魔術総合大会

プロローグ

 

「魔術総合大会ぃ?」


 何とも面倒だという声音で聞き返したクルス。

 曇天色の瞳が更に濃く鉛色まで濁っていく。

 全身から面倒くさいオーラがどんよりと滲み出ており、表情が貧相な割に喜怒哀楽がはっきりしていることに最近ほとんどの学園関係者が気づき始めていた。

 対して、そんなクルスに青筋を立てて挑戦を突きつけるのは魔術講師エルクレウス=メティアル。


「そうだ! 栄光に満ちたこの学園で研鑽に研鑽を重ねたその魔術を披露し、将来十魔公に至るかもしれん最優先の魔術士を決める崇高な大会だ……忘れたとは言わさんぞ、貴様がこのミステリス魔術学園に来たその日に、私が突き付けた宣戦布告をな!!」

「…………あー、覚えてる覚えてる。うん、鎧袖一触だったよね」

「絶対覚えてないだろ貴様!? 然もどういう意味に捏造してんだ! 突くだけで私が破れ去るとでも言いたいのか!?」


 声を荒げるエルクレウスを無表情に見つめながらお手製フルーツ入りパウンドケーキを囓るクルス。零れ落ちた菓子屑が次々と浮遊しては口の中へ運ばれていく。ここまでくるとエルクレウスが憐れに思えて仕方がない。


「クルス先生は相変わらず器用な魔術の使い方をしますなぁ」

「冒涜的な使い方の間違いでは、学園長。この男は完全に魔術を低俗な見方でしか認知していません!」

「ほっほっほ、君も相変わらずですなぁエルクレウス君。そんな若いうちからぷりぷり怒ってるとハゲますぞぉ?」

「ハゲませんよッ!!」


 のほほんと笑う白髪の翁。優しげに垂れ下がった眼を持つこの老人こそ、ミステリス魔術学園最高の位を持つ魔術士バーソルミューである。


「兎に角、面倒だから僕はパス。崇高な大会は熱心な若者たちに任せる方がいい思い出になっていいんぢゃないかい」

「貴様……何処までも魔術を愚弄するかッ!」

「魔術じゃなくて君を愚弄してんだよ」

「——————ッ!!!!」


 顔面で氷を溶かせそうなほど、怒りで赤面したエルクレウスは最早声すら出てこない。

 心底めんどくさそうなクルスの態度が更に油を注いで爆熱させる。

 そんなエルクレウスを気にもかけずにクルスは花柄のティーカップを傾けた。


「そもそも学園長? 僕は何で呼ばれたんです? 悪いことなんてしてませんよ? パウンドケーキ如何ですか」

「ほっほっほ、君に嫌疑を抱いて呼び出したわけではないわい。パウンドケーキとな、是非頂こう……紅茶も貰えんかのう」

「もしや給料アップとか? 流石学園長。……熱いのでお気をつけて」

「期待に添えず申し訳無いが、給料アップではなく新しいお仕事の話じゃぞ? 然も陛下からじゃ……うーん、良い香りじゃ。良い葉を使っておるなぁ?」

「それ安物ですよ……陛下から、ねぇ?」


 バーソルミューが差し出した一枚の魔術で封印が施された羊皮紙を怪訝そうな声音で受け取り、魔力を流して開封する。記載された美麗な文字に目を通しつつ、そのまま流れるようにパウンドケーキを一口、次いで紅茶でケーキを流し込もうとして————


「ぐわっ!? 貴様、学園長室のカーペットに紅茶をこぼすとはどういう了見だ!? イヤそれよりも口元どうにかしろ! でろでろ流れ落ちているではないか汚らしい!!」

「だー…………おっと失敬……あまりに馬鹿げたことが書かれてたもんでつい」

「何が書かれていたのかね? 君が菓子を口から流すほどだ、すこぶる衝撃的なことだと推測するが……?」

「『此度の魔術総合大会には我が愛娘セレスティアが賓客として観戦する旨を通達する。よって汝クルス=ディバーツはミステリス魔術学園講師として最大限に今大会を盛り上げ、生徒一同を引率されたし』……これ要は王女サマのためにガチで大会参加しろよってことだろ? はぁ……なんで僕がこんな————」

