第9話 天を染めよ、奮励の焔
去り際にアヴァドンが使い魔と遠見の術で確認したところ、召喚者は黒衣を纏った男だという。それだけの情報では特定には至らないが、クルスと十魔公三名はその人物像に予想がついている様だった。
使い魔を即座に発見し殺害するその手際。執着の悪魔を王女セレスティアの身に寄生させるという手段を実行に移した残忍な狂悪さ。そして王族の懐に入り込めるような隠密性を持つ国家反逆者。
その正体が気にならないと言えば嘘になるが————
「でも……私がやるべきことは、召喚者を探すことじゃない。皆を導く様に頼まれたんだから……全力で勝ちにいく」
不安はない。己の魔装である、
『魔術祖マギレジウスへ捧げるに相応しい激闘を制し、決勝戦へ進出したのはこの二組! 優勝をめぐって火花を散らす、エルクレウス先生率いるB組とクルス先生……の姿は見えませんがとにかく、クルス先生率いるA組!』
円形の競技場はシンプルな決闘場に設定され、両端にてそれぞれのチームが睨み合う。
『さあ、最強の証明が始まります! 両チームは指定の位置へ! それではバーソルミュー学園長、開始の合図をお願いします!』
「うんむ。それでは、正々堂々と戦ってくれ給え。いざ尋常に————————始めィッ!!」
いずれ劣らぬ闘志を迸らせ、魔術の煌めきが現実を侵食し合い————勝利を巡って鎬を削る、激戦の幕が切って落とされた。
開始直後、両チームから魔術士らしからぬ速度で距離を詰めた男子生徒が肉弾戦を開始する。
A組、ハクレと同じくチョーカー型の魔装を使用する徒手空拳使いのクロン=チャリオット。
B組、
魔術士の戦い方は、基本的には遠距離からの魔術狙撃の打ち合いが基本である。にも関わらずこの戦況が展開されてしまったのは、互いの読みが互角であったということだ。この戦いは決勝戦、ここに辿り着くまでに彼らは互いの手札や出方を観察して作戦を練り上げて来た。無論のこと、全ての試合において全力と誠意を尽くして敵チームを倒してきたわけだが…………ことこの試合においてA組チームは誠意を尽くすつもりはなかった。
然し一番の理由としてはこの生徒の態度が問題だろう。
「 っは、届くわけがないだろ? 当然だ、俺は『英雄』と『流星』の薫陶を受けた男……幼少期から努力した立派な魔術士だ。才能におんぶに抱っこの貴様らAクラスとは年季が違う!」
「好き放題言ってくれるじゃねぇかオイ! 偉大な魔術士に師事って点じゃ俺達も負けてねェってのよ!!」
「笑わせてくれるなよ怠け者め! 崇高で偉大な人類の叡智たる魔術を冒涜する、間抜けな表六玉風情に師事したところで、自慢にもならんわ!」
「…………他人様の先公を罵倒するなんて、貴族様の風上にも置けねぇな」
「ふん、あんな白痴者から魔術を学ぶ学園生徒の風上にも置けない駑馬はさっさとこの神聖な闘技場から立ち去るがいい。いくら努力を怠った阿呆とはいえ、どっちが正しいかは分かるだろ? さあ怠惰な仲間たち諸共消え失せろ!」
「ハッハァ? 俺は兎も角、
ゼルの剣戟を手の甲で去なしつつクロンは歯軋りと共に、苛立たしく怒気を吐き出した。
そう。このゼルという少年の傲慢な態度に、クロン達は非冷静を強いられている。
自分たちを貶されるならまだ良い。だが、クルス=ディバーツの無表情に秘められた誠実な思いを貶められるのは我慢ならなかった。
それは近接戦闘の上空で相殺し閃光と衝撃を散らすこの二人に関しても同じことだった。
「《悪戯なる雷よ》《愚者に制裁を》!」
「《雷鳴の如く唸れ》《制裁の稲妻》!」
衝突する「スタン・ブライト」の雷光。紫電を散らして消滅したそれらは同一にして異なる術。
術式改変された術を放ったのはメィドール。相対するソーナという少女が怪訝そうな目つきに怒りを滲ませて詰問した。
「どういうつもりかしら? オリジナルの術に対して改変した術で対抗するなんて……。馬鹿にしてるのっ?」
「そんなつもりは、ないよ。最適解がそれだった、そういうことよ」
「っ! ……へえ、
「そう、そういうこと。他意はないよ」
「分かったわ。————貴女には絶対負けたくないってことがね!!」
「————————! 《炎熱の監獄よ》!」
メィドールなりに言葉を選んだ回答だったはずだが、ゼルの怒りにあてられて気が立っていたのかもしれない。
怒りで士気が増したソーナに黒魔術「フレイムプリズン」の炎上を浴びせながら、メィドールは今更ながら思い出した。術式改変の術をマトモに使われる状況なんて、余程のことで無ければ手加減の時位だった、と。
