第5話 ファーランド王国

 その後、俺らは逃げるようにしてセントーリアへと戻って来た。

 そして、〖今できる簡易な裁判から熟して、力を付けていこう!〗と、子供達のあの非難の眼差しを忘れるようにして、職務に当たることとした。


「それにしても……」


 未だこの状況が各地には伝わっていないようで、見れば俺の机の上には、膨大な量の訴状の山が築かれておる。

 話によると、この世界に残った他の裁判官達には、結局のところ威光ホーリーが流れ込んで来ることは無かったようで、現在、俺らだけが真面に執務に当ることが出来ているという状況だった。

 そして現状が好転するまでの間、裁判官の人達は、他の職に就いて食い繋ぐことを決め、エウティアの街にある職業斡旋所プロフェシオメディヌに足繁く通っているということだった。

 

 そうしてサーシャ以外の法の書達は皆、先日の話の通り、マジックボックスに収められることとなった――


「お姉ちゃーーん!」


 姉さん達との別れを惜しみ、サーシャが号泣する。

 102人の姉達は、それぞれサーシャに励ましの言葉を掛けて目を潤まし、堪え切れずに涙する姿も中には見受けられた。

 そして裁判官達も、いつまた会えるともしれないこの状況に唇を噛み締め、その時を見届けようとし、担当本達も哀切を漂わせている……が、中にはホッとしたような表情を浮かべる本もいた。

 まー恐らく、色々あるのでしょうね……。


 そうして【聖:法の書】が安置されていた場所をそのスペースとして、ボックスが閉じられ、その大らかで優しいげな扉もまた、静かに閉まっていった――。


「……」


 最初の時こそ笑っていたが、今ではその光景に、なんともいえない悔しさを覚える。

 なぜ、【聖:法の書】……【Mother】は急にいなくなってしまったのだろうか。

 なぜ、混乱を呼び、悲しみが増えるかもしれないような、こんな事態に陥らなければならないのだろうか。


「……」


 こんな異世界ポッとでの俺が、いくら考えたところで答えなんか出せる訳がない。

 所詮、あっちの世界でもこっちの世界でも、その世界の小さな小さな歯車でしかないのだから……。

 だから思う。

 そんな小さな歯車だからこそ、なんにも変えられなかったとしても、それなりに足掻あがいてもがいてやろうと。それに小さな歯車って、意外と無かったら困るはずだと信じたい気持ちもある。


「――さぁ、やることは正に山となって待ってる。しっかりと熟そう!」


 俺はサーシャ、シーレさん、そして涼ちゃんに声を掛けた。すると返事の仕方こそ三人はバラバラだったけれど、その思いは間違いなく、一つとなっていた――。


 そうしてドタバタな一ケ月が過ぎようとしていた頃、サーシャが本になった時のサイズが、親指大くらいにまで戻ってきていた。

 そこで、「そろそろ取り扱う内容、上げてみる?」という、俺の提案が三人に受け入れられて、現状に見合った訴状を探すことに……。


「?」


 俺は、一つの訴状に目がとまった。


「なぁ、サーシャ。これ、誰が原告なの?」


「……ああ、亡くなられた方ですね」


「……」


「お化けになっても、訴状ぐらいは出せますよ」


「……そう」


 俺は次の訴状を確認することにした……が、


「折角ですし、これにしましょう!」


「……」


 ということで、裁判をすることになってしまいまちた。


 □


 ただいま執務室。


 まず、原告さんと話をすることになりまちた。

 何故かというと、訴状に不備があった為でつ。

 それを見つけた俺は、「じゃあ、他のを!」と、嬉々として提案したところ、話を聞いてから決めましょう! という、デリカシーの欠片もない担当本の所為でこうなってしまつたのでつた。


「……」


 俺は、アンティーク調の机を前に腰掛けて、膝をカタカタと小刻みに動かしている。

 ええ、動かしているのです。

 決して、震えて勝手に動いているわけではありませぬ……。


「流射芽さん、今日は何だか落ち着きがないですね?」


「そ、そんなことはないでつよ!?」


 ……そう。実のところ俺は、お化けは大の苦手だったりする!

 あのおどろおどろしい雰囲気がどうにもダメ!

 想像するだけで2~3日は一人でトイレに行けなくなることもある!

