第6話 絶望と復活
それは平和な昼下がりに再び激戦の帳が下り始めた、血気渦巻く昼下がり。
選手達が各々の魔装の整備に勤しむ中、十分前集合をバッチリ厳守していたA組。大半の面子が雁首を揃えて後半戦に備えている。
今大会は生徒一人一人がそれぞれに合った魔装を使用している。剣に槍、斧や杖は当然として、少数だがハクレのような装飾品型の魔装を装備している者もいる。特殊な魔術処理を行われた素材を加工して造られる魔装ならではの多様性は会場の至る所を華やかに、或いは猛々しく彩っていた。
故にこそ、足りない輝きを不審に感じる者もいた。
「あれ? あの三人は?」
「三人って……ああ、ぶつ切り口調とスマイル小動物と菓子中毒の三人か。そう言えば居ないな? 魔装の調整とかしなくていいのかね」
「まあ二人とも出番は終盤だし、仮に遅刻しても支障は無いけどね。先生は知らん」
「そうね〜寧ろあの二人には終盤まで休んでて欲しいくらいだもの〜。先生は別だけど〜」
「おっ、噂をすれば影っスよ? 先生は————影も形も無いっスね、知ってたっス」
カーティスが待機席入り口付近に件の人物(一人除く)の姿を認める。
そして、誰もが彼女達の形相に言葉を失った。
「ふたりとも……くらい、ね……そうでしょ?」
「……ああ。そんでもって、随分と見覚えのあるツラしてるな」
「……にが#%$%#……」
「呂律も発音もボロッカスだぜ寝起きの妹よ? 苦み走ってるとでも言いたかったんだろうが————お生憎様、どうも
クロンが砕けた口調とは裏腹に険しい表情で、幽鬼染みた少女二人を見据える。
「その吐きそうなツラ、オレは幾度と無く眺めてきたつもりだからよぉ? なんとなく分かんだよ————お前さんらの顔色、普通の不安じゃありえねぇ色してるぜ。それはきっと……死に
クロンは齢を見ればただの少年に過ぎない。何処にでもいる、日常を謳歌する気さくな少年だ。
だが、彼には忌むべき過去がある。呪うべき事実がある。殺戮のために生み出された、魔導人造兵器だったという変えられない現実がある。
他者を傷つけ、己を殺して。罪悪感と良心の呵責に苛まれながら、ある日クロンは悟った。初めて死を目の辺りにした人間は————
「何があったか教えてくれよリリィ、メィドール。お前さんら、今にも歪んじまいそうな顔してるの気づいてるか?」
そうすれば多少は楽になれると言外に告げるクロン。
「悪魔が、現れた。この、ままじゃ…………みんな、
立ち込めた不安が暗雲となり、メィドールが戦慄いた。
クロンに出来たことは、この最悪の事態に姿を現さない古鉄髪の神父への呪詛を噛み殺す事だけだった。
メィドールによって状況を把握したAクラスが焦燥も露わに絶望の後半戦に挑む中、クルスは縛られたまま苦悩していた。側から見ている分には
(うんうん、本当にどうしたものかなこの状況? 手足はシール・チェインで縛られてる所為で使えないしエルクレウスも捕まっちゃってる、何よりウチのクラスが一位になれそうにないんだがこれやばくね?)
