虚偽

今朝の会話の全容を聞いている間、僕は一言も発さなかった。発せなかった。なんで、どうして。それだけが頭の中をぐるぐると回り、絶え間なく襲ってくる焦燥に心臓は早鐘を打つ。僕のために?最初からセシルと呼んだなんて。じゃああの時聞こえたジゼルという声は、どうして。僕は最初から間違っていたんだ。醜い、醜い感情の行き先がクロード様だったとバレていたんだ。姉を失った悲しみで頭のおかしくなったやつだと思われていたんだ。ひどい、なんて、ひどい。


僕の頭の中はもうぐちゃぐちゃだった。これからどうしていけばいいか全くわからなかった。ただただどうしよう、どうしようと幼子のように同じ言葉を繰り返すだけで何も浮かばなかった。


その時だった。

控え目な音を立てて扉が開く。自室の鍵はいつの間にか開けられていた。薄笑いを浮かべたアランが扉のそばに立ち、その向こうには複雑な表情をした、クロード様が、立っていた。


ただ、真っ白になった。


「セシル。落ち着いて」

クロード様が歩み寄る。そうか、もう夕暮れなのだ。彼が帰ってくる時間だった。


「どうして鍵をかけていた。セシルにこれを伝えるのが目的だったのか、お前。今朝言い含めておいたのに、どうしてわざわざ!」


クロード様が目の前に迫る。いやだ、こないで、と後退りをする。違うんだ。

(いやだ、いやだ、嫌だ。こんな、ひどい。姉になりすましてまで好きな人の心が欲しかった汚い僕を見て欲しくない。知られた、知られていた、きっともう認められない。姉のフリをして愛されて喜んでいた馬鹿は僕だけだったんだ。最初から全部嘘だった。分かりきっていたことだった。どうして最初から誤解を解いてくれなかったんだ。僕はもう許されない。贖えない。僕は汚い、知られて、ああ。もうどうしようもない。)


僕は醜い、だから側によらないで、あなたまで汚してしまうじゃないか、僕が、僕だけが勘違いをしていたんだ。


「お前、何を・・・・・・」

クロード様の声が遠くに聞こえる。手のひらに乗せられた冷たい感触。ずしりと重たく、手触りのいい、よく切れそうなもの。

耳元で囁く声がやけにはっきりと聞こえた。

「彼を殺そう、セシル。そうすれば、全て無かったことになる」

そうだ、そうなんだ。殺してしまえば彼の知っている事実は無くなるじゃないか。縺れてしまったのなら、糸なんて断ち切ってしまえばいいだけの話だ。なんて簡単なことなんだろう。

ほら、ちょうど手にはナイフがあるじゃないか。


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