 例え子供っぽいと言われても、怖いものは、コワイ……。


 あー、出来ることなら、来ないで欲しいなぁ――


 と、そんなことを祈るようにして考えていると、扉がコンコンッとノックされ、「原告の方、お着きです!」と、案内役に出ていたシーレさんが開けて欲しくないその扉を元気よく開けて、原告を中に入るよう促した。


「……」


 俺は青ざめ、ゴクリと生唾を飲み込む。

 まだ、シーレさんしか見えていないその場所へ目を釘付けとしながら、俺は既に心臓の高鳴りが頂点に達してしまいそうになっていて、ひっくり返るのを必死で堪えていた。


 そうして――


「失礼しま~す」


(…………エ?)


 軽いノリの若者だった。


「……」


 確かに、先日のサーシャのような感じで透けてる上に色も無い。

 更には足先も見えない。

 それに彼が入って来た時から、なんだか室の中が少しヒンヤリしたような気はする……だが、「よろしくお願いします~」と、なかなかの毛量を落ち着かせるように片手で押さえながら現れたその姿は、非常に軽い。


 服装はといえば、胸元に飾り紐ようなものが見えていて、恐らく長袖を着ているんだろう。察するところ上質なものなのかもしれないが、如何せん色も何も分からん。強いて上げてみれば、それをゆったりと着こなしているように見える辺りに出自の良さみたいなもんを窺わせていそうだということと、少年のようなその屈託のない笑顔の為に、俺の恐怖心があっさりと吹っ飛んだことぐらいだろうか。


「えー、原告のユーリス・ガウスさん。今日お越し頂いたのは、少し確認しておきたい事項がありまして、それをお伺いさせて頂きます」


「はい~」


「まず被告についてなのですが、記載内容には、〈性別:たぶん男性、おそらく青年〉・〈職業:話しからすると騎士のはず〉となっています。これらは、やはりとかでしかないのでしょうか?」


「そうでーす」


「……では、名前や居所などは、どうでしょう?」


「名前は、わかりません。居所はたぶんきっとファーランドのはずだと思いまーす」


 きっとが加勢に加わった。


「……」


 裁判をやってみて分かったのだが、威光ホーリーが極めて弱くなっている現状だと、サーシャから伝わる原告の経緯がボンヤリとしていることが多く、また、以前のように被告の居所が分からない場合には、【Mother】を通して確知するということが出来なくなってしまっていて、その為に何処の誰だか分からない場合には、裁判を執り行う事が出来ずにいた。


 そしてその所為で、「逃げ得は許しません!」という、サーシャの正義感溢れる有難めんどい御言葉から、相手の特定から裁判までを、出張スタイルで行うことになっていた。

 なので訴状内容に不備がある場合には、出来るだけ原告から先に情報を得ておこうという話だった。


 そうしてそんな中、ユーリス・ガウスさんは今一度、口頭での事情説明を求めると「いいですよー」と、軽いノリで話し始めた――


 原告の彼は、ここセントーリア最高裁判所から西に位置するファーランド王国の貴族だそうだ……ん? この場合は、だった、というべきなのだろうか? ……まーとにかく話を進めると、なんでもナンパが家の仕来りだそうで、いつものようにして城下町でそれに励んでいたらしい。

 ところが、とある青年騎士と思われる人が、それを見咎めた。

 そこでユーリスさんは、ナンパ道に則り潔く引き下がろうとした……が、タイミング悪くその青年騎士の身に付けている上衣の紋章の所に向けて、盛大にクシャミをぶちまけてしまった。

 彼は直ぐに平謝りしたのであったが、その青年騎士は激昂してしまい、「由緒正しき騎士の一族である我が紋章を汚すとは、無礼千万! いざ尋常に勝負!」と、決闘するハメになってしまったのだそうだ。


 ――そうしてその結果、今の姿ということだった。


「ん~……で? なんで名誉棄損なわけ?」


 身構えていた所為か、或いは彼の人柄か、話を聞いているうちに何だか砕けてしまった。それと、「ユーリスで構いませんよ~」という、彼の心遣いを有り難く受け取っておいた。


「いやぁ、死んだ後なんですけどね、騎士さんの言い分が酷いんですよー」


 話しによれば、その騎士さんが事情をガウス家に説明しに行ったとのこと。

 その内容が、彼が町娘を手籠てごめにしようとしていたというものだった。


「そのお蔭で、葬式もあげてもらえなくて~」


 微妙に同情しづらい。


「で、どうして欲しいの?」


「その騎士さんに、僕が強引に何処かへ連れて行って手籠めにしようとしていたのではなくて、ナンパが上手くいったら何処かの宿にでも入ってアツ~イ決闘をしようとしていたと、ガウス家に訂正しに行ってもらいたいんですよ~」


