第10話 牧場を出よう

「うげぇ……マジかよ……」


「・・・?」



 ホットミルクをご馳走になったわたしは出発までの暇つぶし……もとい、お礼に積荷のお手伝いを買って出ることにした。


 そんなわけで樽をせっせと帆付きの荷馬車へ積み込んでいるわけだけど……



「それ、マジで大丈夫なのか……?」


「・・・?」


「いやいやいやいや普通にどう考えてもおかしいだろ!? 牛乳詰まった樽を片手で軽々持ち上げるとか意味わかんねぇからな!?」


「えへへ、力には少し自信がありますので!」


「少しどころじゃねぇだろ……」



 何があったのか、げんなりとしているガジェドさんを余所にわたしは樽を左右の手それぞれに一つずつ掴み、それを荷馬車の傍まで持っていく。そして、牧場で働いている筋骨たくましい大男に樽を託して、別の樽を取りに戻る。



 「おいおい嬢ちゃん、とんでもねぇ力持ちっつうのは分かったけどよぉ、もうちと優しく扱ってくれねぇか?売りもんなんでな」


 「ごめんなさい……善処します」



 参ったぜと言わんばかりに困り顔で諭す大男にわたしは素直に謝ることにした。なにせ、わたしが悪いのだから。


 あまりに樽がわたしの体重よりも重く、思いっきり振り回すと思いっきり引っ張られるのだ。だけど、その吹っ飛ぶような感覚が楽しくて楽しくて、つい樽をそれぞれの手にもって駒のように回っていたところを咎められたのだ。


 つまり手伝うとか言って、気付けば遊んでいたというわけだ。さすがに不味いと思ったわたしはその後、遅れを取り戻すかの如く、黙々と真面目に帆馬車と倉庫を往復した―――



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 夜が明け徐々に空が明るくなり始めた頃、四頭引きの帆馬車への搬入作業が終了した。



「いやぁ嬢ちゃんのおかげで仕事が捗ったわ!ありがとよ!」


「いえいえ!どういたしまして!」


「まぁ遅くはなったが俺の名はボルドだ。よろしくな! で、お前さんは何て言うんだ?」


「わたしはアスピです!こちらこそ街までよろしくお願いします!」


「おぅよ!」


「ところで1つ質問いいですか?」


「なんだい?」



 不思議に思ったのだ。いくら帆馬車が大きいとは言え、たった1台分しか街へ運ばないのは何故なのだろうかと。それも、牛さんがたくさんいるにも関わらず、だ。


 牛乳の入った樽自体は大量にあるのに、その一部しか持って行かないのが不思議でたまらなかったのだ。


 わたしの疑問にボルドさんは快活そうな笑顔を向け、理由を教えてくれた。



「理由はいろいろあるっちゃあるが、一番はブランドだろうよ」


「ブランド?」


「そうだ。うちの牧場はうめぇ乳が出るよう、わざわざ餌を厳選してるんだぜ? だから手間暇掛かってるってわけだ。だから他のとこよりも断然、うめぇってわけよ! それで販売量を減らすことで更に付加価値をつけてるってわけさ。まぁ、言ってみりゃ、うちの牛乳はお貴族様向けっつうわけだ」


「へぇ・・・それじゃあ他の牛乳は捨てちゃうのですか……?」


「いいや、他んのはチーズやヨーグルト、あるいはクッキーとか他の加工食品の材料に使うのさ」


「チーズ?」


「ああ、もしかして食ったことねぇか?」


「ないです」


「そうか、なら食わせてやるぜ……と言いてぇところだがそろそろ日の出の時間だ。わりぃが出発しねぇといかん。どっかで機会があればそんとき食わせてやるぜ!」


「はい!」



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「ガジェ坊、しっかりアスピを守るんじゃぞ」


「ああ、分かってるってば」


「ボルド、いつもどおりエインヴェルズ子爵によろしく伝えておいておくれ」


「あいよ」


「アスピよ、よく考えてから行動するのじゃぞ」


「えっと……善処します」



 こうしてわたしたちはフリエラさんの見送りの下、帆馬車に乗って牧場から旅立ったのだった――――

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