅ」


 涼ちゃんを部屋の前に送り届けて、俺はベットの中へ入り直し、同じようにして明かりを消した。


 ――すると仰向けになった俺は、妙な感触がするのに気が付く。


(なんだかこのベット、さっきよりも異常に柔らかいぞ。特に背中の辺りの弾力は一体なんなのだ? なんだか、こう、動く度に得体のしれない二つの肉塊があるような。しかも生暖かい……ん? 俺の頭に、荒い息遣いのようなものが掛かってくるのだが……)


 俺は飛び起きてベットのシーツを剥ぎ取り、直ぐさま明かりを灯し確かめる!


「……シ、シーレさん……」


 いつどうやって作り入ったのか、シーレさんがダークシアン色のネグリジェ姿でピッタリと人型の窪みの其処に収まっていた。


(アンタ、乳首ビーチクの形まで、見えてまっせ……)


「マイマスター! どうぞお気になさらず、この肉ベットのわたくしめを圧殺してくださいませ!」


 シーレさんの瞳孔は、きっちりと開かれておる。


「・・・」


 俺は黙したまま、シーレさんごとベットを廊下へと移動させることにした――。


「あぁ! 放置プレイ!!」


 イチイチ喜ぶんじゃ~ない!


「どうでもいいが、シンドイ……」


 実を云うと、路之駅ルテスションの宿屋でも似たようなことが繰り広げられていた。

 俺は辛くも二人を撃退し、何とかここまで操を守り抜いてきていた。

 まー、普通の相手ならば、俺だって嬉しい。

 だが、シーレさんはあの通り只の変態だし、涼ちゃんは目を見開いたまま眠り「いっぺん、死んで――」や、「く~る! きっと――」や、乾き切った声で「ァ"、ア"ァ"ァ……」などの寝言を連発して、恐ろし過ぎてとてもじゃないが一緒に寝れん。


 そこで致し方なくユーリスに俺の部屋で寝てもらおうとしたところ、なんとあろうことか、あの二人は被告を消滅させようと、一致団結して退魔師さながらの行動に出たのだ。

 これでは裁判所としての信用も何もあったものじゃないと、こうして孤軍奮闘で死力を尽くしているという訳だった。

 それにしても、ああしてめげることなくユーリスがナンパ道に励んでいるというのは、ズレているというか大したものだというべきか。


「これでサーシャが参戦したら、敵わんな……」


 静けさを取り戻した部屋の中、俺は大きく溜息を吐き、そして明かりを消して態勢を整えた……。


「?」


 直後、カリカリという音が壁から聞こえてきた。

 お盛ん……違う、補佐官の部屋からだ。


(なんだ?)


 気になって起き上がり、側まで近づいてみることに。

 どうやらその音は、足元に近い所からだった。

 俺は屈みこんで、その辺りに耳をそば立てる。


 カリカリカリカリ……、


 カリカリカリカリ……、


 そこから、


 ギ―、ギギ……ガガガッ――


(削ってる!?)


 と思っていたら、


 ――ドフンッ!!


「うわ!?」


 マンホールよりも一回り小さい幅で壁が削り取られ、飛び退いた俺の足元には、木片がゴロンと転がり間髪入れずにその穴からヒョイと枕が投げ込まれ、ニョキっと両手が飛び出しかと思えば、次にはキューティクルな黒い髪が発露するようにして姿を現してきた……。

 そうして上半身を這い擦るようにして出してくると、くらい部屋の中、バッ! と無表情な顔を上げて、ひと言。


「――ぉ兄ぃ、ちゃん……」


「・・・」


 涼ちゃんの頭を向こう側へと両手で押し込み、壁に引っかけてある指を1本ずつ丁寧に引き剥がしていって、最後に枕を放り込んで透かさず木片をハメた。


「もうイタズラしちゃ駄目だからね!」


 一夜で二度の襲撃は、今回が初めてだ。

 精がつく物でも食ったのか?

 あ~。そういや、ケンタウルスの金○がどうとかいうの食べてたっけな……あ、俺も食ったわ。あの味、蜂蜜漬けの梅を思い出したっけ。


「あ~、しんど……」


 グッタリとしながら、もう一方のベットへと帰還した。


 ぺチャ――、


 直後、何かネバついたものが顔に掛かった。


(水漏れか?)


 そう思って天井に目を遣ると……


「ちょっとアンターーッ!?」


 其処には、こちら向きで天井にへばり付き、舌なめずりして俺を見下ろすシーレさんの姿があるではないか!