脳内ではヤバ過ぎ警報発令中なのだがそんなことは割りかしどうでもよいと本人も一蹴できる。
だが状況は絶望的、彼にはAクラスに一位でいてもらわなくてはならない理由がある。それは彼が魔術を使用できない理由でもあった。
「…………」
『あら、怖い。
「お菓子はお好きかい? 鱈腹に食わせてやるよ?」
『それ
腹立たしい笑みを浮かべて嘲る小娘への意趣返しを済ませ、幾分か胸を空かせたが悪魔————オブセットの脅しの効力は本物である。
執着の魔眼。オブセットが輝かせた赫き瞳の異能。その効果は対象範囲こそ個人に限定されるものの、それが唯一弱点と呼べる代物であった。
その恐るべき能力とは、効果対象の行動を一定の人物・物体に固定するというものだ。クルスはこの能力を以って、ありとあらゆる攻撃の対象がメィドールへと向くように設定されてしまった。そもそもクルスは魔術を使おうとすれば使える状況にある。それをしないのは魔眼の能力の所為というのもあるが、最もたる理由はこの魔眼が魔術とは異なる能力……即ち異能であることに他ならない。
(忌々しいけれど、この
クルスの固有魔術「
この魔術使用時に発生する不可視の力とは、尋常ならざる純度のマナだ。それはまるで金銀を溶かし流すと同様に魂そのものを溶かし、或いは紐解いた、マナ————肉体的魔力の域から逸脱した別種の力。
オブセットの「どうなるか分かるな」という脅し文句は常套句としての意味合いではない。
一般的な魔術……例えばサタンズ・ネイルなどの魔術は、メィドールに向かってもなんらかの手段で対処できるだろうが、魂を魔力やマナの代わりに使用する「マナで構築・書換を行う魔術」ではそうもいかず、それ故に精々留意せよ。
————それを使えば、誰もメィドールを救えはしないぞ。
クルスの教師として絶対に越えられない一戦を理解した上での最悪の脅迫。
まさに悪魔の手口である。然し、絶望するにはまだ早い。希望の芽は潰えてなどいない。
この危機的状況を覆す鍵もまた、メィドールなのだから。
とはいえ、その為にはA組が一位のまま優勝し、表彰式の際に代表者としてメィドールがクルスの目の前に来なくてはならないわけだが…………
『おぉっと!? 前半戦と比べて明らかにコンディションがガタガタのA組にB組の追い打ちだ————ッ!! 流石最強を継ぐ者ゼル=ナイトライト!! 正確無比な狙撃で満点近い高得点! 魔術は剣術より苦手とか謙遜にも程があるだろ!? これが英雄の遺伝子とでも言うのかぁ————————!? 一方の言語解読『メルライン』、錬金構築『テラハイム』で得点が伸びなかったA組! 今競技、魔術狙撃『ハイパーレンジ』で高得点を叩き出さなければ一位の座から転落、B組に逆転されてしまうぞ!!』
その前提条件が覆されかねない程に追い詰められてしまっているのが現状。その理由は自身が捕縛され、その生殺与奪を握られていることが一端であると理解しているクルスは罪悪感と焦りからいよいよ歯軋りの一つでも漏れてしまいそうだった。
「く……流石に不味い、不味すぎるなこれは……」
「己の教え子の成長を喜べぬ時が来ようとは…………ッ! なんたる屈辱かぁ!」
「くぅっ、せめてお菓子があれば僕の極彩色の脳味噌をフル回転させられるのになぁ」
「貴様こんな時にまで菓子か!? ええいソレについては諦めんか! 中庭のベンチへ置き去りにした貴様の不手際ではないか!!」
「持って行こうとしたら、『そのお菓子は
「ガキか貴様は!? そんな
『
「お花畑……極彩色だけに……ふふっ、上手いじゃないか」
「なんにも上手いこと言ってなァァァァいッ!!」
『心にもないこと言ってんじゃないわよ傷付くわ!! お世辞にしてもタイミングと無表情を改めなさいッ!!』
「く……流石に不味い、不味すぎるなこれは……」
『アタシの発言がっ? しばき倒すわよ!?』
「嫌でも割と本気で脳に糖分送らないと話になんないというか……」
怒鳴り顔が三つ。瑠璃色の姫とセンシティブな男教師に枯木という字面だけなら意味不明な面子を翻弄してなお無表情なクルス。問題はクルス本人が菓子不足を本気で気にしているという事なのだ。ガキンチョでもそこまで菓子欲してねぇよ。
然し幸運というものは意外な所に落ちているもので、喧しく怒鳴りあう三人の背後からアヴァドンが微妙な表情で部下から配達された物を差し出した。絢爛な大丸皿に山と盛られたそれらは邪竜の宝物さえ裸足で逃げ出す至高の逸品。ヌガーにスフレにタルトにタフィー、チョコレートは愚かエンゼルケーキにクリームホーン。盛山の頂上には、希少な果物をふんだんに使用した知る人ぞ知る伝説が王冠の如く君臨していた。
