第3話 最終話 駄菓子と惨死
最近の駄菓子というのは、なかなか美味しい。
子供の頃にはよく食べていたのだが、子供の味覚だからこそのチープな美味しさだと感じていたがそうでもない。大人の舌でもなかなかどうして捨てたもんじゃない。
それが30円だ、50円だの格安で買えるのだから、大人は無理して高級なツマミを買う必要がない。だって、1000円のマグロの中トロを買ったとして、それが100円の駄菓子の10倍ウマイかどうか問われると、せいぜい2~3倍のウマサでしかないだろう。栄養はともかくとして、酒の肴と考えるならば、駄菓子のコストパフォーマンスの高さは驚くべきものだと言い切れる。
さて。今夜も今夜とて、部屋に閉じこもって、嫁との接触を避け、酒をのむことに勤しむとしますか。
嫁との関係が冷え切って、早3ヶ月あまりが過ぎた。依然として、俺は相手に干渉しないし、向こうも俺に干渉しない。まだ小さな子供達3人は、完全に嫁の味方に成り下がっているが、それでも、たまに『パパ~』とじゃれてくるのは可愛いものだと思う。
前述したように、今夜の酒の肴は駄菓子だ。それも、子供の頃からあるような誰でも知っているようなメジャーなタイトル。
それが、『おっとっと』であり、『ポテトフライ』であり、『キャベツ太郎』だ。
特にお気に入りなのはコイツ、『キャベツ太郎』だ。
こいつのスパイシーさと歯ごたえは、例えるなら、昔の小汚い駄菓子屋で、しわくちゃのババアが焼いてくれた焦げ焦げのキャベツばかりで肉のない焼きそばのようなジャンキーなバサバサ感の味わいと言えるだろう。年をとると歯の隙間に詰まることや、上の歯の歯肉がこすれて食べていて不快なことを覗けば、まだまだ第一線でも十分に通用する40歳代のレジェンドアスリートと比喩もできる。また、ケロッコデメタンのおまわりさん? という謎設定を彷彿とさせるエポックメイキングなパッケージのキャラクターにも注目したい。おそらくこれは当時製造元の会社がまだ小規模だった頃に、絵心のない社長自らが、酒を飲んで酔っ払っていてテキト-に描いたキャラクターを、おべっかの上手な部下が、「社長! これでいきましょう!」と、いい加減に決まったキャラだと推測されるが、まさか、後の世のヘタウマを狙っていたのかもしれないと思うと、お菓子の味うんぬんよりも、そっちのほうの未来予想図を見越していたのかもしれないと邪推すると真に恐れ入る。
次は、『おっとっと』の講釈を垂れたいと思っていたが、急にションベンを垂れたくなったので、ひとまず休憩することにした。二階の仕事部屋から階段を降り、一階の風呂場の横のトイレを目指す。コソコソと出来るだけ音をたてないよう、それでいて、少し足音をわざと大きくして、あちらに気付かせるように歩む。キッチン&居間では、おそらく今の時間帯では、嫁と子供たちが夕食を楽しげにとっている頃だろう。俺は、居間の扉に軽く耳を傾け、何やら小声が聞こえてきたので間違いないだろう。俺は、逃げるように用を足すと二階へ駆け上がった。少しばかり心臓がドキドキして苦しかったが、これは後ろめたさのあらわれだろうか?
もういい。そんなことはどうでもいい。
俺は、自室で、自分だけの酒を、自分だけ美味しく飲めればそれでいい。
嫁がどうとか、子供がどうとか、そんなことはどうでもいいのだ。
そうれ。駄菓子の3連コンボ。
お次は、カルパスと魚肉ソーセージとミートボールの3連コンボ。
更に焼酎、ワイン、日本酒と、これまた3連コンボだ。
ふふ……この宴はいつまで続くのだろうか?
