第9話 牛乳を飲もう

「おはようございます!」


「おはよう。こんな時間に起きるとは相当な早起きさんだねぇ」


「そういうフリエラさんこそ」


「まあねぇ」



 大樹の家や野宿し慣れた森林などいつもとは異なる環境下で眠りについたからか、いつもより少し早く自然に目が覚めた。


 朝というにはまだ早く、だけど深夜と呼ぶにはあまりにも遅すぎる、日がまだ出てすらいない時間帯だ。


 やや肌寒さを感じたわたしは暖かな熱を帯びた手のひら大の球状の発光体を魔法で生み出し、自室から暖炉のある部屋へと向かった。そこで安楽椅子に腰かけるフリエラさんと遭遇したのだった。



「出発は何時頃ですか?」


「若いもんは気が早いねぇ。確かに少し急かすような言い回しをしたけども出発まで大分時間があるからねぇ。朝は冷えるさかい、ホットミルクでも飲むかい?」


「ホットミルク?」


「これだよ」



 そう言ってフリエラさんは手に持った木製コップの中身がわたしに見えるように傾ける。その中には湯気がゆらゆら立ち上る乳白色の液体があった。これって――――



「もしかして温めた牛乳ですか?」


「そうさね。この国では温めた牛乳のことをなぜだかホットミルクと呼ぶのさ。アレンジで砂糖や香辛料とかいろいろ入れたりする者もいるっちゃいるが、入れても入れなくてもホットミルクと呼ぶのじゃ。

 好奇心旺盛なお前さんのことだ。温めるだけで呼び名が変わる理由が知りたくて知りたくてウズウズして堪らないだろうけど生憎じゃがその期待には堪えられんのぅ。気にしたことがない故、碌に調べたことすらないからねぇ」



 先回りするかの如く苦笑気味に饒舌に喋るフリエラさんの言葉に心当たりがありすぎて気まずく感じたわたしはえへへと誤魔化し笑いをする。


 そんなわたしを見てやれやれと頭を振るったフリエラさんは椅子から立ち上がると、部屋の隅に置かれた大樽へと歩みを進める。


 その傍には木製、金属製、陶器製、などなど様々な種類と大きさのコップが収納された食器棚が置かれていた。そこからフリエラさんは自身が使っていたものと同じく木製のものを取り出した。


 そして樽に取り付けられたノブを捻り、ホットミルクの素となる牛乳をそのコップに注ぐ。だがそれを特に温めるでもなく、わたしのところへと持ってきた。



「・・・?」


「ほれ、自分で温めるのじゃ」


「え?」


「わざわざ一人のために冷たい乳を鍋に注いで温めて、コップに注いで鍋を洗う。正直、面倒じゃ。それにお前さん、そんな便利な魔法が使えるなら温めるのも簡単じゃろうて。あたしゃ魔法はあんまし使えんしのぅ、正直羨ましいのぅ。

 魔法でどうにかできる者のためにわざわざしなくてもよい手間を掛ける程のお人好しじゃないんでねぇ」


「あーなるほど……」



 森での暮らしで魔法を多用してきたから分かる。魔法がない生活の大変さを。飲み水や火種の確保、草刈りなどなど、魔法が無かったら一日の大半を家事に追われることになるだろう。だから魔法無しに日々を営むフリエラさんはすごい。


 フリエラさんに尊敬の念を送りつつも、わたしは牛乳の注がれたコップを魔法で沸騰させた。



「――――ッあつい!」


「おバカさんだねぇ」



 魔法で液体を沸騰させることはよくあることだが沸点を見誤ったわたしはどうやら加熱し過ぎたようだ。ぶくぶくとあふれ出した飛沫がはじけ飛び、わたしの鼻先へとちょこんと乗った。


 不意の熱さに吃驚しつつも思わずコップを手放しそうになって寸でのところで落とさずに済んだことに安堵したわたしはふぅふぅと息を吹きかけ、ホットミルクを冷ましながら飲んだのだった。


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