「まさか————
「国家財産!? 誰がこんな物を用意したというのだ、『断罪』?」
「……部下が言うには、バーソロミュー学園長からの
『へぇ! あの翁なかなか気が利くのね。確かそれ、【
「…………………………………………僕のだよ?」
『……アタシ、執着の悪魔なのよねー。
————浅ましい死闘が幕を開けた。
A組の魔術狙撃「ハイパーレンジ」出場選手はカーティス=ラウド。学年成績上位者として専用魔装の使用が許可されており、クルスが抜擢するほどに魔術狙撃との相性が良い。誰が見ても「ハイパーレンジ」最強はカーティスだと口を揃えるだろう。だが、会場内の人間全ての命の重みとゼル=ナイトライトの実力に気圧されてしまい、カーティスの士気は降下する一方だった。
「大丈夫なのですよラウド君! 練習通りやれば何の問題もないのですから!」
「そうさ。あの菓子中毒の練習と比べれば生ぬるいにも程があるだろう? クルス先生じゃないが、専用魔装も実力もある君が負ける理由が分からないさ。練習が足りてないナイトライトでもあの点数だぞ? 余裕だろう」
「リリィ……コーネリウス……。分かってるんスよ、オイラだって分かってはいるんすよ。この魔装、『
カーティスが身の丈ほどもある、無骨な長杖を握り締める。震える拳が、プレッシャーに潰されそうな彼の心境を表していた。
「思うんだが、後悔ってものは何で後に立つんだろうなぁ?」
「………………はい?」
唐突に脈絡のない話を始めたクロンに呆けた視線が集まる。心なしか目が死んでる気がしてならないクロンは続けた。
————明後日を睨めつけて。
「先に立ってくれりゃあ、こんな不快な思いしなくていいのになぁ? だのにいつも事が終わってから、したり顔で俺達のケツを蹴飛ばして嗤うのさ。後悔ってやつはな」
「クロン、君が何を言っているのかさっぱりだぞ。気でも触れたか?」
「ははは、そいつはいただけねえなコーネリウス。————気が触れてるってのは
ゆらゆらと力無く持ち上がるクロンの左腕。ともすれば指向性の呪詛魔術を撃ち込みそうな彼が指差す先は貴賓席。今は悪魔の玉座と化したその席に張られた認識阻害の結界は、効果対象外の彼等の視線だけを招き入れ、
「なんか取り合いしてね? まさかとは思うけど、アレお菓子か?」
「冗談でしょうクルス先生……。アンタこんな時でも菓子を食べる欲望だけは忘れないのか!?」
「あっ、エルクレウス先生に、当たった……」
「うわぁ〜痛そう〜。顔面ど真ん中に堅焼きクッキーよ〜?」
「————イヤァ!? クルス先生デーブノゥモトを魔術で射出!? 一応身体は王女殿下なのよ!?」
「こっちに来てるね、アレ。バターたっぷりって話だよね? にいさん。おいしいのかな」
「チャリオット……頼むから血迷うな、君はそのままでいてくれッ……!」
「確かにな。俺は子豚みてえな妹を見た日には失明する。————メィドール? 掠るだけでもニキビができるらしいが……逃げなくていいのか?」
「ひっ!? ————————ッ!!!」
悪辣なんてものじゃない。餓鬼二匹が取っ組み合って菓子を取り合う惨劇。悪魔の膂力で投擲されたクッキーを額にめり込ませて気絶したエルクレウスと真っ青な顔で女の敵から逃走したメィドール。
焦燥も何もツッコまなくてはやってられないクラスメート達。
そして、カーティスの苦悩そっちのけで諸悪の根源と菓子を争奪する担任教師。
開いた口が塞がらないカーティスに、クロンが遠い眼差しで呟いた。
「こうなるって知ってりゃ後悔なんてしなかったぜ、俺は……。心配とか緊張とか、するだけ徒労だと思うね」
「冷静沈着なメィドールが血相変えて逃げ出す代物を普段から貪ってるあの似非神父は、ほんと……ほんとさぁ……あっ?」
枯木と格闘する曇天色の瞳が、刹那カーティスの視線とかち合った気がした。
なんだか激励されたような、応援されたような……暖かくて堪らないその感覚がカーティスの震えを打ち砕き、長杖を握る拳を優しく包んだ。
カーティスには分かった。クルスは敢えて痴態を晒す事でクラスを呆れさせ、皆に余裕を与えたのだと。きっとそうだ。なにせ効果覿面、どこか強張っていた生徒達の表情が緩み始め、誰もがその心に灯火を教授されていた。
「あーあー、やってくれたっスねクルス
灯火は燃ゆる。人を人たらしめる善性の焔が揺らめき、魂を煌めかせて行く。
「行くのね〜カーティス〜。……大丈夫〜?」
「勿論っスよ!