「……自分で説明しに行ったらいいんじゃない?」


「軽~い僕の話なんて、家の者は誰も信じてくれませんよー!?」


 その言葉には重みを感じる。


「今のままじゃダメなの?」


「イヤですよー!」


 というのも、このガウス家には『ナンパは誉れ、乱暴はけがれ』という代々の家訓があるのだそうだ。なので今回の一件が、その穢れに相当してしまっているということで、ガウス家の恥さらし扱いで勘当されてしまい、死んでも死にきれないということだった。


「なるほどねぇ。てことは結局、相手の特定から始めないといけないということだよなぁ……あのさ、もしよかったら、相手が分かってから、その時また改めて――」


「流射芽さん!」


 ということで、まず相手を特定するところから始めることになりました。しかも家の方に知られると何を言われるか分からないから、被告の情報を求めないでくれときた……あ~、死人の前で何ですが、死ぬほどメンドイ。


 ――そうして俺らはファーランド王国へ向かう為、荷支度を始める。

 シーレさんと涼ちゃんは、一旦、自宅へと戻った。


「そう言えば聞こうと思ってたんだけど、サーシャが本になった時みたいに、キラキラ星屑のようなの出してる人いるじゃん? あの男の人も本なの?」


 セントーリアで支給された下着やらをサッとキャンパス素材のトートバックの中に詰め込んだあと執務室へと戻り、今度はショルダー型の革のバックの中へ書類なんかを詰め込んで準備を整えていると、ハタとその事を思い出したのでサーシャに聞いてみた。


「流射芽さん、見えるんですか!?」


 サーシャは既に荷支度を終わらせていて、今は山積みの書類なんかに目を通しながら、今後、直ぐに行えそうな訴状を整理していたのだが、その顔を上げて驚いた様子でこちらを見た。


「……お化けだって、今さっき見ただろ」


「いえ、お化けはフツ―見えますが、神様は見えないんですよ!?」


 お化けがフツ―見えるってのも、どうなのよ?


「神様……見えるの?」


「私は見えます」


「ふぅん……で、神様って、ほんとに神様?」


「はい」


「神様……そうか」


「感激しないんですね?」


「居るっていう話は聞いてたし。それに、まぁ異世界ですから」


 俺のその答えに、サーシャはハハと、乾いた笑い声を上げる。


「んで、神様も裁判受けたりするの?」


「まさか! 神様はこの世界に干渉することはないので、そういったことにはなりません、というより、そんな恐れ多いことは出来ませんよ。本当に稀にですが、暇つぶしに下りていらっしゃるみたいですよ? 私も一度しかまだお目に掛かったことがありません」


「ふ~ん……ああ、そーそー。 それから、刑法にあった【乙】ってなに?」


 サーシャの顔が一転して、強張った。


「乙というのは刑罰の一つで、その中でも最も重たいものです……【堕つ行き】、という言葉が語源らしいです」


「それ、どこ?」


「分かりません……行った乙刑囚は帰って来れませんので……。話によると、死刑の方がマシと言われています」


 それは恐ろしい。確かに乙だ。

 そしてそんな話が終わる頃、二人が姿を現し準備万端の様子でこちらを見ていた。


「んじゃ、行きますか――!」


 そんなこんなで、ル・ウェスタットの路のを馬車に乗って赴き、事件の発端となったファーランド王国の王都、光矢の導き《レフレーテルム》へと三日が過ぎた頃に辿り着く。


 因みにこの馬車は、俺らが乗るコーチの部分に浮遊シュイベンという魔法が施されていて、それを希少価値の高い現在セントーリアだけが保有する一頭の天馬ペガサスに引かせるというものだった。


 通常栗毛である彼は、いざ空を駆けるとなると瞬時に銀色の毛並へと姿を変えて美しい両の翼を顕す。だが、その外見同様に気位が相当に高く、非常に扱いづらい性格で、乗り物としてはどうかという向きもあったのだが、涼ちゃんが名付けた「馬並乃如意棒チンポンウン」という名前に大変感銘を受けたようで、涙を流していななき俺らに従ってくれるようになっていた……まー、馬なりに色々あるのでしょうね。

 

 高度はというとせいぜい建物の二~三階程度で大したことはなかったのだが、飛行速度はかなりもので、風圧等で周囲に迷惑が掛からないよう、魔法が施されてはあるようなのだが、コーチの中はミシミシ、ガタガタという、耐久性を不安視してしまう程に軋んでいて、とても快適とは言い難かった。けれど道中は路之駅ルテスションと呼ばれる宿泊施設や土産物店などに立ち寄り、旅行気分もちゃっかりと満喫していた☆