「あの、手加減してるとか、そういうつもりは————」
「問答無用よ! 《紅き炎弾よ》《刺し穿て》っ! あのお菓子狂いに習った術を選りに選ってこの試合で使うだなんて……今までの選手より私が弱いとでも!? 屈辱よ!」
「くっ……《塵と消えよ
術式改変で出力を落とすことで難易度を下げた「フォース・ダイング」で迫る炎弾を減衰させて躱し、速攻で斬り返す。選択した術は得意とする精神干渉系白魔術、そこそこ離れた位置ではあるが
————菓子狂いは兎も角、クルスの教えを派手に貶しているではないか。
「————《偽りの辛苦此処に印刻せり》」
「痛……っ!? いくらなんでも————!」
「《幻であれ》《夢であれ》《願う希望を地に墜とせ》」
術の起動が速すぎるとでも言いたかったのだろうか、悲鳴を上げるソーナへ追撃の術を構築しながらメィドールは、一瞬爆ぜた感情を支配した。
生徒として、恩師に泥を塗られたのが屈辱だったといえば間違いではない。ただそれ以上に……メィドール=インターセプトとして、クルス=ディバーツが貶められることに抵抗を覚えたのだ。
近・中距離で激しい試合が行われているのに対し、コーネリウスは弓型の魔装を手に、後方で敵方の選手と睨み合っていた。
魔術狙撃手同士の戦いは光よりも速い魔術的反射神経を要求される。
一に開始直後の
「最初は理解出来なかったな。僕を狙撃役にした意図が……。術の連射力はカーティスに劣り、射程範囲ならメィドールに大きく遅れを取る。だと言うのに、僕をここに配置した理由はつまり————」
痺れを切らした相手選手が攻勢魔術を撃った。本来なら後手に回った時点でコーネリウスは致命傷を負ったようなものだ。だが、それを覆すコーネリウスの能力を、クルスは見抜いていた。
————君は努力の天才だ。見たものの本質を一眼で理解するメィドールやナイトライトとは違う。でも君は彼らと違うが故に、魔術へのアプローチが豊富だ。であるならば、撃たれる術を見切る必要は無い。なぜなら。
相手の魔装が魔方陣を浮かべ、現実を書き換えるのが見える。放たれる術は一年次生で習う最速の呪文、フロスト・バレット。
コーネリウスは怜悧な微笑を刻んだ。
「————こういうことだろう? 先生」
なぜなら、コーネリウスはこの一手がくることを
「その場で見切れない、一瞬でモノにするなんて出来ない。じゃあ全部先取れ、だなんて馬鹿げた無茶振りだと思ったが案外いけるじゃないか」
後手に回った筈のコーネリウスのフロスト・バレットが、相手選手の目の前で衝突し、両者の攻撃が
相手の心理を読み切り、幾度となく反芻して勝利の道筋を構築する。言葉にすれば実に簡単なそれは、コーネリウスの努力をたらふくに喰らい、未来予知じみた魔術狙撃を可能としていた。
学習に学習を重ねた、コーネリウスの力だ。
「才能におんぶに抱っこ、か。あっちの二人とじゃなくてよかったよ……きっと冷静じゃいられないだろうし、流石にナイトライトを読み切るのは無理だ。だが」
尽く術を対処されて焦った相手選手に適当な術を放り、不意打ちでゼルの足をスタン・ブライトで撃つ。
当然の様に防がれたものの、驚愕と鬱陶しさが入り混じる表情でコーネリウスを睨んだあたり、援護射撃としては上々だろう。
「さて、早々に決着をつけよう。作戦を決行するのに、君は邪魔だ」
あしらうようなコーネリウスの行動に屈辱を覚えて憤慨する相手選手を見据えて、コーネリウスはフロスト・バレットを撃ち込んだ。
とても魔術士の、それも一年次生の試合には思えない激闘を監督しつつ、エルクレウスは殊更に強力に張られた貴賓席の結界を睨んでいた。
エルクレウスの眼に辛うじて映るのは、翼をはためかせて階下の戦闘を眺める
(もしやとは思っていたが……やはり貴様か、狂人)
エルクレウスの視線に含まれた剣呑な感情を嗅ぎ取ったのだろうか。
黒衣の男とエルクレウスの視線が交じる。切っ先のようなエルクレウスの視線を物ともせず、狂人はゆっくりと口を動かし、何事かを囁いた。
も う い ち ど こ ろ し て さ し あ げ ま し ょ う
男は口を閉ざすとにこりと微笑み、再度試合へ目を向けたきり、エルクレウスには目もくれなかった。
「……最悪だな。だが好機でもある」
その言葉に、苦苦しい記憶が蘇る。
虚ろな瞳で亡者の如く襲い来る少年少女。その最奥で微笑む、狂笑の弓兵。
「……ん、コーネリウスが