その輝きが不敵に弧を描くなら、少年はそれを勇気と呼べるだろう。
『さぁお次は謎の不調で王者転落の危機真っ只中のAクラス! 一位の座を守る為にはB組のナイトライト選手の九七点を超える超高得点を獲得しなくてはならないぞ!! 果たして逆転は成るか? 豪商貴族のラウド家が次期当主、カーティス=ラウドの入場だ!!』
拡声がカーティスの闘志を煽る。
ハイパーレンジはその名の通り、制限時間内に数々の的を狙撃する競技だ。円形に作られた競技場内へ足を踏み入れたカーティスが長杖を構え、そして————競技開始のファンファーレが鳴った。
現れる無数の魔力玉。見分けやすいようにかそれとも集中力を乱すためか、異様なほどカラフルなそれらは遠近を問わず湧出した。
————無論、背後も頭上も御構い無しに。
これがこの競技において凶悪な要素の一つ。状況判断能力と索敵能力を試す意図があるのだろうが、正直な話、教師陣でもこれをパーフェクトクリア出来る者は多くはない。それほどに難易度が高いのだ。少なくとも生徒では七割行ければ上出来である。ゼル=ナイトライトは常識外で、彼ほどのポテンシャルを持つ者はこの学園には殆どいない。
だが、才能とは時に努力に敗北するものである。
————競技場が雷雲と化した。
『なんだぁ!? 的が恐ろしい勢いで消え去って行く————? これはなんという光景でしょうか!
うおおぉぉぉぉっ!! と会場が湧き上がる。先ほどまでの見苦しい競技模様が一転、豪快かつ派手な、開始直後宛らの痛快なそれに変貌したが故にだ。
「凄いのですよ、ラウル君!」
「ハッハァ! 中々好景気にぶっ放すじゃあねえか! だが飛ばしすぎじゃないのか? あんなに連射しまくったら即魔力切れだぞ」
クロンの疑問と全く同じ疑問が、奇遇にも貴賓席でも展開されていた。
『ほら、今ので三十。さっきのゼル某とかいうヤツも大概な速度だったけど、人間の子供がこんなペースで連射したら魔力が保たないんじゃないの? アンタの教え子、撃ち消しては現れるあの的を出現とほぼ同時に撃ち抜いてるみたいだし、
「気付いてたのかい、流石は悪魔だ。……術式改変された術は絶対にオリジナルには勝てない。威力だとか射程だとか、燃費の良さとか色々な面でね。然も学生クラスの改変なんて目も当てられない駄術、普通なら教えたりなんてしないさ……でも、カーティスが術者なら話は別だ」
「…………成る程、あの魔装か」
「そう。的が遠ければ遠いほど術を強化する
『ふぅん……でも、それを差し引いても上手いわねあの子。長杖型の魔装は短杖型とかと比べても扱いが難しいのに』
興味深そうに呟いた悪魔の視線の先を、生徒たちもまた見つめ、コーネリウスが同じ説明を終えていた。
「だが、敗因に成り得る点はいくつかある。その一つが、長杖型とこの競技の微妙な相性の悪さだ」
「相性の、わるさ? 射程が長い長杖は相性がいいんじゃないの? ————あっ」
「気付いたかいチャリオット。確かに長杖型は射程が長く狙撃に特化した魔装ではある————が、それが仇となる」
「死角でゼロ距離に出てきたら、魔力探知でみつけても照準を合わせてる時間がロスになる、そうだよね?」
「正解だ。カーティスは遠間のものを優先しているが……学園長も人が悪い。去年までは球が動くなんて仕様はなかったというのに」
色取り取りの光彩が点灯する競技場は、輝く光球が飛び交う妖精郷へと変貌していた。
ここまでは観客も周知の光景。ゼル=ナイトライトが蹂躙したその光景と全く同じ。