「綺麗だな~」


 太陽が真上を射す頃、王都の入り口で門番にセントーリアから来たことを伝えると、スンナリと通してくれた。そしてそのまま目の前に広がるレンガ色の大通りの道を真っ直ぐに進んでいる。


 陸屋根が目立つこの町並みは、国風とでもいうのだろうか? とても健全さを感じさせる佇まいだった。なんでも、この国は光の神様を崇める宗教国家であるらしく、また、その宗教は、この世界で一番信仰されているものだそうで、王都にある御本殿への巡礼者も後を絶たないのだそうだ。


 てかさ、そんなところでナンパ道とか、普通ないだろ。


「どうやって探しましょうか~?」


 乗り物が苦手だというユーリスは、馬並乃如意棒チンポンウン酔いから解放されて、幾分顔色が良くなったように見えなくもない。


「まずは、情報収集だな」


 ということで、王都での空駆けを禁止されて機嫌の悪い馬並乃如意棒チンポンウンを点在する厩舎の一つに預けて、かなりの規模のようではあったが、俺らは手分けして情報収集に当たることにした――。


 □


「ほんと、朧気おぼろげな記憶だな~……っていうかモザイク掛かってるレベルだし、途中で終わってるし」


 結局たいした情報は得られずに、俺らは本日から寝床となる宿屋、『猫の手も借りたい』の一階にある食堂兼酒場で、夕飯がてらユーリスの記憶を確認して捜索方法を話し合っていた。


 中心から南へ3ブロックほど進んだ路地裏にある二階建てのここは、昼間はランチ営業もやっているのだそうだ。


 一階には宿泊客だけでなく大勢の地元の人達が集まっているようで、夕暮れと宵闇が良い感じに空をデコレーションし始めた今の頃合いには、既に満席に近い状態で、そんな喧噪の中をメイド服に身を包んだ女の子達がせっせと給仕に励んでいた。


 そうして俺らのテーブルの上に並んでいる料理はといえば、男料理的な大雑把なものであったが、ボリュームは大変満足いくもので、そんな中、カ~! と鳴くらしい羊の肉が入った野菜たっぷりのこのスープは格別だった。

 メニューにも『オススメ!』と書かれてある通り、これには相当なこだわりがあるようで、じっくりと煮込んであるその肉は、ホロホロと直ぐに崩れてしまう程に柔らかく、そして旨味の詰まった濃厚な味わいは、塩味だけを効かせているにも関わらず大変に奥が深い。

 湯気立つこのスープには、思わず脱帽だ。


「ふ~~む……」


 動物にしろ野菜にしろ、あっちと似通ったものが多いこの世界で食したその肉が、俺の食道へスルリと去って行ってしまったことに寂しさを覚えながら、ユーリスの記憶に集中力なく意識をおく。


 今はサーシャに本になってもらい、被告の騎士さんを確認しているところであったのだが、ユーリスの見た記憶は本当に何もかも曖昧で、ナンパしている相手の顔すらよく分からない。これじゃあ、視力検査で軽くゼロコンマ以下の数値を叩き出すレベルだ……ん? もしかして――


「ユーリス。これ、いくつに見える?」


 俺は目の前のユーリスに向けて、人差し指を立ててみせる。


「え~っと……3と半分ずつですねー」


 なるほど。


「でも流射芽さん、手がかりはありましたよ」


「手がかり?」


「ほら、クシャミした時の紋章」


 ああ! と言って、音はしないがユーリスがポンと手を叩く。

 それは、かなりの至近距離で彼が目に焼きつけていたものだった。

 

「あの紋章を探せば、見つかるかもしれないですね~」


「では今夜中に、マイマスターにたっぷりとぶちまけて頂きましょう!」


 シーレさんが唐突に力技で会話の方向を捻じ曲げ、鞭を取り出し熱く告げる。


「ぉ兄ぃちゃん、お風呂、行こ……」


 涼ちゃんは既成事実があったかのようにして、いつの間にやらシャンプーハットを被り、お風呂セットを抱え述べる……で、容器に入った透明のヌルヌルは、一体なんなの? しかも『混ぜるな危険!』って、書いてあるんですけれど……。


 そしてそんな容器を俺が凝視していると、ユーリスが口を開いた。


「それにしても三人様とも、本当にお美しい! 是非、成仏できないこのボクのナンパ道のため、この宿でアツ~イ――」


「滅しちゃいますよ!」


「罵声のひとつぐらい言えないのですか!?」


「犬のションベンで浄化されちまえ……」


 と、ウチの個性豊かな面々から、熱ぅ~い御言葉を彼は頂戴していた。

 そして俺はその様子に、(只々、安眠できますように)と、心の中で祈るのみであった。



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