チーム戦では先に欠けた方が敗北する。余程のことがなければ逆転は有り得ない。
だが、ゼルもソーナも、その目は熱く闘志に燃えている。諦めてなどいなかった。
「意地を見せろぉ! お前達の努力が報われるのは、今だッ!!」
ならば、一教師として諦めることなど有り得ない。例えこの試合が思惑の上にあるものだとしても————
生徒の為に、エルクレウスは声を張る。
「くぅッ……鬱陶しい狙撃だ! 正々堂々と戦う気はないのか貴様ら!? 《我が切先は雷迅の如く》っ!!」
「《塵と消えよ呪い》! そもそもお前らの方が有利だったろーが。ルール確認の時間だぜ? アインレジウスは…………」
「なにッ!?」
「三対三のチーム戦ですってなぁ?」
高電圧が
回避と同時、クロンの頭があった位置にフロストバレットが飛来する。
疾駆の終点はソーナ。メィドールとの魔術戦に集中しきった隙を突き、肉弾戦に持ち込む算段だ。
「くあっ……? 小癪なッ!! っ! 今度は『フォイア・ショット』か! 」
「《紅き炎弾よ》《刺し穿て》————ぇっ!?」
「クソお、女子をぶん殴った鬼畜扱いされる未来が眼に見えるぜ! でも死ぬよかマシだろ痛い目見やがれェ!!」
メィドールは学年主席を獲得するほど優秀な生徒である。それに食い下がるなど全力でなければ到底不可能だ。
全力を注ぐが故に周囲が見えていなかったソーナは急接近するクロンへ反応出来ず、咄嗟に掲げた腕で防御することも叶わず腹部の中心————正中線を拳で穿たれ地を数度転がって気を失った。
そして、クロンをちらと視認した時には既に、メィドールはタクトを競技場の床に突き刺し、
「————魔力切れ? いや、いくら怠惰なお前達でもこの程度では根を上げるはずも……いや、狙撃手が手を休めたならば好都合! 侮ったな、この程度の距離は俺にとっては一投足の距離……如何なる術も間に合わないッ!! 《力天使の加護あれ》!」
不意に攻撃を中断したコーネリウスへ秒を読むより早くゼルが踏み込む。ゼルエルズ・ブレスで強化された肉体は強烈な脚力を生んだ。
剣には炎の付呪が宿り、まるでゼルの感情を表すようにメラメラと橙色の炎が立ち昇る。残存する魔力を全て注ぎ込んだのだろうか。それは学生の域を逸脱している。
「喰らえええええッッ!!!!!!」
裂帛の気合に乗せて、斬撃が袈裟に疾った。
だが————ゼルには考え付かない。この肉薄された状況下から脱出する方法が有り、それが転移魔法であるとは。
ましてや、常識外れなその術を手早く使う為に、実に二週間を費やして特殊技術を学んでいようとは。
「《我求むる場所へと飛翔せん》————
「なにィ————————————————!?」
鮮やかな炎の太刀筋を刻まれた景色を置き去りに、クロンとメィドールの元へと転移。
作戦を決行する為に術式を改変してまで温存した魔力を全て、メイドールの肩へ置いた左の手に集中させる。もう片方では、クロンが同じ様に左手を置いている。
メィドールがクルスから聞き伝えた作戦はこうだ。
悪魔を倒す為には、王女の身体から魂と化した悪魔を引きずり出す必要がある。その手段自体は存在するが、近くの召喚者とオブセット自体の守りが邪魔だ。だから意表を突けて尚且つ強力無比な魔術を撃ち込んで、奇襲を掛けてほしい。
そのために、皆で力を合わせてほしい。
「魔術回路同調————接続完了。待機席に居る皆と、僕たちからインターセプトへ。一クラス分の魔力と思いだ————頼むぞ」
「————《煉獄を泳ぐ影こそ剣》《爆熱する咆哮は森羅万象を焼く嵐————」
メィドールの詠唱が始まる。それは最強の攻勢魔術。学生一人では詠唱さえままならない、破壊の禁呪。
束になって、心を合わせて。それでも足りてはいない————然し、世界は書き換わる。
「《地を揺らせ》《血を揺らせ》《溶岩の海を揺蕩う者よ》《魚鱗を纏う空想の龍よ》————」
術の完成間近。メィドールはタクトを掲げる。今だに誇りを支えに立ち上がるゼルへ。
「《滅びを此処に》! 《吹き荒れよ紅蓮》! 《終末の吐息は安寧を殺す》!!」
術の完成。暴走寸前に渦を巻く魔力の激流に、自分自身と皆の心と生命を感じながら。
指揮を執る。タクトは曲の行く末を指し示し————————
「
剣を振るうように薙いだタクトは狙い違わず貴賓席を指し、紅蓮の焔が天空の彼方までを、完膚無きまでに緋染めた。
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