夜も吹け、更に酒は進んだ。俺はかなり、いい気分になっていた。
そうこうしていると、インターネットの画面に映し出されたとある動画。
俺は、酒を飲みながら動画サイトを見ていたのだが、どうやら、俺と同じ境遇の猛者がいるようだった。
ほう。嫁と接触せずに、自室でひとりで部屋酒か。
「くくく……おもしろい……」
それでいい。それもいいじゃあないか。
こだわらなくていい。構えなくていい。自然でいい。カッコ悪くてもいい。
どうでもいい。何でもいい。まわりなんかどうもいいし、どうなってもいい。
俺は、この動画配信者に興味を持った。
この男が、どういう経緯でこうなったのか。どうして俺と全く同じ状況になってしまったのか興味が沸いてきた。俺は、この配信者の、その他の動画を閲覧してみた。
ああ。なるほど。
他愛もないようなクソくだらねぇ動画をビチビチとゲリ便のように捻り出すこいつの浅ましさに嫌気がした。こいつには何も無い。生きる希望も願望も充実も何も無い。ただ、人をさげすみ文句とグチで固め己を守ろうとしているのがあからさまにわかるクソ虫のような人間だと断言できる。俺と同じ行為をしているかのようだが、それは俺とはまるっきり中身が違う。俺のやっていることは正義であり汚れの無い抵抗であるのだ。それにひきかえ、こいつの行っているのは、まるっきりひとりよがりの自慰好意でしかない。まるっきりオナニーだ。俺もオナニー好きだが、オナる、オナラー、オナレストの3段活用すら使いこなせない、ダメダメなエセオナニストなのだ。イクとくに睾丸を引っ張って射精感を増すウラ技すら使いこなせないようなダメなオナニスト、いや、エセオナラーだ。
俺は、さっきまで飲んでいた、焼酎のウーロン割りから、焼酎と日本酒のミクスに切り替えた。味……ではなく、どれだけ脳に突き刺さるかが、酒のポイントだと思う。アルコールという曖昧な物質ごときが俺の脳ミソを支配するなど許せないが、それの手助けだと思えば許されなくもない。俺の脳ミソを支配するのは俺自身の精神だけなのだ。
神様だとか、運だとか、目に見えない物にすがって生きている今の現代人の哀れな姿よ。正月と言えば初詣。そこで参拝して賽銭投げて、『今年も良いことがありますように!』とかのたまっている都合の良い人間どもよ。ちょっと考えれば、神様なんていないのはわかるし、お参りした如きで運が上がる訳が無い。ドラクエだってそんな簡単に運が上がらないのに。ラックの種だって無限じゃねえっつーの!
運に任せて己は他力本願。もし、それほどまでに運を信じるならば、仕事を辞めてただひたすら神様にお祈りする毎日を過ごせばいいのではないか? コンビニ感覚でお祈りして願いが叶わなかった時にだけ、願いが通じなかったと憤慨している人々はコッケー。まさに滑稽だ!
俺はどうしたい? 自分の人生をどうしたい?
今なにがしたい? どこを向いている?
わかった……! でもわからない! 見失っているようで冷静……う
「うわあああーっ……!!!」
俺は目の前の蜘蛛の巣をふり払うように、大声で叫びながら部屋を飛び出した。
何も無い現実と、存在するまぼろし。それを振り払うかのように、いきり立った。
突然に俺は目覚めてしまった。すべてを掌握し理解した感覚。
そう、まるで、俺自身が神にでもなったかのような崇高な感覚。
これはウソではない。まやかしでもない。すべてが真実! すべてが真理なのだ!
俺は、一階へとダダダと駆け下り、俺は嫁と子供達の存在をどうしても噛み締めたくなった。そうだ! このままグズグズと意地を張っている時ではない。
俺は、もっと前へ進まないといけないのだから!
よし! ひとり部屋酒はこれまでだ。もう終わりにしよう。
そして、今までどうりの自分と、今までどうりの家庭を取り戻すのだ!
難しいことはない。なぁに、素直に謝ればいい。
そうすれば、嫁もブツブツ言うかもしれないけど、なんとか許してくれるだろう。
よし! そうしよう。それだ! それでいこう! それッ!
一階の居間のドアを開けた俺は、血まみれになって横たわる妻と子供の姿に、しばし呆然とした。テレビでは、新年を迎え、いつものくだらない番組がこう喋っていた。
「みなさーん! 今年も良い年でありますように!」 おわり
孤独な部屋酒 しょもぺ @yamadagairu
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