雷雲が晴れる。観客の誰もがカーティスの動揺を信じ、その一瞬が敗北へ繋がったことを予期した。
————笑わせるなっスよ。
雷龍の根城が、顕現した。
奔る雷光。轟く電影。天へ昇るは
魔術士は一人舞い、その手には千里を嘲笑い万里を穿つ竜骨の杖が廻る。
(————まだまだ)
詠唱が告げる。雷の矛先を、無様に逃げ惑う的を。
振るう杖と視線の先で、数多の光が片鱗を散らす。
(————まだ笑うんじゃない)
「《吠えよ稲妻》《その咆哮は天をも堕とす》ッ!!」
灯火は燃ゆる。その焔に、唯一つの
「オイラは勝つ!! 『皆の為に勝つ』んスよ————————ッ!!」
最後の一つ。それは背後に藍の色を冠して佇んでいた。
刹那、その儚い色が弱気な自分を映す。それは無様にも『万里縫杖』の先を震わせて此方を狙っている————焦燥に焦げた面構えで。
思わず失笑が口角に滲む。これがさっきまでの自分だ。そう思うと、この対照的な杖先を見て微笑まずにはいられなかった。
「ありがとうございました、先生。この数ヶ月。魔術で笑顔になれたのはクルス先生のおかげっスよ」
その感謝はきっとクルスへ聞こえてはいないし、時間制限有りの「ハイパーレンジ」においては時間の無駄に他ならず、魔術士としても、栄光へ直結する行為でない以上は同じことだ。
だが、そうするべきだと思った。Aクラスの黒歴史であるあの一ヶ月の苦痛を塗り替えてくれた恩師に、一年次生A組に在籍するものとして、そうすべきだと思ったのだ————別に良いじゃないっスか。
「時間、余っちゃったんスもんねぇ?」
『パ、パーフェクトォ————ッ!? 一体誰が予想できたでしょうか!? まさに【ハイパーレンジ】、カーティス=ラウドの名がミステリス魔術学園の伝説に名を連ねたあああああぁぁぁぁッ!!』
会場が拍手と大歓声で爆熱した。
敵も味方も関係無い。賛美と称賛の嵐が吹き荒れ、勝者の偉業が観客の魂を震わせていた。
「頑張ったやつだけが偉いのさ。惰性にかまけて甘味を貪る奴に何を言ってんだか」
「地獄耳か貴様?」
「君だって読唇術と遠見の魔術で聞いただろう?」
『————————あぁ』
唐突に感嘆の息を漏らしたオブセットに視線が集まる。
『素晴らしいわ……本当に素晴らしいわ……! こんなに興奮したのは初めて魔術を教わった時以来かしら? なんて————素晴らしいのかしら!』
それは今までの醜悪かつ憎たらしいそれではなく、まるで慈しむかのような、心からの言葉のようだった。
枯木の本体さえもが凶悪な笑みを忘れてしまっている。
その姿は疑問を呼び覚ます。それでは、それではまるで————
「『断罪』殿! 急ぎ御耳に入れて頂きたい報告が」
「……何事だ。慌ただしいようだが、何があった」
貴賓席へ駆け込んで来た親衛隊員に話を促したアヴァドン。血のような赤髪が少し揺れた。
「————『その場から即刻立ち去ることを推奨する。然もなくば最強が一、四導の一角たる【飽界】の逆鱗が降り注ぐであろう』……謎の男が会場へ不法侵入し、我らと交戦した後に以上の伝言を残して逃走しました。下手人の男は市街地へ逃走、特徴は灰色の仮面に浮浪者然とした服装。そして……人骨の脊柱の魔装を携えていたそうです」
その異常な報告に、真っ先に尋常ならざる反応を示した人物がいる。
双眼を見開き、白く華奢な肩をこわばらせて、彼女は呆然と呟いた。
「『
驚愕に揺れる彼女の瞳は、儚げなペールブルーだった。
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