「ムァイ、マフタァーー!」


 血走ったで俺をロックオンしたシーレさんが、滑舌悪く涎を血飛沫のように飛び散らせ急降下して来る!


「やめれーー!」


 絶対に捕縛される訳にはいかないと、ベットから素早く飛び退き、俺は暴れ狂うシーレさんをシーツにくるんだ!


「大人しくせんかい!」


 シーツが歪な形に変化する中、そのまま窓のところまで引きずって行き、両開きのそこを手前に引いて全開にして、力の限り遠くへと放り投げた!


「放り投げプレ~~イィィ……――★」


 俺の筋力では真下に落とすぐらいでしか出来なかったのだが、シーレさんの悶絶の声は夜空に木霊し、それと同時に近所の方々からの苦情の声や、動物の鳴き声などの大合唱が沸き起こってしまった。


「スイマセンデシター!」


 不特定多数の方々へ謝罪をして、俺はガッチリと窓を閉めた。


「っ、疲れた……」


 寝る前の十分過ぎる運動を熟し終えて、廊下のキルトを回収し、俺はこのあと深い眠りへと落ちて行った―――。


 深夜。


「……トイレ」


 そう言って、寝ぼけ眼で起き上がり部屋を出る。

 意識は一向にハッキリとはせず、とにもかくにも手を洗い、再び温もりあるベットへと辿り着き、滑り込んだ――。


(……)


 俺は、夢を見ていた。

 景色は見えず、色彩はモノクロ。

 そんな中、汚れたポンチョのような物を纏う、一人の男がいた。

 年の頃、四十前後だろうか。

 疲れ切ったその様子が、俺に年齢を上げて見せているのかもしれない。

 後ろ髪が肩の辺りまで届き、背中の丸まりが諦めを感じさせる。

 そしてそんな男の目の前には、とても優しそうな女性の姿がある。


(あの女性ひと……)


 見覚えがあるような気がして、夢の中にも関わらず、記憶を辿ってみた。


(そうだ。女神アクシム……)


 セントーリア最高裁判所の中で見た、像。

 あれに瓜二つだった。

 それも生命の息吹の為か、彼女は像よりも若く映っている。


(綺麗だな……)


 セミロングの流れるような髪と穏やかなその表情は、接した者の心を清らかにするのだろうと感じさせた。

 出来ることならば、直にお会いしてみたい女性。

 そしてそんな彼女が後ろ手にしていたある物を、膝丈のチュニックをフワリとさせながら男へ差し出した……あれは、本? そうだ、あの輝きは【法の書】……否、サイズは小さいけれど、【聖・法の書】じゃないか?


(……)


 男は驚倒しながらも其れを手にして喜びを爆発させた。

 そして彼女を抱き上げ面差し豊かに柔らかな表情を彼女に向ける。 

 彼女はそれに対し、頬を紅らめ恥ずかしそうにしながらも、満足そうにして微笑んだ――


 と、そこで目が覚めた。


「……眩し」


 朝日が差し込み、その光に目を細める。

 身体を動かそうとしたが、何故か体の自由が効かない……。


「ンン……」


 俺のベットの中、僅かに身じろぐヤツがいた!?


(どっちだ……)


 正直、してやられたと思った。

 疲労の蓄積が、この失態を生んでしまったようだ。

 何か変なこと、されてなければいいんだけど……。

 とにかく相手を確認しようと、俺は一呼吸置いてから、キルトを一息に剥ぎ取る――と!?


「サ!? ……サーシャ」


 どちらも純白で上半身はシャツのみ。下半身はズボンも履かずに少し食い込んだ下着だけで俺の首に腕を巻き付け、両足で俺の左足を挟み込み、俺の胸に顔を埋めて気持ち良さそうに寝息を立てるサーシャの姿が、そこにはあった。


「……」


 予想外過ぎて、顔が熱くなってしまう……。

 俺の左腕には、シーレさんとは一味違う、寄り添うような自然な主張を貫く柔らかさと、左足にはクセになりそうなピタリと吸い付くなめらかな弾力が……。

(これで寝顔見えたら、最高なんだけどな~)と、そんなことを考えていると、両サイドから恐ろしいまでの殺気を感じた。


「!?」


 ゆっくりと目だけを動かしてみると、左側にはひもで自分の首をくくり締め上げ息も絶え絶えに白目を剥くシーレさんの姿が……。

 右側には、打ち込む処が無くなるほどに淡々と藁人形に錆びついた釘を打ち込む涼ちゃんの姿があった――。


「……」


 俺は恐怖の余り、声も出せなかった。



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