「『追伸。王女を満足させた暁には、高級菓子店【甘味の楽園シュガー・エデン】の無料引換券を報酬とすることを記載する』」

「————さあ、魔術の真髄を王女サマに見せつけようか」


 不満一色に染め上げた無表情でぼやくクルスの手から投げ渡された羊皮紙の最後の一文をエルクレウスが読み上げると同時に、真剣な眼差しを真顔に宿してクルスが掌を旋風の如くひっぺ返す。


「学園長。この魔術総合大会とやらの詳細な説明をお聞かせ願いたいのですが?」

「うむ、おーけー。任せ給え。魔術総合大会とは、我が校で年に季節毎に開催される、磨き抜かれた魔術の技を競い合う唯一の場じゃ。様々な競技にて技比べを行い、総合的に最優の成績を取ったクラスの担任には特別賞与なんかもでるんじゃよ。学年ごとに使用される施設が異なっておっての、一年次生は魔術演習場を今回は使用することになるじゃろうなぁ。なにせ王族の方がお越しになるわけじゃし」

「成る程……説明、感謝致します学園長。特別賞与はありがたく打ち上げ代に突っ込ませていただきます」

「ふざけるなよ貴様!? その特別賞与は教師陣が魔術研究を進めるための費用だぞッ!? そんな貴重な大金を打ち上げなんぞに浪費させてたまるかぁ!!」


 まったくもって正論である。教師職の魔術士は基本的にかつかつなので、クルスの答えは教師陣筆頭のエルクレウスからすれば理解不能、驚天動地の戯言である。


「そんなこと言われてもねぇ……まぁ今年の最優クラスは一組ウチで決定だから、精々、王女サマを楽しませる為に死力を尽くしたらいいんじゃないかなぁ? その方が僕らの技がより色濃く浮き出るからさ」


 ぴしり。学園長室に憤怒の稲妻が馳しる。


「…………言わせておけば調子に乗りおって、この菓子中毒患者がぁ……ッ! 貴様のような巫山戯切った愚者に大会三連覇の栄光に泥を塗らせると————本気で思っているのか!? 貴様らA組が最優で居られるのは貴様が担任になる以前までのことと識れ!!」


 バキッ。ペロペロキャンディーが亀裂を描いて崩壊する。


「……調子に乗ってるのはどっちだルーキー。僕らA組の最優伝説は寧ろ此処からが本番さ。君に特別賞与は渡さない。王女サマに勝利を捧げる栄誉も渡さない。君にくれてやるものは敗北の苦渋だけだ。僕らの打ち上げスウィーツ・パレードを邪魔するな」


 二人の強大な魔術士が放つ、強烈な威圧感が瞬く間に空間を緊張させ、高めていく。

 やがて臨界点を呆気なく通過して————


「白黒つけてやるよ……どっちが教師として格上かッ」

「望むところだ鉄面皮ィ! 貴様が怒らせた男が如何なる名で呼ばれているか教えてやろう、そして星屑と成って散るがいい!!」

 

 激しく火花を散らす視線を唐突に両者が打ち切り、学園長室の品の良い両開きの扉まで直行。

 揃って腰を九十度に折り、律儀に退室の礼をしてから嵐のように立ち去っていった。

 何というか、実は仲良しなんじゃねーのとでも言いたくなるくらいにピッタリ揃った動作だった。

 この分だときっと互いのクラスの教室の扉を叩きつけるように開くところまでは完全一致だろう、とバーソルミューは微笑みながら憶測し、続いてどちらに軍配が上がるかを考え始めた。


「エルクレウス君のクラスは卒が無く、爆発力は無いものの全員が高水準かつバランス良い……然も貴族家最強候補のゼル=ナイトライト君が在る。

 一方クルス君のクラスはやはり一ヶ月のブランクがある分、多少のムラが有る。じゃが、それにも関わらず試験ではいつも学年上位を埋め尽くすことが示す通り、才能と爆発力の塊。起爆させられるかどうかはクルス君次第。

 くくく、これは面白いのう。実に素晴らしい、ミステリス魔術学園の長き歴史に名を残す激戦が期待できそうですなぁ!」


 好々爺は汚れたカーペットを掃除しながら、生き生きとした笑みをニヤリと浮かべた。








 …………腰痛に口角がヒクついていたのは彼だけの内緒。

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